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21.前代未聞

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 実に天気が良かった。
 高所に出来る巻雲が、天女の羽衣のように青空を横切っている。
 猛禽類であろう鳥が、笛を吹くような声で鳴きながら弧を描いて飛んで行った。

 所々野草の花がいろどりを添え、蝶や蜜蜂がその蜜を求めてそこら中を飛び回っている。
 草と大地の匂い。
 舗装されていないむき出しの田舎道を森へと歩く。

 「今日はピュルゴスの森へ行くんです。ピクニックに最適だって聞いたので。カイルさんもご存知ですよね?」

 「ああ、駆け出し冒険者が採取依頼でよく行く場所だ。森の入り口に朽ちかけた塔がある。だが、ピクニックに最適というのはどうだろう? 比較的安全とはいえ、小さな魔物が出るんだが」

 「えへへ、デートの相手がカイルさんだという前提で教えてもらったんです。貴方と一緒なら公園みたいなものだって。頼りにしてます、カイルさん」

 「成程な、任された」

 気負いもせずに笑って言うカイルさん。
 私という足手まといが居ても、駆け出し御用達の森なんて何程なにほどのものでもないんだろう。流石である。
 そんなこんなで和やかに歩いていたのだが。

 「つ、疲れた……」

 少し離れた場所にランドマークである朽ちた搭が見えている。
 ピュルゴスの森に着いたまでは良かったが、私は大いに誤算していた。

 城壁を出てから森の入り口まで、かなりの距離があったのだ。デブの体力を舐めてはいけない。
 それに、舗装されてない道は思った以上に凸凹していて歩き辛かった。靴が擦れて足の甲も痛い。もっとちゃんと調べておくんだった。

 「カイルさん……少し休みませんか?」

 気持ちは既に『もう帰ろうか』モードではあるが、情けない声で提案する。

 「森の入り口に着いたばかりだぞ、リィナ。怪我でもしているのか――って、足が赤くなっているじゃないか! 何故もっと早く言わないんだ」

 「ご、ごめんなさい……」

 ああ、本当馬鹿でした。
 自分がスぺ●ンカー以下の人間である自覚が足りなかった。洞窟を探検する体力すら無い。
 日本でのピクニックは車で行ける場所だったり歩道も整備されてたりして靴はそこまで拘らなくても良かったけど、こっちでは同じピクニックでもアウトドアに近い。装備もちゃんとしてないとダメだったんでした。
 そこの所を日本の感覚が抜け切れていなくて、何も考えず街中歩きの恰好かっこうで来てこうなってしまった。

 どこかのきこりが斧を振るったのだろう、近くに切り株があったのでそこに座らせられる。
 ワンピースの裾が邪魔で足元が見えづらかったので膝上までたくし上げて靴を脱いで見せると、前にしゃがみこんでいたカイルさんがグフッと喉から変な音を立てた。

 「あっ、すみません。足臭かったですか」

 「い、いや大丈夫」

 視線をうろうろと彷徨さまよわせ、顔を赤くしながらも手当をしてくれるカイルさん。
 彼の手が擦れた所に触れて一瞬痛むが、足の疲労も含めてすーっと溶けるように楽になっていく。

 「駆け出しとはいえ、ピュルゴスは冒険者が行く森だ。毒虫も居るし、毒草だって生えてる。その靴では森歩きは出来ないから、どの道着いたら俺が君を運ぼうと思っていたんだ」

 ……ですよね。
 やっぱりこの服装は無かったか。

 「今日、私がデートの事を考えるって言った癖にごめんなさい」

 自己嫌悪で溜息交じりに言うと、カイルさんの手が頭にポンと乗せられた。

 「俺に気を遣って考えてくれたんだろう? 君は良いところの娘なんだろうし、野歩きに慣れていないのも、森についてよく知らなかったのも仕方ない。それに、最初のデートの時、俺も色々失敗したからお相子あいこだよ。案外俺達は似た者同士なのかも知れないな」

 お互い顔を見合わせて。どちらからともなくクスリと笑った。
 外見こそは反対だけど、確かに似た者同士だ。

 「もうお日様があんなに高くなってますし、いっそここでお昼にしませんか?」

 私はもう自然体で行くことにした。
 毒虫と毒草と言われた時点で森に入る気が半分以上失せてしまったのである。

 森の外なら魔物も出ないだろうし。
 崩れかけた塔にはつたがいい具合に絡まり、風情も悪くはない。

 私の提案に、カイルさんは狼狽ろうばいを見せた。

 「え? ここで?」

 「はい、ダメですか? ここなら毒虫や毒草の心配もありませんよね」

 「いや、ダメではないが、新人冒険者が結構通る場所で、その……」

 カイルさんの歯切れが悪い。
 デートを後輩達に見られるのが気まずいんだろうか?

 「結構通ると言っても街中程頻繁ひんぱんじゃないんでしょう? だったら森の入り口から見えない、塔の向こう側に回れば大丈夫ですよ」

 渋るカイルさんを説得して、塔へと歩く。
 森の入り口から見えない場所に、丁度良い日陰がある。
 元は塔の一部だったのだろう、石材が転がっていたのでそれをベンチに見立てて座った。
 アイテムボックスからバスケットを出してもらってお弁当を広げる。本当に状態保存されていて、作り立ての味だった。何て便利。

 「リィナの手料理、美味しいな!」

 上機嫌でサンドイッチをほうばるカイルさん。私も作り手として嬉しくなる。
 サンドイッチの傍ら、唐揚げを食べさせたり、反対にフライドポテトを食べさせられたり。
 ミニョンは「あの男は何処どこにいても何をしても、あんたと一緒に過ごす事が幸せ」って私に言ったけど、それ、自分も同じだったんだなぁとしみじみ思う。
 カイルさんは特に唐揚げが気に入ったようだった。自前のお酒を取り出して飲んでいる。
 お酒のアテか。確かに。

 それにしても、とふと笑う。
 こちらを見たカイルさんの鼻先を、悪戯するように人差し指で優しくつついた。

 「駆け出し御用達の森の入り口でお弁当を食べる白金ss級の冒険者。前代未聞ですね。それに引き換え、カイルさんとは正反対で最弱の私がもし駆け出し冒険者だったら。きっと、森の入り口で力尽きるというギルド始まって以来の前代未聞の偉業を達成していたに違いないです。場所は同じだけど、どっちもおかしいなって思って」

 「プッ……クッ…………アハハハハッ! 確かにな!」

 笑い交じりに言うと、カイルさんのツボに入ったのかお腹を抱えて大笑いしだした。よし、ウケたぞ!
 私もつられて笑う。彼にしてもまさかこんな所でピクニック開始とは夢にも思わなかっただろう。

 青空に楽し気な笑い声が響いた後。

 「――あの、すみません! もしかして、白金ss級のカイル・シャン・イグレシアさんでいらっしゃいますか?」

 唐突に声を掛けられた。
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