リィナ・カンザーの美醜逆転恋愛譚

譚音アルン

文字の大きさ
22 / 37

22.福徳円満な時間

しおりを挟む
 声の主は、あどけなさの残る若い男の子だった。その後ろにも数人の少年達が様子をうかがっている。

 「そうだが、何か用か?」

 笑顔を消して鋭い目を向けるカイルさん。
 男の子はぐっと喉を鳴らしてガチガチに固まってしまった。

 「こんにちは、もしかして冒険者に成りたてだったりするんですか?」

 緊張を解してあげようと思って優しく声を掛けると、男の子はこちらに気が付いたようで、驚きにあっと口を開けた。

 「は、はい! 申し訳ありません、お取込み中でしたか!」

 私はいえいえ、と首を振って笑いかける。

 「良いんですよ。カイルさん、とても強いし冒険者としては憧れますよね。カイルさんに挨拶に来てくれたんですか?」

 男の子はぱぁっと満開の向日葵のような笑顔になると、そうなんです、と勢い良くうなずく。
 曇りのない純粋な表情にまぶしさを感じてしまう。元気良いなぁ。

 「僕、カイルさんに憧れてて! 薬草採取に来たんですけど、まさかここでお会いできるなんて思ってなくて!」

 「カイルさん、強いだけじゃなくてとっても優しいんですよ」

 言いながら、ちらりとカイルさんを見やる。
 彼は心なしか上体を反らし腕を組んでいた。偉そうに見える態度だけど、頬が少し染まっているから、凄く面映ゆいんだろうな。
 照れ隠しかぁ。何とも微笑ましい。

 「そうなんですか! 僕、カイルさんみたいな強い冒険者になりたいんです! どうしたら強くなれますか?」

 「……大きく分けて三つだな。一つ、常に初心を忘れず鍛錬を欠かさない事。それ次第で命が決まる、基本中の基本だ。二つ、己の力量を見誤らない事。ギルドの信頼は依頼を確実にこなす事で蓄積される。それから、三つ、知識は力になる。好奇心を忘れずに何でも良く学ぶ事。冒険者の仕事はどんな場面でどんな知識が役に立つか分からないからだ」

 「鍛錬を欠かさず、自分の力量を弁えて、知識を蓄える、ですね!」

 「そうだ。名を聞いておこうか」

 「イグニス・スピンテールです!」

 はきはきと答えるイグニス君。
 カイルさんの眼差しは何時の間にか優しく和らいでいた。

 「イグニス。地道に励んでいれば実力は自ずとついてくる、頑張れよ」

 「はいっ、ご指導、ありがとうございました!」

 イグニス君が綺麗に90度のお辞儀をすると、それまで黙っていた子達にわっと取り囲まれた。

 「カイルさん、僕も聞きたい事が!」
 「俺も俺も! 天候操作魔法について知りたいです!」
 「彗尾竜スウェプテイル・ドラゴンの生態についてお願いします!」

 「ちょっ、お前達、順番に答えてやるから落ち着け!」

 怒涛の質問が押し寄せてきて、カイルさんが目を白黒して慌てている。
 それをクスクス笑って見ていた私。
 一人がこちらを振り向いた。

 「ストルゲ食堂の黒曜こくよう姫……噂には聞いていたけど凄い美人だなぁ」

 だれやねんそれ。


***


 千客万来とは良く言ったもので。

 それから数組の駆け出し冒険者パーティーが通りがかっては、カイルさんに話しかけて行った。
 その流れ弾で、「どうして付き合おうと思ったのか」とか「俺も強くなったらお姉さんみたいな人と付き合える?」とか、私にもちらほらと。

 一段落した所で、カイルさんがしきりに首をひねっていた。

 「おかしいな、いつもならギルドでも遠巻きにされているのに……」

 「カイルさん、結構人気者じゃないですか」

 「リィナが居るからかな?」

 私はそれには答えず笑ってポンポンと膝を叩いて見せた。
 今日は彼を甘やかすのである。

 「さて、カイルさん。質問攻めにあってお疲れでしょう。良い天気だし、ちょっと寝転がりませんか」

 「じ、じゃあ失礼して……」

 挙動不審になったカイルさんの頭がぎこちなく私の膝に乗せられた。乱れた銀髪を頭を撫でるついでに直していく。
 暫く撫でていると、耳が真っ赤になっていたのが薄くなり、落ち着いてくる。
 カイルさんは静かに目を閉じた。

 「懐かしいな……」

 「はい?」

 「俺も昔はフィードと組んで、ああして薬草採取から頑張ったものだった」

 「カイルさんの駆け出しの頃も、さっきの子達みたいに初々しくて可愛かったんでしょうね」

 見てみたかったなぁ、と言うと、返ってきたのはゴホン、という咳ばらい。

 「せ、先日の件だが。フィードと腹を割って話して来た」

 不意打ちに切り出され、気になっていた事だけに体がピクリと動く。
 カイルさんはゆっくりと話し始めた。

 「……結果を言うと、リィナの推測通りだった。最初は自分の料理を食べさせて美しくなっていくゲイナさんを見て満足していたそうだが、ゲイナさんに告白されて結婚する事が決まると、ふと彼女を失うのが怖くなったそうだ。俺も気持ちは良く分かる。心のどこかで信じ切れずにいたんだろう。
 その内に、食べさせ続けて自分無しに生きられなくなる程太れば、彼女は自分の元から去る事はないと考えたと言っていた。子供が出来なくなるかも知れなくなる事、じわじわと病と死に追いやっていた事――リィナが聞いたゲイナさんの覚悟と想いを話してやったらフィードは号泣していたよ。自分は何てことをしたのだと」

 号泣しているのを黙って見守っていると、そこにゲイナさんが乱入してきて「貴方は悪くない」とフィードさんを抱きしめたらしい。
 結局お互いが謝り合って、悲しいすれ違いが無くなって。晴れて本当の両想いとなり、丸く収まったそうだ。

 「だから、あの二人はもう大丈夫だ」

 言って、寝返りを打つカイルさん。
 私を見上げてくる彼は、祝福を授ける天使の如く柔和な笑みを浮かべた。

 「良かった……ありがとう、カイルさん」

 安堵に胸を撫で下ろす。
 本当に良かった。

 「そうそう、結婚式の日取りも聞いてきた」

 そのまま日取りと会場の場所について話し出すカイルさん。
 ホッとしたのも束の間、ある事に気が付いて愕然とする。

 「あっ……あの、カイルさん。この国で結婚式に出席するって、どんな決まりがあるんですか? 私の故郷では上等の服を着て、お祝いを包んで持っていくのですが……」

 私、礼服持ってないじゃん!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

不憫な貴方を幸せにします

紅子
恋愛
絶世の美女と男からチヤホヤされるけど、全然嬉しくない。だって、私の好みは正反対なんだもん!ああ、前世なんて思い出さなければよかった。美醜逆転したこの世界で私のタイプは超醜男。競争率0のはずなのに、周りはみんな違う意味で敵ばっかり。もう!私にかまわないで!!! 毎日00:00に更新します。 完結済み R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

私だけ価値観の違う世界~婚約破棄され、罰として醜男だと有名な辺境伯と結婚させられたけれど何も問題ないです~

キョウキョウ
恋愛
どうやら私は、周りの令嬢たちと容姿の好みが違っているみたい。 友人とのお茶会で発覚したけれど、あまり気にしなかった。 人と好みが違っていても、私には既に婚約相手が居るから。 その人と、どうやって一緒に生きて行くのかを考えるべきだと思っていた。 そんな私は、卒業パーティーで婚約者である王子から婚約破棄を言い渡された。 婚約を破棄する理由は、とある令嬢を私がイジメたという告発があったから。 もちろん、イジメなんてしていない。だけど、婚約相手は私の話など聞かなかった。 婚約を破棄された私は、醜男として有名な辺境伯と強制的に結婚させられることになった。 すぐに辺境へ送られてしまう。友人と離ればなれになるのは寂しいけれど、王子の命令には逆らえない。 新たにパートナーとなる人と会ってみたら、その男性は胸が高鳴るほど素敵でいい人だった。 人とは違う好みの私に、バッチリ合う相手だった。 これから私は、辺境伯と幸せな結婚生活を送ろうと思います。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...