推しがいるのはナイショです!

いずみ

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「……残業」
「そんなことだろうと思った」
 久遠はため息をつく。
「くそっ。今日はお前が来ると思って、めちゃくちゃ気合入れてたのに」
「私だって……!」
 ドアの前に立ち尽くしたまま、涙がこぼれる。

「楽しみにしてたよ! チケットとれて嬉しくて! 服も新しく買って! いつもより念入りに化粧して! アリーナで、会えるの、すっごく楽しみにしてたのに……!」
 ぼろぼろと泣き始めた私に、立ち上がった久遠が近づいて来た。
「スマホでライブ中継見てたって! かっこいいな、って仕事にならなくて! 目の前で見られたら、もっと……って、悔しくて! 見たかった……会いたかったよ!」
「誰が?」
 久遠が、少しかがんで私に目線を合わせる。

「誰が一番、かっこよかった?」
 私は、ぎゅ、と目をつぶる。
「久遠が! 一番、かっこよかった!」
「よし」
 声と同時に、思い切り抱きしめられた。
「うー……」
 なんかすごく悔しくて、涙が止まらない。こんな顔、見せられない。

「なんで、私がいないのわかったのよう」
 涙声で聞くと、久遠が私を抱きしめたままぽんぽんと頭を叩いてくれる。
「わかるよ。どこにいてもお前なら。……ってかっこつけたいけど、当日券の場所はわかったからそこ見てただけ。案外とステージの上からも、はっきりと客席って見えるもんなんだぜ」
「そ、そんなの気づかなかっただけかもしれないじゃない」
「ばーか。俺がお前を見逃すかよ」
 久遠が抱きしめていた腕をゆるめて、私の顔をのぞく。 

 やだ、こんな化粧ぐちゃぐちゃな顔見せたくない。
 あわてて顔を隠そうとすると、先に久遠がそっと涙をぬぐってくれた。上目遣いに見てみると、珍しく笑っている。

「また見に来いよ。お前のために、俺、歌うから」
「でも、今回だって、ぎりぎり取れたのに。もうチケット取れる気がしない」
「それな。メンバーには、ちゃんとチケット枠あるんだよ」
 は? 初耳だよ、それ!
 私は、き、と久遠を見上げる。

「そんなものあるなら、とっとと出しなさいよ!」
「最後の抽選もはずれたら出そうと思ったよ! お前が自力でチケット当てちまったんだろうが!」
 口をへの字に曲げた私の体にまた腕を回して、久遠は上から見下ろした。
「次は、ちゃんと俺に会いに来いよ? 残業禁止」
「もしもはずれたら……チケット、くれる?」
「はずれたらな」
「が、がんばる。絶対、自分でとって会いに行く」
「その時は、推しは俺だろ?」
「えー」
「えーじゃねえ。俺にしろ」
 そういうと、久遠は体を折って顔を近づけてきた。少しだけ首を傾けたその角度は……ええええっ!?
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