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中編

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ヒ ロ イ ン 大 発 狂 。


そりゃそうだろう。
私の掛けた呪い。それは前世の姿になるという、彼女にとって凶悪なものなのだから。

そもそも乙女ゲームにおいて、プレイヤーは自分自身じゃなくてヒロインちゃんという可愛らしい着ぐるみアバターを着ているからこそ自信を持てて積極的にもなれるのである。
それが前世の姿に、しかも逆ハーレム完成状態で絶好調の時にいきなり戻されたら……。

私としても苦肉の策だった。
こうでもしないと彼女も男共も現実を見なかっただろうから。

しかしここまでの大発狂ぶりは流石に予想外だったので内心ドン引きしながらも私はじっと見守る。

「ペッピーナを元に戻せぇっ!」

男共の一人、騎士団長の息子のアレックス・エクエスが凄い形相で剣を抜いて駆けて来た。
人々の悲鳴の中、私は扇を放ると身を低くして構える。
今日の靴にヒールは無く、私に死角はない!

「そぉいっ!」

咄嗟にその懐に潜り込むと、昔(前世)取った杵柄を発揮する。
私の一本背負いは綺麗に決まり、駆けて来た勢いのまま奴は受け身を取れずに床に叩き付けられた。
持っていた剣はその手を離れ、床を滑って行った。

「全員その位置から動くな!」

叫ぶと同時に広間全体に神の力を使う。他の奴がまた襲い掛かってきても煩わしい。
広間の人間全員の行動が禁じられる。
残った男共が口々にこちらを罵りながら悔しそうにこちらを睨んできていた。

「――ねぇ」

声の方を向くと、ひとしきり暴れたのか、ペッピーナだった彼女がゆらりと身を起こしていた。
掻きむしられた髪は乱れ、服も破れてボロボロになってはちきれんばかり。
先程までの発狂ぶりが嘘のように静かだ。

だが、幽鬼の如くこちらを見つめる瞳には、幸せの絶頂から絶望のどん底に叩き落した私への激しい憎悪が宿っているのが分かった。

正直怖い。
内心ビビりながらも私は悪役っぽく笑う。
ここで引いてやる訳にはいかないのだ。

「どう? やっと目が覚めたかしら?」

「あなたも……あなたも転生者だったのね! やっぱりおかしいと思ったわ!」

「正解よ、彼氏も友達も居なかった寂しい寂しいおブスさん」

「なっ……失礼な事言わないで! 彼氏と友達くらい居たわよ!」

顔を真っ赤にさせ、動揺と怒りに打ち震えて叫ぶペッピーナ。

「嘘ね。あんたを観察していて『聖乙』の内容を製作者やデバッグテスターばりに覚えてるんだろうって事はもう分かってるのよ。確か、『聖乙』の逆ハーエンディングは辿り着くまでの微調整がかなり難しかった。
これだけは言っておくわ。転生した今でもゲームの知識網羅して選択肢一つ台詞の一字一句、好感度の上昇値、細かい設定まで全部間違わずに覚えてるなんて友達も彼氏もおらず日がな部屋に引きこもって四六時中ずーっとピコピコとこのゲームを周回プレイするような生活をしてた奴ぐらいよ?
普通の人はゲーム何十周とする時間も無いし例えコンプリしてもゲームの選択式の台詞文章全部覚えてるとか無いから。私でさえコンプリしたのに覚えてるのは簡単な世界観設定、主要な登場人物にラストぐらいだったんだもの」

「うっ……」

ペッピーナは悔しそうに黙り込んだ。
私の推測はかなりの図星をついていたようだ。

広間の面々は身動きが取れないのもあるだろうが、固唾を呑んでなりゆきを見守っている。
さらさらと、ヒロインに向かって歩く私の衣擦れの音だけが嫌に響き渡った。

「……きちんと恋愛を重ねていくとね、相手を選ぶ基準が見てくれだけじゃなくなるし、多数を同時進行で相手しようなんて相手を軽視した極めて失礼な事、普通は思わなくなるものなの。
シナリオ通りに動いてイケメンに囲まれた逆ハーレムってだけでアホみたいにブヒブヒ浮かれてるなんて幼稚な趣味、人付き合いの経験も恋愛の経験も碌に無かったとすれば説明が付くの。となれば前世あんたがどんな人間だったかは容易に推測出来るわ」

ヒロインは暫く黙っていたが、何かの考えに思い至ったのか。
ふっと勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「あー、分かっちゃったぁ……ふうん、成程ね。あんた、本当はみんなに愛されてるあたしが妬ましかったんでしょう? でもざーんねんでしたっ、レオ君もウィル君もアレク君もサー君もオル君もみーんなあたしが好きなの。あんた達負け犬は大人しく尻尾巻いて負け惜しみを言ってれば良いわ!」

ふふん、と笑ってこちらを小馬鹿にしてくるヒロイン(脂肪と贅肉のつまった樽ボディ)。
少し離れていた男共の婚約者の貴族令嬢達が「なんですって!?」「女狐が!」等と怒りの声を上げる。

お花畑恋愛脳。

私は精神的疲労を覚え、盛大に溜息を吐いた。

「デブスお前鏡見ろよ……っと、コホン。あなたは何か勘違いしてるようね。欧米で何故乙女ゲームが受けないんだと思う? 男共がどいつもこいつも中身サイコメンヘラでモラハラなろくでなし揃いだからよ? 私も全くの同意見だわ。ゲームなら良いけど現実では地雷。願い下げなの」

「はう!」

いかんいかん、素が出そうに。
最初の『デブスお前鏡見ろよ』の言葉が突き刺さったのか、ペッピーナは侍女の鏡を再度見、二度目のショックで真っ白になって放心した。

私は精神的介護は無理。むしろ顔だけの面倒くさい男共なんて全員お前にのしつけてくれてやるよ。
正直、勝手に逆ハーレムでも何でもしていろと思うが、厄介な事に男共の身分立場からしてこのまま放置するとまず間違いなく国難を招くのが目に見えてる。
そうなれば一番迷惑をこうむるのがこの国の国民なのである。

「何を訳の分からない事を……」

「どうせ悪口だよ、サージュ。悪女なんかに言われたくないんだけど」

「この私もろくでなしだと言うのか、不敬だぞローザリン!」

私達の話が分からないなりでも、自分達の悪口である事は理解したのだろう。
レオナルド王太子をはじめとする面々がぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。

「モラハラ……?」

知らない言葉だったのだろう。
比較的冷静だった宰相息子ウィーズリー・サフィエントが訊いてきた。

「道徳や正義を振りかざして精神的に相手を追い込む一種の暴力の事を言うのですわ。特に今レオナルド様達がなさっている事ですわね。人を見下した発言や態度を取り、気に入らなければ暴言を吐き。大勢の人前で婚約破棄をして私に恥をかかせ、挙句、言い分を聞かず一方的に証言だけで罪を私一人に被せようとする。そしてご自分達の非を決して認めない」

「……」

ウィーズリーは黙って眼鏡を押し上げた。

「それと、レオナルド様。私という婚約者がいながら『真実の愛』とやらを別腹で育んでいた、しかもご自分の不貞は棚に上げて全部私一人に罪をおっかぶせて正義面しようとした男なんて、実際にモラハラでろくでなしじゃありませんの?」

「私は不貞などしていない! 悪いのは全てペッピーナを虐げた貴様では、」
「おい、モラハラ屑王子!」

その瞬間、ぶちん、と何かが聞こえる幻聴がした。
普通、女は浮気相手の女を責めがちだが、一番悪いのは男なのである。
勿論私も王太子に注意を幾度となくしてきた。そう、学院で積み重なって来た私の鬱屈した諸々の大部分はレオナルド王太子に対してのものなのである。
忍耐力が限界に達してしまったのだろう。

「……さっきよぉ、てめぇ確か『ペッピーナは未来の国母』っつってたよなぁ。てめぇが浮気してねーって言い張るんなら少なくとも正式に婚約破棄されてねー今の時点ではそんな台詞出ねー筈なんだけど、おかしいよなぁ。ひょっとして若くしてボケたんか? 記憶力、大丈夫かー?」

人間、振り切れると笑顔が出て来るものとは知らなったよ。

被っていた猫を完全に捨て、にっこり令嬢の笑みを浮かべながらドスの効いた言葉を羅列する。
ひらひら、と目の前で手を振ってやった。

「ロ、ローザリン?」

怒りの圧に呑まれたのか、愕然とした様子で「別人……いや、そんな女だったのか?」と呟くレオナルド王太子。
私は扇を拾い上げると、ぱちりと閉じた。

「そもそも、この国は基本一夫一婦制。王でさえ側妃を持てるのは正妃が三年子供が恵まれないというルールがあったのは流石に皆様もご存じですわよね?
私はこの国と縁切りして他国に参りますし関係が無くなりますからこの際言いたい事全部言わせて貰いますけれど、王太子だからという免罪符で全部許されると思わないで下さいませね。
私はお仕事用・滑り止め用で保留、彼女は愛玩用で本命とか、レオナルド様……いえ、もう婚約者でなくなりますから王太子殿下ですわね、殿下は随分とご自分に都合の良い事を考えていらっしゃったのでしょうけれども」

広間を見渡す。
ペッピーナに婚約者を奪われた貴族令嬢達に視線をやり、そして男共に向き直った。

「私達女性にも心というものがあります。殿方の奴隷でもありません。まして、たとえ王太子殿下であろうとも、身勝手な都合で物のように簡単に挿げ替えられるような軽い存在ではありませんのよ?
少なくとも、別の女性を口説きたいならその前に婚約を白紙にして償いも済ませ、けじめをきっちり付けて身綺麗にする――それが殿方の誠意と言うもの。つまり、殿下のなさってきた事は完全に不貞と言えますわ。
誠意を見せる実力も度胸も無かった無責任な糞野郎の癖に偉ぶる事と浮気と他人に罪を擦り付ける事だけは一人前とか。あー本当に嫌だわ、女の腐ったような屑ですわね」

広間中の婦人の氷のような視線が王太子達に突き刺さる。
男共は気まずそうに項垂れ、その婚約者達が口々にそうよそうよと声を上げた。

「わ、私はそんな風に思われていたのか……」

「散々ご注意申し上げてきた事も全くご理解頂けてなかったようですし、今の私の偽らざる気持ちですわ」

ぱらりと扇を広げてうっそりと笑うと、レオナルド王太子の顔が傷ついたように歪んだ。
おや、嫌いな女に言われたのにそんなにショックだったのだろうか?
そんな事を思っていると、いつの間にか立ち直ったヒロインが叫ぶ。

「ちょっと! あんたレオ君の事好きでも何でもないんなら、なんであたしにこんな酷い事したのよぉ! アミュレットにも何か細工したんでしょ!?」

「アミュレットが効力を発揮しなかったのは簡単、呪いでも害意が無かったから。そのアミュレットって元々殺意とか害意とかの悪感情に反応して弾くというものだから。私はね、あなたの為、そこに居る彼らの為、ひいては国の為を思って呪いを掛けたの」

「この国の為……? それはどういう」

それまで胡坐をかいて黙って成り行きを見守っていたアレックスが呟いたその時、広間の入り口が騒がしくなった。
法務魔術師が到着したのだ。

「お呼びと伺いましたが……」

「ああ、丁度良かったですわ。こちらへいらして下さいませ」

経緯を説明し、偽証人達を一人一人引っ張り出して嘘を吐いていないか検証する。
ドラゴンの顎の前に差し出された生贄さながらにブルブルと震えて「お許しくださいお許しください」とひたすらべそをかくばかりの彼らを、ペッピーナが可哀想だからやめてなどと庇おうとしたが、結局彼らの証言は嘘であると証明された。
追加で私自身にも魔法を使ってもらう。
ペッピーナに対する虐めもしてないし、その指示もしてない事が真実であると示した。

「正直に言ってください、この女に脅されて買収されたのでは?」と宰相息子が往生際悪く喚いたが、反対に法務魔術師に「そんな訳ないでしょう、失礼な事を言わないでください!」とやり返されていた。
法務魔術師は不正や秘密漏洩等を行わないように任命時にがっちりと誓約紋を刻まれる事を知らないのか、それとも現実を見たくないのか。後で宰相に苦情が行くことだろう。南無。

レオナルド王太子や他数名は「どういう事なんだ?」とペッピーナを見、ペッピーナは「ご、ごめんなさい。私てっきりローザリン様にされたって思いこんでて……」と逃げを打った。

私は法務魔術師に声を掛けてから、閉じた扇を左手にポンポンと打ち付けて注意を引く。

「まあまあ、そういうのは心底どうでも良いので後でお好きなだけやってくださいまし。まず、ファトゥス男爵令嬢の呪いを解く方法を申し上げましょう。方法はただ一つ。『真実の愛』」

「『真実の愛』?」

「はい。これは婚約者だった私からの、この国を去る前の王太子殿下へ贈る最後のはなむけ、『愛の試練』ですわ。殿下の仰るところの、『醜悪で悍ましい』今の姿の彼女と『真実の愛』を以てキスをすれば呪いは解けます。実に容易い事でしょう?」

ちらり、と法務魔術師を見やる。
「真実でございます」と彼は頷いた。
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