シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

シトナの愚痴 / 怪我の功名

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 シャハルは履き物をなくして帰った次の日、遅刻しない範囲で遅めに登校して、代えの履き物を教室まで持ち込んだ。当然ながら教官に見咎められ、シャハルはやむを得ず反論した。

「クルガノイに泥棒が居るからです。もう盗られるような場所には置きたくありません」

「何だと…」

教官は気色ばみ、大方の級友がほくそ笑んだ中でただ一人、シャハルと同じく外部生のタイだけが、快活な笑い声を上げた。

「うははははっ、こいつは威勢が良いや。教官、借りといて返さないのも立派な泥棒ですよね」

教官はタイを無視し、シャハルは登校二日目にしてまたもや怒られ、初日同様物差しで頭を叩かれると、授業開始まで廊下に立っているよう言い渡された。




 その昼間、セウロラは、集会所の窓から中を覗き込む、見知らぬ男の姿を発見した。

「アナン、質問っ」

「どうした珍しいな」

セウロラはとっさに挙手をして、先生役のアナンを近くに呼び寄せた。やって来たアナンに小声で訴えると、アナンはその存在を元から知っていた様子で、それでもセウロラの不安解消のために窓を開けた。

「あ、どうも」

男は頭を掻いて軽く挨拶を述べ、アナンは男に恭しく挨拶をした。

「ご無沙汰しております、サイモン=イェノイェ様。本日はご見学ですか」

「ええまあ、そうなりますね」

「左様でしたか。いえ、昨晩にですね、あなた様にお会いしたと、兎を持って帰られたシャハルさんに伺ったものですから。そうそう、あの兎は私が捌いたのですよ」

「それは良かった」

それきり特にサイモンに言うべきことが無くなったアナンは押し黙り、対するサイモンも、顔に愛想笑いを浮かべたまま静止した。沈黙の一時が流れ、先にアナンが口を開き、会話を畳みに掛かった。

「では、ごゆっくりどうぞ」

「あ、いえ。皆の邪魔になってはいけないので、私はそろそろ山に。シトナ、また今度な」

「え、ちょっと待ってよお兄ちゃん」

手に汗握りながら状況を見守っていたシトナは、慌てて窓に駆け寄ったが、昨日再会したサイモンは脇目もふらず駆け出して去っていった。

そんなこんなでアナンの勉強会が終わると、セウロラは頼まれて持って来ていた四輪平衡車を、他の女の子達に貸し出した。

そして彼女達が遊び終わるまで、自分は読書しようとしていると、普段は遊びの中心であるシトナに、珍しく二人で話そうと声を掛けられ、静かな木陰に移動した。

「ううっ、もう少しだったのに。お兄ちゃんってば、諦めるのが早過ぎるよ」

「ああ、わたしは一体誰かと思って、本当はアナンが応対するまで怖かったの。でも、知らなかったな。シトナにお兄さんがいたなんて」

「そっか、セウロラはまだ会ったこと無かったもんね。さっき来てたのがあたしのお兄ちゃん」

「ずっとどこかにお出掛けしていたの」

セウロラは、シトナにそう尋ねながら、祖父シェイマスの辞世の一句『旅は旅でも死出の旅 我は死すとも そなたを憂う』を思い出し、かすかな胸の痛みを覚えて眉をひそめた。

シトナは、セウロラの些細な表情の変化には気付かず、兄サイモンの話を続けた。

「ううん、あたしが産まれる前から裏山に住んでるの。お兄ちゃん、昔はクルガノイの学校に通ってたんだって。でも途中で行かなくなって、お父さん達が訳を訊いたら、山に逃げ込んでそれっきり」

「大変だね…」

「でねでね、あたしが産まれて暫く経ってからのことなんだけど、その頃レラムさんはお腹にシャハルが居て、別にずっとお姉さんの家に行ってても良かったんだけど、トビラスさんが帰って来るまで、一人でお留守番していたの。健気けなげ~。で、心配になったトビラスさんが、アナンを雇って連れて来たの。ね、奥さん想いで素敵でしょう」

「まあね」

「あたしも結婚するなら、ああいう人とがいいな~。あっそれでね、アナンって丁度お兄ちゃんと年が近かったから、もし仲良くなれば、お兄ちゃんが山を下りてくるんじゃないかって皆考えたらしいの」

「えっ、そういうものなの。でもどうやって仲良くなるの。アナンを毎日山菜採りに行かせるとか」

「何それ~、うふふふふっ。残念だけど、まだお兄ちゃん食事は家でしていたから。アナンは、トビラスさんが一回だけ挨拶に連れて来て、顔見知りだったの」

「ああ、それで」

「でもお兄ちゃん、余計なことしないでって怒り出しちゃって」

「合わなかったんじゃないの、アナンとは」

「そうじゃないの。本当は気になってると思うんだけど、自分からは仲良くなれないの。でも、お節介は出来ないし。だからまだ、挨拶するだけで会話が終わっちゃうの」

「そうなんだ…難しいね。どうやったらお友達になれるんだろう」

「このままじゃお嫁さんだって来てくれないよ。とっくに結婚してたって良い年なのに。あーあ、…何かごめんね。一杯愚痴聞いて貰っちゃって」

「別に良いよ。色々分かったし、ためになったよ。シトナの話」

「本当、それなら良かった。じゃ、あたし行くけど、セウロラはどうする」

「わたしはこれ」

セウロラは本を開き、シトナに表紙と背表紙と裏表紙を見せて、にっこりと笑い掛けた。




 学校がお昼休みに入り、シャハルはタイと、それからいつもの如くタイと一緒に居た級長のスラーに、人気ひとけの無い渡り廊下で話し掛けていた。すると、そこに現れた他のクルガノイ生達がやいのやいのと口々に囃し立て、肝心の会話が聴こえなくなった。

「何だ何だ、外方とざまどもが一緒に居るぞ」

「こんな日陰で悪巧みか」

「イェノイェが商人とバイコン野郎に媚びを売っていやがる」

「いくらかなあ」

「黙れ馬鹿。やーい、やーい、バ・イ・コ・ン」

『バ・イ・コ・ン、バ・イ・コ・ン、親父が死んだらバ・イ・コ・ン』

「もう、聴こえないから静かにして。それが無理ならあっちに行って」

意味の分からない言いがかりにむかついたシャハルが、抗議しながら蹴る真似をしたところ、すかさずクルガノイ生の一人に足を掴まれ、床石の上に仰向けの状態で引き倒された。シャハルはそのまま両足を掴み直されて、ずささーと引き摺られて行った。

「ひょええええ~っ」

シャハルは、これ以上頭をぶつけないように両手で庇うのが精一杯で、クルガノイ生達は笑いながら取り囲んで地面を蹴り、砂埃を立てて砂利を浴びせた。

「おい、止めろって。さっさと離せよっ」

タイがそう言ってスラーと後を追い駆け、最終的に校庭のど真ん中まで引き摺られて放置された、シャハルの手を引っ張って助け起こした。

タイとスラーは、砂だらけになったシャハルを痛いくらいはたいて、砂を落としてやりながら井戸に連れて行き、ポンプを操作して水を出した。

シャハルは顔や手を洗ってから救護室に向かい、手当てを受けると、スラーの提案で、引き摺り行為を私闘として教官室で訴えた。

すぐさま相手の連中が校内放送で呼び出され、やって来た彼等は、天気が良いのでシャハルを外に連れ出しただけだと主張した。担当教官はこれを全面的に支持し、級長であるスラーの訴えは退けられた。

「ごめんシャハル。全部後回しにして、すぐ教官室に来れば良かったのかも」

「悪いな。これじゃ俺たちが証拠隠滅したようなもんだ」

「別に良いよ。どうせ靴の時と同じだっただろうし。それよりも、助けてくれてありがとう。お礼になるかは分からないけど、土手に来て遊ばない、結構広いし遊ぶところも沢山あるよ。周り皆イェノイェだから、さっきみたいなことは起こらないし」

「…ごめん。自分達、今日用事があるんだ」

「そうなんだ。残念…仕様がないね」

「そうそう。だからまた明日なっ、妹も連れて行きたいし」

「えっ本当に。やったあ。タイ、妹が居るの。僕もお姉ちゃんみたいな子が居るよ、同い年だけど」

「へー、一緒に住んでるのか。お前さんの婚約者とかか」

「違うよ、お預かりしているの。父の、亡くなった元主人のお孫さんだから」






 セウロラは、四輪平衡車を左脇に抱え、家に向かって歩きながら本を読んでいた。そこへ、学校帰りで自転車に乗ったシャハルが追い付いて来た。

「セウロラ。僕が先に着くから、籠に荷物載せて」

「ありがとう。その手どうしたの」

セウロラは、持ち運びにくくて読書の邪魔な四輪平衡車を籠に載せながら、今朝までは無かったシャハルの手当てされた両手の怪我について尋ねた。

「ああこれ。天気が良かったから、親切な人達が、引き摺って校庭まで連れて行ってくれたんだよ。教官も太鼓判を押していたから、きっとクルガノイの流儀なんだろうね」

そう言うと、シャハルはその場に降りて自転車を停め、顔を曇らせたセウロラの空いている方の手を取って、ぐるぐる回った。

「それでね、その時助けてくれた二人を、遊びに誘ったんだ。明日来るよ」

「びっくりしたあ、何かと思った。おめでとう、頑張って」

「えー、セウロラも遊ぼうよ。一人は妹も連れて来るらしいからさ。何読んでるの」

「『きぬだん 照の章』。主人公の父親は、発音的にはシャハルと同じ名前なんだよ」

「ふうん、読み終わったら貸して」


帰宅後、シャハルは、アナンに怪我を見咎められ、素早く蹴る真似の特訓をつけられた。

後から徒歩で帰宅したセウロラも、訓練の様子を面白がって参加し、シャハルとセウロラは、交互にアナンに立ち向かった。しかしいずれもアナンに足首を掴まれて、畳の上を引き摺り回された。

シャハルもセウロラも、悲鳴を上げながら存分に笑い転げ、アナンにも交代を要求して、一人ずつ寝転がったアナンの左右の脚を掴んで、大人の体重に屈服した。

「ふっふっふ、どうだ参ったか。まあお前らは小せえからな、そん時ゃこうしろ」

アナンは素早く上体を起こし、両腕を自分の膝裏にまわすと、しっかりと腕を組んだ。


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