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22.福徳円満な時間
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声の主は、あどけなさの残る若い男の子だった。その後ろにも数人の少年達が様子を窺っている。
「そうだが、何か用か?」
笑顔を消して鋭い目を向けるカイルさん。
男の子はぐっと喉を鳴らしてガチガチに固まってしまった。
「こんにちは、もしかして冒険者に成りたてだったりするんですか?」
緊張を解してあげようと思って優しく声を掛けると、男の子はこちらに気が付いたようで、驚きにあっと口を開けた。
「は、はい! 申し訳ありません、お取込み中でしたか!」
私はいえいえ、と首を振って笑いかける。
「良いんですよ。カイルさん、とても強いし冒険者としては憧れますよね。カイルさんに挨拶に来てくれたんですか?」
男の子はぱぁっと満開の向日葵のような笑顔になると、そうなんです、と勢い良く頷く。
曇りのない純粋な表情に眩しさを感じてしまう。元気良いなぁ。
「僕、カイルさんに憧れてて! 薬草採取に来たんですけど、まさかここでお会いできるなんて思ってなくて!」
「カイルさん、強いだけじゃなくてとっても優しいんですよ」
言いながら、ちらりとカイルさんを見やる。
彼は心なしか上体を反らし腕を組んでいた。偉そうに見える態度だけど、頬が少し染まっているから、凄く面映ゆいんだろうな。
照れ隠しかぁ。何とも微笑ましい。
「そうなんですか! 僕、カイルさんみたいな強い冒険者になりたいんです! どうしたら強くなれますか?」
「……大きく分けて三つだな。一つ、常に初心を忘れず鍛錬を欠かさない事。それ次第で命が決まる、基本中の基本だ。二つ、己の力量を見誤らない事。ギルドの信頼は依頼を確実にこなす事で蓄積される。それから、三つ、知識は力になる。好奇心を忘れずに何でも良く学ぶ事。冒険者の仕事はどんな場面でどんな知識が役に立つか分からないからだ」
「鍛錬を欠かさず、自分の力量を弁えて、知識を蓄える、ですね!」
「そうだ。名を聞いておこうか」
「イグニス・スピンテールです!」
はきはきと答えるイグニス君。
カイルさんの眼差しは何時の間にか優しく和らいでいた。
「イグニス。地道に励んでいれば実力は自ずとついてくる、頑張れよ」
「はいっ、ご指導、ありがとうございました!」
イグニス君が綺麗に90度のお辞儀をすると、それまで黙っていた子達にわっと取り囲まれた。
「カイルさん、僕も聞きたい事が!」
「俺も俺も! 天候操作魔法について知りたいです!」
「彗尾竜の生態についてお願いします!」
「ちょっ、お前達、順番に答えてやるから落ち着け!」
怒涛の質問が押し寄せてきて、カイルさんが目を白黒して慌てている。
それをクスクス笑って見ていた私。
一人がこちらを振り向いた。
「ストルゲ食堂の黒曜姫……噂には聞いていたけど凄い美人だなぁ」
だれやねんそれ。
***
千客万来とは良く言ったもので。
それから数組の駆け出し冒険者パーティーが通りがかっては、カイルさんに話しかけて行った。
その流れ弾で、「どうして付き合おうと思ったのか」とか「俺も強くなったらお姉さんみたいな人と付き合える?」とか、私にもちらほらと。
一段落した所で、カイルさんが頻りに首を捻っていた。
「おかしいな、いつもならギルドでも遠巻きにされているのに……」
「カイルさん、結構人気者じゃないですか」
「リィナが居るからかな?」
私はそれには答えず笑ってポンポンと膝を叩いて見せた。
今日は彼を甘やかすのである。
「さて、カイルさん。質問攻めにあってお疲れでしょう。良い天気だし、ちょっと寝転がりませんか」
「じ、じゃあ失礼して……」
挙動不審になったカイルさんの頭がぎこちなく私の膝に乗せられた。乱れた銀髪を頭を撫でるついでに直していく。
暫く撫でていると、耳が真っ赤になっていたのが薄くなり、落ち着いてくる。
カイルさんは静かに目を閉じた。
「懐かしいな……」
「はい?」
「俺も昔はフィードと組んで、ああして薬草採取から頑張ったものだった」
「カイルさんの駆け出しの頃も、さっきの子達みたいに初々しくて可愛かったんでしょうね」
見てみたかったなぁ、と言うと、返ってきたのはゴホン、という咳ばらい。
「せ、先日の件だが。フィードと腹を割って話して来た」
不意打ちに切り出され、気になっていた事だけに体がピクリと動く。
カイルさんはゆっくりと話し始めた。
「……結果を言うと、リィナの推測通りだった。最初は自分の料理を食べさせて美しくなっていくゲイナさんを見て満足していたそうだが、ゲイナさんに告白されて結婚する事が決まると、ふと彼女を失うのが怖くなったそうだ。俺も気持ちは良く分かる。心のどこかで信じ切れずにいたんだろう。
その内に、食べさせ続けて自分無しに生きられなくなる程太れば、彼女は自分の元から去る事はないと考えたと言っていた。子供が出来なくなるかも知れなくなる事、じわじわと病と死に追いやっていた事――リィナが聞いたゲイナさんの覚悟と想いを話してやったらフィードは号泣していたよ。自分は何てことをしたのだと」
号泣しているのを黙って見守っていると、そこにゲイナさんが乱入してきて「貴方は悪くない」とフィードさんを抱きしめたらしい。
結局お互いが謝り合って、悲しいすれ違いが無くなって。晴れて本当の両想いとなり、丸く収まったそうだ。
「だから、あの二人はもう大丈夫だ」
言って、寝返りを打つカイルさん。
私を見上げてくる彼は、祝福を授ける天使の如く柔和な笑みを浮かべた。
「良かった……ありがとう、カイルさん」
安堵に胸を撫で下ろす。
本当に良かった。
「そうそう、結婚式の日取りも聞いてきた」
そのまま日取りと会場の場所について話し出すカイルさん。
ホッとしたのも束の間、ある事に気が付いて愕然とする。
「あっ……あの、カイルさん。この国で結婚式に出席するって、どんな決まりがあるんですか? 私の故郷では上等の服を着て、お祝いを包んで持っていくのですが……」
私、礼服持ってないじゃん!
「そうだが、何か用か?」
笑顔を消して鋭い目を向けるカイルさん。
男の子はぐっと喉を鳴らしてガチガチに固まってしまった。
「こんにちは、もしかして冒険者に成りたてだったりするんですか?」
緊張を解してあげようと思って優しく声を掛けると、男の子はこちらに気が付いたようで、驚きにあっと口を開けた。
「は、はい! 申し訳ありません、お取込み中でしたか!」
私はいえいえ、と首を振って笑いかける。
「良いんですよ。カイルさん、とても強いし冒険者としては憧れますよね。カイルさんに挨拶に来てくれたんですか?」
男の子はぱぁっと満開の向日葵のような笑顔になると、そうなんです、と勢い良く頷く。
曇りのない純粋な表情に眩しさを感じてしまう。元気良いなぁ。
「僕、カイルさんに憧れてて! 薬草採取に来たんですけど、まさかここでお会いできるなんて思ってなくて!」
「カイルさん、強いだけじゃなくてとっても優しいんですよ」
言いながら、ちらりとカイルさんを見やる。
彼は心なしか上体を反らし腕を組んでいた。偉そうに見える態度だけど、頬が少し染まっているから、凄く面映ゆいんだろうな。
照れ隠しかぁ。何とも微笑ましい。
「そうなんですか! 僕、カイルさんみたいな強い冒険者になりたいんです! どうしたら強くなれますか?」
「……大きく分けて三つだな。一つ、常に初心を忘れず鍛錬を欠かさない事。それ次第で命が決まる、基本中の基本だ。二つ、己の力量を見誤らない事。ギルドの信頼は依頼を確実にこなす事で蓄積される。それから、三つ、知識は力になる。好奇心を忘れずに何でも良く学ぶ事。冒険者の仕事はどんな場面でどんな知識が役に立つか分からないからだ」
「鍛錬を欠かさず、自分の力量を弁えて、知識を蓄える、ですね!」
「そうだ。名を聞いておこうか」
「イグニス・スピンテールです!」
はきはきと答えるイグニス君。
カイルさんの眼差しは何時の間にか優しく和らいでいた。
「イグニス。地道に励んでいれば実力は自ずとついてくる、頑張れよ」
「はいっ、ご指導、ありがとうございました!」
イグニス君が綺麗に90度のお辞儀をすると、それまで黙っていた子達にわっと取り囲まれた。
「カイルさん、僕も聞きたい事が!」
「俺も俺も! 天候操作魔法について知りたいです!」
「彗尾竜の生態についてお願いします!」
「ちょっ、お前達、順番に答えてやるから落ち着け!」
怒涛の質問が押し寄せてきて、カイルさんが目を白黒して慌てている。
それをクスクス笑って見ていた私。
一人がこちらを振り向いた。
「ストルゲ食堂の黒曜姫……噂には聞いていたけど凄い美人だなぁ」
だれやねんそれ。
***
千客万来とは良く言ったもので。
それから数組の駆け出し冒険者パーティーが通りがかっては、カイルさんに話しかけて行った。
その流れ弾で、「どうして付き合おうと思ったのか」とか「俺も強くなったらお姉さんみたいな人と付き合える?」とか、私にもちらほらと。
一段落した所で、カイルさんが頻りに首を捻っていた。
「おかしいな、いつもならギルドでも遠巻きにされているのに……」
「カイルさん、結構人気者じゃないですか」
「リィナが居るからかな?」
私はそれには答えず笑ってポンポンと膝を叩いて見せた。
今日は彼を甘やかすのである。
「さて、カイルさん。質問攻めにあってお疲れでしょう。良い天気だし、ちょっと寝転がりませんか」
「じ、じゃあ失礼して……」
挙動不審になったカイルさんの頭がぎこちなく私の膝に乗せられた。乱れた銀髪を頭を撫でるついでに直していく。
暫く撫でていると、耳が真っ赤になっていたのが薄くなり、落ち着いてくる。
カイルさんは静かに目を閉じた。
「懐かしいな……」
「はい?」
「俺も昔はフィードと組んで、ああして薬草採取から頑張ったものだった」
「カイルさんの駆け出しの頃も、さっきの子達みたいに初々しくて可愛かったんでしょうね」
見てみたかったなぁ、と言うと、返ってきたのはゴホン、という咳ばらい。
「せ、先日の件だが。フィードと腹を割って話して来た」
不意打ちに切り出され、気になっていた事だけに体がピクリと動く。
カイルさんはゆっくりと話し始めた。
「……結果を言うと、リィナの推測通りだった。最初は自分の料理を食べさせて美しくなっていくゲイナさんを見て満足していたそうだが、ゲイナさんに告白されて結婚する事が決まると、ふと彼女を失うのが怖くなったそうだ。俺も気持ちは良く分かる。心のどこかで信じ切れずにいたんだろう。
その内に、食べさせ続けて自分無しに生きられなくなる程太れば、彼女は自分の元から去る事はないと考えたと言っていた。子供が出来なくなるかも知れなくなる事、じわじわと病と死に追いやっていた事――リィナが聞いたゲイナさんの覚悟と想いを話してやったらフィードは号泣していたよ。自分は何てことをしたのだと」
号泣しているのを黙って見守っていると、そこにゲイナさんが乱入してきて「貴方は悪くない」とフィードさんを抱きしめたらしい。
結局お互いが謝り合って、悲しいすれ違いが無くなって。晴れて本当の両想いとなり、丸く収まったそうだ。
「だから、あの二人はもう大丈夫だ」
言って、寝返りを打つカイルさん。
私を見上げてくる彼は、祝福を授ける天使の如く柔和な笑みを浮かべた。
「良かった……ありがとう、カイルさん」
安堵に胸を撫で下ろす。
本当に良かった。
「そうそう、結婚式の日取りも聞いてきた」
そのまま日取りと会場の場所について話し出すカイルさん。
ホッとしたのも束の間、ある事に気が付いて愕然とする。
「あっ……あの、カイルさん。この国で結婚式に出席するって、どんな決まりがあるんですか? 私の故郷では上等の服を着て、お祝いを包んで持っていくのですが……」
私、礼服持ってないじゃん!
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