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23.ブプレリウム

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 カイルさんは暫く考え。ふむ、と頷く。

 「特に決まりは無いぞ。上等の服に祝いを包む――リィナの故郷と大差は無いな」

 「そうなんですか。結婚式に着ていけるような服ってどこに売ってるんだろう……」

 少なくとも私のこの一張羅では相応しくはないだろうと思う。
 うーんと考え込んでいると、カイルさんが起き上がった。

 「じゃあ、今から見に行こう」

 「えっ?」

 「顔見知りの店がある。そこなら色々相談にも乗ってくれるだろう」

 言いながら、有無を言わさず私を抱きかかえた。

 それから暫く後。
 城壁の門で、私はひたすら呼吸と心臓を落ち着けていた。

 森の入り口から、抱えられて帰ってきたのだけれども。
 目を閉じるのを忘れていた私は「私達、風になってる!」状態で意識を飛ばしかけたのである。

 行きは数時間かかったと思う距離があっという間だった。悲鳴を上げていたらドップラー効果も全然余裕。
 ちなみにカイルさんは息一つ乱していない。解せぬ。

 「ここだ、リィナ」

 彼の顔見知りのお店とやらは、それはそれは大層立派な――明らかに私には分不相応な構えをしていた。
 慣れた様子の彼に続いて気後れしながら恐る恐る入る。

 やっぱり、と思う。

 素人目にも一目見て分かる、豪華絢爛な大貴族の邸宅の如き内装。
 ゆったりした作りのフロアにはベルサイユ宮殿にでもありそうな応接の一揃ひとそろえ。
 ドレスはマネキンに着せられて陳列されているけれど、どれもこれもお高そうな服ばかりが展示してあった。
 地球でも、もしかしたらドバイとかにこういう店あるのかも知れない。
 「イグレシア様、いらっしゃいませ」と近づいてきた店員と話しているのを尻目に、シンプルで一番安そうなワンピースの所にある木の値札を見る。
 流麗な字で小さく書いてあるそれは。

 「さっ……」

 3金貨アウルム! 私は目をいた。
 これ一着で私の月給軽く超えてるんだけど!
 青くなってそっとその場を離れる。カイルさんの腕を店の入り口へとグイグイ引っ張っていった。

 「どうしたんだ、リィナ」

 「あの、もっと安い店は無いですか? 情けない話なんですが、ちょっと私には高すぎて……」

 ちょっと言ってて悲しくなってくる。
 お金が無いって惨めだなぁ。

 「ん? 金なら俺が出すから気にするな」

 「でも、」

 食い下がる私。
 カイルさんはちょっと寂しそうな顔をした。

 「リィナ、そんな顔をしないでくれ。連れてきたのは俺なんだし、俺が君に贈りたいと思ったんだから。それに、フィードはA級冒険者だ。その結婚式だから、出席者もそれ相応になる。ここで買っておいた方が良い」

 うぐっ……そうなのか。

 じゃあ下手な服装をしていけば、みすぼらしさで浮く可能性があるんだろうな。
 きっと、カイルさんにも恥を掻かせてしまうかも。

 「……じゃあ、一着だけ」

 背に腹は代えられない。私は白旗を上げた。


***


 「カンザー様に相応しいドレスを数着お持ちしました。如何いかがでしょうか?」

 結婚式に着ていくドレス、という事で店員さんが選んで持ってきたものは、白に近かったりパステルカラーだったり明るめのものばかりだった。

 デザインはやっぱりゆったりしたもので、後ろ側の裾が長くなっており、それを引きるタイプが多い。
 袖は膝下まで長さがあるものが一般的のようだった。着ると、振袖みたいな印象。

 金糸銀糸で刺繍が施され、宝石が縫い付けてある。地球のものとは違い、金糸銀糸や宝石は全て本物だろうと思う。
 エジプトの、ハリージドレスというものを思い出す。

 実にきらびやかでド派手で豪奢なドレスである。
 招待客がこんな……某ラスボス大物女性演歌歌手ばりの豪華なの着て行って、花嫁さんに失礼にならないだろうかと心配になるレベル。

 大きな姿見の前に立った私に、店員さんが広げてあてて見せてくれた。
 しかし、しかしである。

 「あの……膨張色はちょっと……」

 「そうですか? 明るく見えますし、太って見えるから体型カバーでも大人気なお色なんですけれども」

 店員さんェ……。

 明るめの色はまさかの体型カバー。
 ここが異世界だって事を忘れかけていたのに、改めて思い知らされた。

 手間をお掛けします、と断って、膨張色のは下げて貰った。暗めの色のドレスをお願いする。
 鏡の前であてて見る。うん、こっちの方が自分らしいし落ち着いていて良い。

 「スタイルの良いカンザー様なら深めのお色もお似合いになりますね。白い肌が美しく映えていらっしゃいます」

 表情を読んだのか、すかさず店員さんが一言。流石は高級店だ。
 しかし深い色と言っても色々あるけれど……と考えて。私ははたと思い当たって振り返った。

 「えっと、カイルさんはどんな服を着ようと思っているんですか? 私、それに合わせた色が良いです」

 高級ソファーに座ってドレス選びを眺めていたカイルさん。
 私の言葉を聞くと、口に手を当てて俯いて、何かを我慢しているようだった。
 暫くして彼も交えて選んだドレスは、鉄色くろがねいろで銀糸の刺繍が入ったもの。
 ドレスは後でカイルさんの宿に届けられる。自分の部屋で管理するのが怖いので、式当日まで預かって貰う事にしたのだ。

 カイルさんがカウンターでお会計している間、私は豪華なソファーで待たせてもらっていた。
 店を出るまでに思ったより時間がかかったけど、セレブの買い物……デパートの外商とかを考えたらこっちの世界でも現金払いとは限らないし。
 こんな高級店だから、色々と手続きがあるのかも知れない。

 店を出ると、どっと疲労感が襲ってきた。
 慣れない身分不相応な高級な場所で気疲れしたのだろう。

 カイルさんに提案して、飲み物を買って公園で一休みする事にした。
 それに、渡したい物もあるし。

 気が付くともう夕方近い。
 公園は人気が無かった。

 「あの、カイルさん。ドレス、ありがとうございました」

 言いながら、バッグから髪紐の包みを取り出す。

 「それで、とても高価で素敵な良いドレスを買って貰っておいて、とても恥ずかしいのですが……これ」

 「俺に?」

 カイルさんに渡しながらも、だんだん声が尻すぼみになっていくのは止められなかった。
 今日は結局お金を使わせてしまった。
 あんなお店でお買い物し慣れてるなら、私の作った髪紐なんてやっぱりゴミみたいなものだ。お礼にすらならない。

 「開けてみても?」

 頷いて、私は俯いた。ガサガサ包みが開けられ、中身が取り出される音。

 不意に、静かになった。
 カイルさんは何も言わない。

 やっぱりみすぼらしかったんだ。少し鼻の奥がツンとする。

 「て、手作りの髪紐なんですけどっ、良かったら普段使いにでもして貰えた……」

 顔を上げて頑張って笑顔を作った私の言葉は最後までつむげなかった。
 気が付くと、閉じられた瞳とその長い睫毛が至近距離にあって。

 突然の事に何もかも、全ての感情が吹っ飛んだ。
 唇に触れる柔らかい温もり。

 私は、カイルさんにキスをされていた。


【後書き】
※タイトルについて。
ブプレリウム:セリ科の植物。花言葉は、「はじめてのキス」。
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