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妹探してよし行くぞ
ケとハレ
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宝児(ほうじ)の遺体は、海風を受ける岩場の、
ひっそりとした“鳥辺野”に運ばれた。
夜明け前。東の空はまだ群青。白む気配すらない。
阿諛の前所属先・小寿林氏分家の家業は、殯衛士(もがりえじ)。
分家若頭の妾としてーー、
阿諛は古代カリスマ美容師の、免許皆伝者。
今は元妾だが。昔、取った杵柄は変わらない。
「……俺で、いいのでしょうか」
阿諛は、小さく呟いた。
手には、僅かな白粉と紅。
計里氏正妻・双珠(そうじゅ)から届けられた、儀式用の簡素な化粧道具だ。
門客は、あえて答えない。
ただ火皿を近くに置き、黙って場を外した。
☯
阿諛だけが、宝児のそばに残された。
震える指先で、彼女の冷たい頬に触れる。
その顔立ちは、勾人と同じ“強さ”そして、“しとやかさ”を備えていた。
(あなたは……勾人さん、を。
……心から案じていた。
でも彼は、聞く耳を持たなかった。
そのたびに、あなたは胸を痛めていた……)
阿諛は、紅をひと筋、宝児の唇にのせた。
指が、かすかに震えた。
「どっ……どうしよう、ごめんなさい……でも、きれいにして差し上げます」
阿諛は、最後に彼女の髪を整え、布をそっとかける。
海風が吹いた。カモメが鳴いている。
それはまるで――
勾人の手を離すな、と告げるようでもあり、
もう行け、と背を押すようでもあった。
「……もう、会いません……きっとその方がーー
勾人さん“は”……幸せだから」
☯
朝日が昇る頃、計里の館の者たちが、勾人の家に来た。
「母さんは……いま、どこに?」
問いは宙に消えた。
男たちは答えを避けるように目を伏せ、
勾人の肩を押さえて立たせた。
「覡。出立のご支度をなされ」
「すぐに都へ向かわれよ」
「な……なぜ? 母は、まだ――」
「見てはなりません」
同行した門客が、冷たい声で勾人へ言い放つ。
「穢れを負うな。
あなたは、まだお若い。進むべき道もある。
“ケ”に立ち会う者ではない」
勾人の胸を、鋭い痛みが突き刺した。
「母さんは、穢れてなどいない……!
全ては、計里氏の都合であろうが!!
俺達の方が……よっぽど! 穢れに満ちている……」
「言うな。背負うな。
父君が、用意してくださった道を行け」
勾人は、ただ荷を背負わされ、
背中を押されるように、計里氏領を離れた。
阿諛は、遠くで佇んでいた。
袖の中には、宝児の遺髪。
勾人さんには、門客から渡して貰おう。
「宝児の最後の姿」は、明かさない方がいい。
放火の免罪人から、小寿林氏若頭の妾とされた、
ケの阿諛とは違って、
ハレの覡・勾人には、明るい未来が待っているのだから。
ひっそりとした“鳥辺野”に運ばれた。
夜明け前。東の空はまだ群青。白む気配すらない。
阿諛の前所属先・小寿林氏分家の家業は、殯衛士(もがりえじ)。
分家若頭の妾としてーー、
阿諛は古代カリスマ美容師の、免許皆伝者。
今は元妾だが。昔、取った杵柄は変わらない。
「……俺で、いいのでしょうか」
阿諛は、小さく呟いた。
手には、僅かな白粉と紅。
計里氏正妻・双珠(そうじゅ)から届けられた、儀式用の簡素な化粧道具だ。
門客は、あえて答えない。
ただ火皿を近くに置き、黙って場を外した。
☯
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震える指先で、彼女の冷たい頬に触れる。
その顔立ちは、勾人と同じ“強さ”そして、“しとやかさ”を備えていた。
(あなたは……勾人さん、を。
……心から案じていた。
でも彼は、聞く耳を持たなかった。
そのたびに、あなたは胸を痛めていた……)
阿諛は、紅をひと筋、宝児の唇にのせた。
指が、かすかに震えた。
「どっ……どうしよう、ごめんなさい……でも、きれいにして差し上げます」
阿諛は、最後に彼女の髪を整え、布をそっとかける。
海風が吹いた。カモメが鳴いている。
それはまるで――
勾人の手を離すな、と告げるようでもあり、
もう行け、と背を押すようでもあった。
「……もう、会いません……きっとその方がーー
勾人さん“は”……幸せだから」
☯
朝日が昇る頃、計里の館の者たちが、勾人の家に来た。
「母さんは……いま、どこに?」
問いは宙に消えた。
男たちは答えを避けるように目を伏せ、
勾人の肩を押さえて立たせた。
「覡。出立のご支度をなされ」
「すぐに都へ向かわれよ」
「な……なぜ? 母は、まだ――」
「見てはなりません」
同行した門客が、冷たい声で勾人へ言い放つ。
「穢れを負うな。
あなたは、まだお若い。進むべき道もある。
“ケ”に立ち会う者ではない」
勾人の胸を、鋭い痛みが突き刺した。
「母さんは、穢れてなどいない……!
全ては、計里氏の都合であろうが!!
俺達の方が……よっぽど! 穢れに満ちている……」
「言うな。背負うな。
父君が、用意してくださった道を行け」
勾人は、ただ荷を背負わされ、
背中を押されるように、計里氏領を離れた。
阿諛は、遠くで佇んでいた。
袖の中には、宝児の遺髪。
勾人さんには、門客から渡して貰おう。
「宝児の最後の姿」は、明かさない方がいい。
放火の免罪人から、小寿林氏若頭の妾とされた、
ケの阿諛とは違って、
ハレの覡・勾人には、明るい未来が待っているのだから。
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