貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(23)

 リュシーという女性はやはりカレドニアの女王リュサイ陛下だった。

 トラス王国の貴族ラブリアン辺境伯家の出である、カレドニアの王妃だった母。それを無理やり妻にしたアルビオンの王ゴードリクに狙われた為、母の祖国に保護を求めて逃げて来たのだとか。
 キャンディ伯爵領都アルジャヴリヨンに居たのは全くの偶然らしい。王都に向かうはずが何故ここに居るのかと訊けば、追手を恐れて聖地巡礼の船でエスパーニャ王国を大回りしてジュリヴァの港で降りたそうだ。
 ラブリアン辺境伯領に入って手紙を出したが体よく断られ、仕方なく王都へ向かう途中で女王リュサイは病に倒れ、薬を求めてこの領都へ寄ったのだと。そして病が回復した折、マリーのパレードに出くわしたという。
 まあ辻褄は合っている。

 騎士ドナルドの言う通り、カレドニア王国の行く末はトラス王国の傀儡国家かアルビオンに併呑されるかのいずれか。
 そんな時に彗星の如く現れた聖女という存在。
 確かにマリーがカレドニア王国を保護すると宣言し、その助力を願えば女王がトラス王陛下に直接頭を下げるよりも大分マシになるだろう。サングマ教皇を始めとする教会勢力が味方につくのだから。
 教会側としては、アルビオンの聖典派を牽制する為にカレドニア王国の教会組織を固めておきたいという思惑も働く。
 女王リュサイの政治的判断能力は悪くない様だ。

***

 マリーが何とか良い方法を考えてみる、と女王リュサイに約束して解散になった後。
 サイモン様に呼ばれた僕はマリーと一旦別れ、城の執務室に居た。

 室内にはジャルダン様、サイモン様、僕、アルトガル、それにヨハンを始めとする隠密騎士達。話題は自然、先程の事に。
 サイモン様は頭を掻きながらギシリと椅子を鳴らした。

 「やれやれ、我が娘がまさか他国の女王を拾ってくるとはな」

 「偶然とはいえ、奇跡的です。神の采配だと思います、義父様」

 「聖女という運命が引き寄せたのか……神のご意志ならば否やは言えまい」

 マリー自身が神によって転生させられたと言っていたのだし。ジャルダン様は僕の言葉に思うところがある様子だ。
 そこへアルトガルが挙手をする。

 「聖女様が保護されるとなると、カレドニア王国もヘルヴェティアのようになるのでございますかね?」

 「同じようにはいかんだろうなぁ。あそこは先の戦争で国力と軍事力を落とし、アルビオン王国という脅威を抱えておる。ましてや、女王自身がアルビオンの王に狙われている身。火中の栗よ」

 「教会は兎も角、こちらは厄介事だけを引き受けて利はあんまり無さそうだ。身内のラブリアン辺境伯家ですら見捨てたのだから」

 ジャルダン様は首を横に振り、サイモン様も頷いた。僕は暫し考える。

 「聖女と教会が主導でお墨付きを与えて保護する、という形が精々でしょうか。アルビオンが戦を仕掛けてくれば、聖典派は戦を推奨する教えだと糾弾する理由になりますし」

 諸国にとって、教会公認でアルビオン王国侵攻の大義名分を得る事にもなる。アルビオンの好色王が馬鹿でもない限りは最悪の事態にはならないだろうけれど……。

 「それは楽観的な見通しだな。好色王が躊躇わず軍を動かせば教皇猊下はアルビオン討つべしとの命令を下すだろう。教会も一枚岩ではない故に、軍を動かすとなれば聖女の居るトラス王国軍主軸となる。
その場合、戦費の多くは我が家が負担する流れになるのは目に見えている。勝っても負けても損するだけだ。
 正直あの女王が素直にオディロン陛下へ助力嘆願し、王子殿下との婚姻によってトラス王国の支配を受け入れてくれれば労せず新大陸への足掛かりの港を得る事が出来るのだが……」

 「義父様、もしや新大陸へ進出する事を考えておられるのですか」

 そう訊ねると、サイモン様は机の上に組んだ両手に視線を落とした。

 「グレイよ、大陸銀は脅威だ。マリーのお陰で我が領は余裕を持っていられるが、あちらにも金やダイヤモンドの大鉱山が見つかれば?
 この国の何十年、何百年先の行く末も考えれば、エスパーニャの独占を何時までも許す訳にはいかぬだろう。国家大計の布石は早すぎる位に打っておかねばならない。
 さて、話はこれぐらいにして報告を聞こう。黒狼のモーリック・ギダパールよ」

 その呼びかけに、隠密騎士達の中から全身黒を纏った精悍な男が前へ出て来て一礼する。
 髪と瞳も黒だ。腰の左右に剣を履いており、ヨハンやシュテファンと同じぐらいの年齢だろうか。

 「ははっ、ご報告致します! アレマニアの第一皇子アーダム及びデブランツ大司教は王宮にて歓待を受けております。社交界にてはマリー様の事を調べ回っていたとの由。
 特に皇子アーダムは若殿トーマス様に近付き、『聖女ともなればそれに相応しい身分の男と娶せるべきだとの噂を聞いた。例えばの話、王や皇帝の身分を約束されている男が聖女を妃とすればキャンディ伯爵家は栄華を極め、兄弟姉妹も相応の身分を用意されるだろうが、兄としてどう思われるか』等と囁いたとの事。
 そこへアルバート殿下が介入され、若殿も冗談だとして受け流されたそうですが、今度はアルバート殿下がアレマニア皇女との縁談を持ちかけられたとの事にございました!」

 黒狼のモーリックが口を噤むと、サイモン様はふんと鼻を鳴らした。

 「国ごと聖女を囲い込もうという策か。デブランツ大司教とやらの入れ知恵か? アヤスラニの流行に焦ったのもあるだろう。
 国益があるとうっかりそれに乗って皇女を迎え入れたら最後、王を弑してアルバート殿下を王位に就け、内側から食われアレマニアの属国にされるという訳だ。獅子身中の虫をわざわざ招き入れるようなものよ。宮廷はどうなっている?」

 「アレマニア皇女との縁談については……賛成派と反対派で紛糾していると」

 「ふむ……肝心のアルバート殿下やオディロン陛下は?」

 「は、いずれも今の所静観しておられます」

 「では、トーマスと陛下に手紙を認めよう。急がねばな」

 サイモン様は机の引き出しから便箋を取り出すと手紙を書き始める。封蝋で閉じられたそれを押し頂いた黒狼のモーリックは、夜の風のように姿を消した。
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