貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(74)

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 「時間稼ぎを」

 カールの囁き声。
 僕は了承の囁きを返し、口と鼻をハンカチで押さえながらゆっくりと立ち上がる。
 そして相手を真っ直ぐに睨み付けた。

 「『嘘ですね。初めから聖女をさらうことが目的だった……違いますか?』」

 オスマン皇子は軽く首を横に振る。

 「『いいや? 最初は隙を見て賢者となったイドゥリースを殺せればそれでよかった。
 だが、それよりも確実に皇帝になれる方法を見つけた、それだけの話だ。
 我が帝国で泉を掘り当てる奇跡を聖女が見せて我が妃に迎えれば、これほどのものはない。
 アレマニア帝国のアーダム皇子があれほど欲しがっていた聖女だ――他にも色々と素晴らしい知恵と力を秘めているだろうとじいが言うのでな』」

 「『それで? こんなことをして僕の妻が素直に協力するとでも?』」

 「『しないであろうな。だが、本人は無力な女子に過ぎぬ。薬で前後不覚になれば奇跡の力も使えまい。方法など幾らでも』」

 「『……卑劣な手段で皇帝になって支持が得られると本気で思っているのか』」

 「『何とでも言――』」

 「『ぐはっ!』」

 「『うぐっ!』」

 「『うわーっ!』」

 その時、呻き声と共に数人の男達があっという間に倒れ伏した。
 不意を突いたのはヨハンとシュテファン、その勢いのまま皇太子オスマンに肉薄――

 「聖騎士の男、止まれでおじゃ!」

 ――しようとして、出来なかった。
 マリーの首に短剣の切っ先。後少しだったのに、とカールが舌打ちをする。

 「『殿下、敵地での無駄口は相手に時間を稼がせてしまい命取りになりますぞ!』」

 大宰相オルハンが叫ぶ。皇太子オスマンは頷いた。

 「『邪魔な聖騎士達を縛り上げろ』――手を後ろに回せでおじゃ。動けば聖女の命はないものと思えでおじゃ!」

 縛り上げられ無力化されるヨハンとシュテファン。

 「『殿下、早く馬へ!』」

 皇太子オスマンは促され、既に馬上にいた元大宰相オルハンに渡し、馬にひらりと飛び乗った。

 「『馬を確保したら残りは遠くに逃がせ!』」

 大宰相が命じる。
 尻を叩かれた余った馬達が次々と何処かへと走り去っていった。

 「待て!」

 「マリー様ああああ――!」

 ヨハンとシュテファンの叫びも虚しく、皇太子オスマンと元大宰相オルハンが乗る馬は、拍車を掛けられ走り出す。
 その他のアヤスラニ人達もそれに続いていった。

 カールが駆けだす。
 アヤスラニ帝国人全員が逃走に成功した訳ではなかった。
 カールがひらめかせた白刃にヨハンとシュテファンを縛っていた縄が地に落ちる。
 アヤスラニ人達の何人かは攻撃を受けて落馬、身柄を拘束され、大導師フゼイフェも取り押さえられた。
 闇の中から数人の隠密騎士達が姿を現す。捕らえた男達が乗る筈だった馬に飛び乗り、アヤスラニ人達を追って行った。


***


 「糞っ!」

 「あ奴らめ、絶対に許さぬ!」

 ヨハンとシュテファンは何かをぺっと吐き出して悪態をついた。
 カールが無言で唐辛子を渡してくる。意識がはっきりしなければこれを使えということなのだろう。

 「お前達は逃げた馬達を確保、残りは薬でやられた者達の介抱に当たれ!」

 ヨハンが叫び、シュテファンが口笛を吹いた。
 何頭かは口笛を聞いて自発的に戻ってくるかもしれない。

 「サリーナ、大丈夫?」

 「うぅ……マリー様が」

 ナーテが倒れ伏したサリーナを介抱し、口に唐辛子を放り込んでやっている。
 僕は大導師フゼイフェに近づいた。

 「『大導師フゼイフェ、あの妙な煙の薬について何か知っていますか?』」

 「『……アヤスラニ帝国の麻痺香です。命に別状はありませんが、薬が抜けるまでは時間がかかるでしょう』」

 「『マリーはどれぐらいで目を覚ますと思いますか?』」

 「『一日か、二日か。そのあたりかと。オスマン殿下達の企みに気づかず、また止められず申し訳なかった』」

 暫くして馬が戻ってきた。幸いそう遠くには行っていなかったらしい。


***


 あの場の指揮を一人の隠密騎士に任せ、隠密騎士達と僕は馬に乗って先行した追跡班を追っていた。
 追跡班の内の一人が僕達を待っており、「シャンブリル川に出たところに馬が乗り捨ててありました。恐らく小舟を使ったものと思われます」という。
 一人がそれを追っているので、川を南下するようにとのことだった。
 南下していくと、領都クードルセルヴ付近で馬上のサイモン様達に出くわした。そこで最低限の荷物と共に増援のワイバーンのアーベルト・メレン達と合流。
 更にシャンブリル川を下っていくと、街道の分岐点で追跡班の一人と出くわし、皇太子オスマン達が二手に分かれたとの報告を受けた。

 「アヤスラニ帝国に戻るには船を必ず使う筈」

 ナヴィガポールか、それともジュリヴァか。いずれにせよ、僕達も二手に分かれるべきだろう。

 「ジュリヴァへは土地勘のある私達が参りましょう。船をすぐに動かせるグレイ様はナヴィガポールが宜しいかと」

 アーベルトの進言。僕は船を出すのは避けられないと思いながらその意見を採用。

 「そうだね。麻痺香が切れれば、マリーは必ず僕達に連絡を寄こす筈」

 それだけは確かだ。その時までには洋上に出ているべきだろう。
 僕が船を出すならばとヨハンとシュテファンを始めとする、僕達に一番近しいいつもの面子はナヴィガポール行きを決めた。
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