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第二章 雪けぶる町
肩をすくめるキオラ
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荷物をまとめて引っ越したレラムとセウロラは、一時的にレラムの実家である医師のエラヒム宅に身を寄せていた。レラムが風呂に入っていると、換気のために少し開いていた風呂の窓から、姉の婿であるルハンが突如として顔を出した。
「やあレラム、湯加減はどうだね」
「ひっ、タラム姉さん今すぐ来てーっ」
「何やってんのアンターっ、いい年して義妹の風呂覗きなんて、死んで詫びろ。レラム、こいつはずっと見張ってるから」
「絶対見ててよタラム姉さん、ちょっとでも目を離したら駄目だからねっ」
レラムは湯を足して風呂の温度を上げた。
「もう嫌っ、あの変態から逃げたくて結婚したようなものなのに、また戻って来る羽目になるなんて。もういっそ、お世話になったキンスター寺で尼になろうかなあ。その方がセウロラも駅近いし」
✳
夫である高級官僚ギリタ・ロンシュク様に呼び戻され、私達より先に首都ポンチェト=プリューリに戻ったザビネ様は、道中ずっと考えていた疑問を、仕事から帰宅した夫にぶつけた。
「そもそもおかしい。ハンムルーシフの相談相手なんて、貴方しかいないのに」
「おいおい、酷い言われようだな。彼だって友人の一人ぐらい…」
「その彼はずっとお父様の所に居たのに、いつ軍に友人が作れたというの。
わたくし達姉妹のうち、次女はヨウゼン家同士の産まれ。だから跡目争いを避ける為に、幼少のみぎりから尼となっている。
三女のキオラは言わずもがな、四女と五女の双子は、いずれも最近結婚したばかり。六女のソピリヤは、このままいけば一生独身。となると、ハンムルーシフにとって身近な相談相手となる同性は、わたくしの夫で義兄に当たるギリタ・ロンシュク、貴方だけです」
「ふーん、参ったな。君の事だから、もう義母のロミネ様には報告済みだろうし」
そう言うと彼は容赦無く、身重のザビネ様を腹蹴りした。幸いお腹の子供は無事だったが、ザビネ様は突如豹変した夫の様子に戸惑い、壁際までずり下がった。彼は笑顔で近づくと手を差し伸べ、ザビネ様が握ろうとしないので無理矢理掴んで立たせた。
「大丈夫かい、ちょっと産院で療養しておいで。ご両親には私から伝えておくよ、足が滑って転んでしまったとね」
そういう訳で、ヨウゼン家はザビネ様と連絡が取れなくなった。正体現したギリタ・ロンシュクは、開き直るかのようにハンムルーシフの保釈金を支払って身柄を引き取った。
そこでキオラ様と、その同伴者として、実は武家ウラシッドだったアナンさんが様子を見に行ったのだが、ロンシュク家の屋敷にすら、全く立ち入らせて貰えなかったらしい。
その頃ロンシュク家では、とんでもない事が起きていた。母ザビネ様と引き離された、ケイレブ様を始めとする5人のお子様方は、突然やって来たハンムルーシフを警戒していた。
その彼は彼でいつも寝てばかりいて、屋敷にいる人間とは殆ど口も利かず、ギリタが家にいる日は日がな一日中部屋に入り浸って出て来なかった。一体2人で何をしているのかと、訝ったケイレブ様は、夜中にこっそり部屋を覗きに行った。寝室で眠っていた弟のホセア様は、部屋に誰か入って来た物音で目を覚ました。
「お兄様、どうなすったのですか。また怖い夢でも……」
夜闇の中、ホセア様が近寄ってケイレブ様の様子を伺うと、ケイレブ様は泣きながらえずき、何度夢の内容を問いただしても、決して話そうとはしなかった。
実は従兄妹同士だったアナンさんとキオラ様は、外から屋敷の様子を伺っていた。
「困ったな~、ザビネ姉様とは連絡が付かないし、ハンムルーシフにも会わせて貰えないなんて。アナンはアナンで、訊きたいんでしょう。シャハルの連絡先とか、今どこで暮らしているのかとか」
「まあな」
「それにしても。ちょっとシャマシュに似てた位で間違えるってアナン、赤ん坊の頃から世話してた割には愛が足りてないんじゃないの。もしわたくしだったら、ハンムルーシフのことは一目で分かる自信があるのに」
「めちゃくちゃ似てたんだよ、今思えばシャハルよりも。キオラだって見たら驚くぜ、セウロラだって騙されたかも」
「そのセウロラも可哀想に。アナンってば配慮無さ過ぎ。心傷付いて性嫌悪になっちゃってたらどうするの。これだから童貞は」
割と失礼な発言をしながら肩をすくめるキオラ様に、アナンさんは暴言を吐いた。
「うるっせえな。黙れよ処女」
「…………」
「えっ、嘘だろ。お前21」
「こんな往来で何て事言うの。今すぐ謝って、わたくしと麗しの旦那様に~」
「あのなあ…いい加減目を覚ませよ。あいつはとんでもない極悪人なんだぞ、さっさと離婚しろ」
やーい童貞
黙れ処女
にわかには信じられない低次元な言い争いが続いた後、若夫婦を装ってしらみ潰しに産院巡りを開始した2人は、山の中にあるとてもマイナーな産院にたどり着き、見張り達との格闘の末に車を1台かっぱらい、見事ザビネ様とその後スミドでお産まれになったハイラム様を連れて無事帰還した。
第ニ章『雪けぶる町』完
第三章『ヘイサラバサラ』に続く
「やあレラム、湯加減はどうだね」
「ひっ、タラム姉さん今すぐ来てーっ」
「何やってんのアンターっ、いい年して義妹の風呂覗きなんて、死んで詫びろ。レラム、こいつはずっと見張ってるから」
「絶対見ててよタラム姉さん、ちょっとでも目を離したら駄目だからねっ」
レラムは湯を足して風呂の温度を上げた。
「もう嫌っ、あの変態から逃げたくて結婚したようなものなのに、また戻って来る羽目になるなんて。もういっそ、お世話になったキンスター寺で尼になろうかなあ。その方がセウロラも駅近いし」
✳
夫である高級官僚ギリタ・ロンシュク様に呼び戻され、私達より先に首都ポンチェト=プリューリに戻ったザビネ様は、道中ずっと考えていた疑問を、仕事から帰宅した夫にぶつけた。
「そもそもおかしい。ハンムルーシフの相談相手なんて、貴方しかいないのに」
「おいおい、酷い言われようだな。彼だって友人の一人ぐらい…」
「その彼はずっとお父様の所に居たのに、いつ軍に友人が作れたというの。
わたくし達姉妹のうち、次女はヨウゼン家同士の産まれ。だから跡目争いを避ける為に、幼少のみぎりから尼となっている。
三女のキオラは言わずもがな、四女と五女の双子は、いずれも最近結婚したばかり。六女のソピリヤは、このままいけば一生独身。となると、ハンムルーシフにとって身近な相談相手となる同性は、わたくしの夫で義兄に当たるギリタ・ロンシュク、貴方だけです」
「ふーん、参ったな。君の事だから、もう義母のロミネ様には報告済みだろうし」
そう言うと彼は容赦無く、身重のザビネ様を腹蹴りした。幸いお腹の子供は無事だったが、ザビネ様は突如豹変した夫の様子に戸惑い、壁際までずり下がった。彼は笑顔で近づくと手を差し伸べ、ザビネ様が握ろうとしないので無理矢理掴んで立たせた。
「大丈夫かい、ちょっと産院で療養しておいで。ご両親には私から伝えておくよ、足が滑って転んでしまったとね」
そういう訳で、ヨウゼン家はザビネ様と連絡が取れなくなった。正体現したギリタ・ロンシュクは、開き直るかのようにハンムルーシフの保釈金を支払って身柄を引き取った。
そこでキオラ様と、その同伴者として、実は武家ウラシッドだったアナンさんが様子を見に行ったのだが、ロンシュク家の屋敷にすら、全く立ち入らせて貰えなかったらしい。
その頃ロンシュク家では、とんでもない事が起きていた。母ザビネ様と引き離された、ケイレブ様を始めとする5人のお子様方は、突然やって来たハンムルーシフを警戒していた。
その彼は彼でいつも寝てばかりいて、屋敷にいる人間とは殆ど口も利かず、ギリタが家にいる日は日がな一日中部屋に入り浸って出て来なかった。一体2人で何をしているのかと、訝ったケイレブ様は、夜中にこっそり部屋を覗きに行った。寝室で眠っていた弟のホセア様は、部屋に誰か入って来た物音で目を覚ました。
「お兄様、どうなすったのですか。また怖い夢でも……」
夜闇の中、ホセア様が近寄ってケイレブ様の様子を伺うと、ケイレブ様は泣きながらえずき、何度夢の内容を問いただしても、決して話そうとはしなかった。
実は従兄妹同士だったアナンさんとキオラ様は、外から屋敷の様子を伺っていた。
「困ったな~、ザビネ姉様とは連絡が付かないし、ハンムルーシフにも会わせて貰えないなんて。アナンはアナンで、訊きたいんでしょう。シャハルの連絡先とか、今どこで暮らしているのかとか」
「まあな」
「それにしても。ちょっとシャマシュに似てた位で間違えるってアナン、赤ん坊の頃から世話してた割には愛が足りてないんじゃないの。もしわたくしだったら、ハンムルーシフのことは一目で分かる自信があるのに」
「めちゃくちゃ似てたんだよ、今思えばシャハルよりも。キオラだって見たら驚くぜ、セウロラだって騙されたかも」
「そのセウロラも可哀想に。アナンってば配慮無さ過ぎ。心傷付いて性嫌悪になっちゃってたらどうするの。これだから童貞は」
割と失礼な発言をしながら肩をすくめるキオラ様に、アナンさんは暴言を吐いた。
「うるっせえな。黙れよ処女」
「…………」
「えっ、嘘だろ。お前21」
「こんな往来で何て事言うの。今すぐ謝って、わたくしと麗しの旦那様に~」
「あのなあ…いい加減目を覚ませよ。あいつはとんでもない極悪人なんだぞ、さっさと離婚しろ」
やーい童貞
黙れ処女
にわかには信じられない低次元な言い争いが続いた後、若夫婦を装ってしらみ潰しに産院巡りを開始した2人は、山の中にあるとてもマイナーな産院にたどり着き、見張り達との格闘の末に車を1台かっぱらい、見事ザビネ様とその後スミドでお産まれになったハイラム様を連れて無事帰還した。
第ニ章『雪けぶる町』完
第三章『ヘイサラバサラ』に続く
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