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第四章 ママと、パパのこと
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「いつ?」
「今年中には」
げしっ、と莉子ちゃんが通りすがりにあった塀をけとばした。
その背中にもわりと黒いもやがゆれて、ラベンダー色のランドセルを包んでしまった。
「さっさと別れちゃえばよかったのよ。顔を合わせれば、けんかばっかりして。そんなに嫌いなのに、一緒にいることないじゃない。だいたい子供の前でけんかするなんて、おとなのすることじゃないよ。そんで、二人が幸せになるために離婚します、だって。冗談じゃないわ。その間にいる私のことは何だと思ってんのよ。あんなパパもママも、だいっきらい」
「莉子ちゃん……」
でも私は知ってる。本当は莉子ちゃん、パパもママも大好きなんだ。
「莉子ちゃんも、引っ越しちゃうの?」
「ううん、これからも今のアパートにいる。どうせ、パパは長いこと単身赴任だったから家になんかいなかったし、ママと私が今までどおりアパートに住み続けるのに問題ないんだって。ママが今の名前を使い続けるらしいから、私の名前も変わらないし」
「そっか。莉子ちゃんまでどっかいっちゃうわけじゃないんだ」
よかったあ。萌ちゃんがいなくなって、莉子ちゃんまでいなくなってしまうなんて寂しすぎるもん。
そう思ってから、は、と思い直す。
莉子ちゃんにとっては辛い話だもの。喜んじゃいけないよね。
「ご、ごめんね、莉子ちゃん」
「なにが?」
莉子ちゃんは、そう言ってまたにかっと笑った。気づかないふりをしてくれたみたい。
普段は元気で適当にも見えるけれど、莉子ちゃんはこういうところがとても優しい。姉御肌、っていうのかな。
だめだ。私が莉子ちゃんに気をつかわせちゃいけない。
「私は、どこにもいかないよ。だから、しょうがない。そんな美優でもずっと友達でいてあげる」
笑いながら私に抱きついてきた莉子ちゃんの、ちょっとだけ震えているその手を、私は、ぎゅ、と握る。
「うん! ずっとずっと、友達」
「ありがと」
ごしごしと、莉子ちゃんが顔を私の服にこすりつけると、何事もなかったようにまた歩き始めた。
「ねえ、美優。あんた『青い鳥』読んだって言ったよね」
莉子ちゃんが、空を見ながら言った。
「うん。まだちゃんと書いてないんだけどね、感想文」
昨日は、公園から後の記憶がなくて、気がついたら朝で私は家のお布団の中だった。だから、また書けなかったんだ。帰ったら、今日中には書かなきゃ。
私は、莉子ちゃんを、そ、とうかがう。
いつもみたいにまた、ばか美優って笑うかと思ったけど、莉子ちゃんは空を見上げたまま言った。
「青い鳥はすぐ目の前にいました……って、幸せはいつでも近くにあるって話なんでしょ? あれ」
「うん。気付かないだけで、人のそばにはたくさんの幸せがあるんだよ、って、そんな話」
「ねえ、私の幸せはどこにあるのかな」
莉子ちゃんは、空に手をのばす。見えない何かをつかむように。
「青い鳥一匹まるごととは言わないから、青い鳥の羽だけでもいいや。……それだけの幸せでいいから、どっかに落ちてないかな」
「……ここにあるよ!」
消えていくような声で言った珍しい莉子ちゃんの弱音に、私はつい、大声を出してしまった。莉子ちゃんは驚いて振り向く。
「私がなる! 私が莉子ちゃんの青い羽になるよ! だから……だから、ね、だから……大丈夫だよ!」
ぽかんと口をあけていた莉子ちゃんの顔が、くしゃりと笑った。
「ばか美優。なーにが、大丈夫なのよ。意味わかんない。さ、早く帰ろう!」
そう言いながら莉子ちゃんは私の後ろに回ると、ランドセルをつかんでどんどん私の背中を押す。きっと、泣いている顔を見られたくないんだ。
「うん! 帰ろう!」
私たちは、二人で笑いながら歩いていった。
☆
「今年中には」
げしっ、と莉子ちゃんが通りすがりにあった塀をけとばした。
その背中にもわりと黒いもやがゆれて、ラベンダー色のランドセルを包んでしまった。
「さっさと別れちゃえばよかったのよ。顔を合わせれば、けんかばっかりして。そんなに嫌いなのに、一緒にいることないじゃない。だいたい子供の前でけんかするなんて、おとなのすることじゃないよ。そんで、二人が幸せになるために離婚します、だって。冗談じゃないわ。その間にいる私のことは何だと思ってんのよ。あんなパパもママも、だいっきらい」
「莉子ちゃん……」
でも私は知ってる。本当は莉子ちゃん、パパもママも大好きなんだ。
「莉子ちゃんも、引っ越しちゃうの?」
「ううん、これからも今のアパートにいる。どうせ、パパは長いこと単身赴任だったから家になんかいなかったし、ママと私が今までどおりアパートに住み続けるのに問題ないんだって。ママが今の名前を使い続けるらしいから、私の名前も変わらないし」
「そっか。莉子ちゃんまでどっかいっちゃうわけじゃないんだ」
よかったあ。萌ちゃんがいなくなって、莉子ちゃんまでいなくなってしまうなんて寂しすぎるもん。
そう思ってから、は、と思い直す。
莉子ちゃんにとっては辛い話だもの。喜んじゃいけないよね。
「ご、ごめんね、莉子ちゃん」
「なにが?」
莉子ちゃんは、そう言ってまたにかっと笑った。気づかないふりをしてくれたみたい。
普段は元気で適当にも見えるけれど、莉子ちゃんはこういうところがとても優しい。姉御肌、っていうのかな。
だめだ。私が莉子ちゃんに気をつかわせちゃいけない。
「私は、どこにもいかないよ。だから、しょうがない。そんな美優でもずっと友達でいてあげる」
笑いながら私に抱きついてきた莉子ちゃんの、ちょっとだけ震えているその手を、私は、ぎゅ、と握る。
「うん! ずっとずっと、友達」
「ありがと」
ごしごしと、莉子ちゃんが顔を私の服にこすりつけると、何事もなかったようにまた歩き始めた。
「ねえ、美優。あんた『青い鳥』読んだって言ったよね」
莉子ちゃんが、空を見ながら言った。
「うん。まだちゃんと書いてないんだけどね、感想文」
昨日は、公園から後の記憶がなくて、気がついたら朝で私は家のお布団の中だった。だから、また書けなかったんだ。帰ったら、今日中には書かなきゃ。
私は、莉子ちゃんを、そ、とうかがう。
いつもみたいにまた、ばか美優って笑うかと思ったけど、莉子ちゃんは空を見上げたまま言った。
「青い鳥はすぐ目の前にいました……って、幸せはいつでも近くにあるって話なんでしょ? あれ」
「うん。気付かないだけで、人のそばにはたくさんの幸せがあるんだよ、って、そんな話」
「ねえ、私の幸せはどこにあるのかな」
莉子ちゃんは、空に手をのばす。見えない何かをつかむように。
「青い鳥一匹まるごととは言わないから、青い鳥の羽だけでもいいや。……それだけの幸せでいいから、どっかに落ちてないかな」
「……ここにあるよ!」
消えていくような声で言った珍しい莉子ちゃんの弱音に、私はつい、大声を出してしまった。莉子ちゃんは驚いて振り向く。
「私がなる! 私が莉子ちゃんの青い羽になるよ! だから……だから、ね、だから……大丈夫だよ!」
ぽかんと口をあけていた莉子ちゃんの顔が、くしゃりと笑った。
「ばか美優。なーにが、大丈夫なのよ。意味わかんない。さ、早く帰ろう!」
そう言いながら莉子ちゃんは私の後ろに回ると、ランドセルをつかんでどんどん私の背中を押す。きっと、泣いている顔を見られたくないんだ。
「うん! 帰ろう!」
私たちは、二人で笑いながら歩いていった。
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