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二章 《教育編》~夏の誘い~

危機一髪の水泳大会

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無事にテスト結果も赤点回避を果たし安堵出来ると思いきや棗 杏子の一言で水泳大会のボランティアに参加する事になった桃は現在、四時間の授業を受け早めに昼休みを切り上げると中央校舎一階の温室プールにて午後から始まる水泳大会の準備に勤しんでいた。

「苺~!」

バシャッ‥!

「わっ!?もうっ!遊んでるんじゃないのに!」

「分かってるよ。でも、少しくらいはいいでしょ?」

ホースを片手に片目をつむり笑みを向ける小豆に、デッキブラシを持っていた苺は苦笑いを浮かべた。

「仕方ないな~、少しだけだからね?」

「うん!えい…っ!」

バシャッ…!

「きゃぁっ!?もうっ!」

これはもう清掃じゃなくて遊びだな

カシャッ…

再び水を掛け合いながら遊ぶ小豆と苺の光景に桃はデッキブラシを手にしながら暖かい目で見つめた。

今の所は、ゲーム通りに進んでいるみたいで何よりだ

ヒロインである星七 苺を含めその親友であり攻略対象者である桜桃 凌牙の姉の桜桃 小豆もゲーム内では水泳大会のボランティアに参加しており居ない方が異様であった。そして、他のボランティア参加者の生徒は赤点を取った生徒が二名と同じクラスで委員長の小堺 瓜と同じクラスの女子生徒と一年の男子生徒が二名ずつ…桃を入れると合計十名という募集人数を見事に達していた。

「委員長、この椅子ここでいいの?」

「んー、もう少し右かな?」

「はーい、右ね」

「あと、ここに二つ椅子をお願いします」

「はーい!」

「よいっしょっ…はぁ…赤点なんか取らなかったらこんな事してねぇのに」

「取ってしまったもんは仕方ないでしょ?諦めて早く終わらせよう」

「だな」

あれが赤点の男子生徒と女子生徒の二名か。赤点回避をしたのにボランティアに強制参加になってしまった私もその嫌な気持ちは大いに分かる

カシャッ…

強制参加をさせた棗 杏子の顔が頭を過ぎり嫌悪感でいっぱいになっていると、ふと赤点の生徒達の傍に居た委員長と目が合った。

「あ、星野さ~ん!」

フイッ…

「あれ?もしかして、聞こえなかったのかな?」

いや、聞こえてはいるけども…

カシャッ…

先程から視線が合う度に名前を呼んだり手を振ったりする委員長に対し、桃はことごとく顔を背け聞こえない振りを突き通していた。

委員長の事は嫌いではないけれど、あんな行動をされると何故か不快感しか湧かないんだよね

反対側のプールサイドにて笑顔で絡んでくる委員長に対し不思議と不快感しか抱く事が出来なかった。

「はぁ…近くで苺ちゃんと小豆さんを見れるなんて贅沢だよなぁ…」

「分かる、はしゃいでる姿とかずっと見てられるよな」

あれは、募集希望者の一年の男子生徒達か。話を聞く限り、ヒロインと桜桃 小豆目的で参加したってとこかな

カシャッ…

水を掛け合いながら遊ぶ苺と小豆から少し距離を取りデッキブラシを手に見蕩れている一年の男子生徒達を見ていると、近くで似たような声を発する同じクラスの女子生徒達に視線が移った。

「もうすぐ、ライチ先輩が泳いでる姿が見られると思うと楽しみすぎるっ!」

「分かる!泳いでる姿を近くで見られるならこんな面倒臭い準備も苦じゃないよね」

「あれ?でも、林檎くんが好きなんじゃなかったの?」

「それはそれ、これはこれよ。イケメンの顔面が近くで拝めるだけで私は幸せなのよ!」

「それは心底同感」

うむ、そんな理由でボランティアに参加する物好きな生徒もいるんだな

カシャッ…

プールサイドに貼る防水性のある赤と黄色のテープを手にしながら話に花を咲かせる女子生徒達に耳を傾けながらも、先程から度々聞こえる音に眉をひそめる。

「さっきからずっと気になってたんだけど…何でいるの?ココナ」

足元で片膝をつきながらカメラを持つココナを見下ろすと弾む声と共に満面な笑みが返ってきた。

「勿論、お姉様の可愛らしい姿をこのカメラに収める為ですわ!」

「ボランティア参加者じゃないのに部外者が居たら駄目でしょ?」

「写真撮るぐらいならいいよって棗先生が言っていましたわ」

仮にも教師だよね?あの人

緩すぎる棗 杏子の言動に益々眉を顰める。

カシャッ…

「今の蔑むような表情も最高ですわ!次は、少しはにかむ様な表情が欲しいですわ!」

午後から始まる水泳大会が前途多難に思えてきた

興奮しながらシャッターを切るココナの姿に、桃は深い溜め息を着いた。

 *

ピーッ!!!

バシャァァァッ…

「頑張れー!」

「負けるなー!」

体育科の強面な男性教師の笛を合図にプールへと飛び込んだ赤と白に分かれた各学年のクラスで選ばれた生徒達と共にプールサイドで声援を送る生徒達を、桃は誰にも見られない屋根のある出入口傍の隅で見つめていた。

ここなら屋根が影になって他の生徒達には見えずらいだろうし、誰か近づいて来たらこのマスクで何とか隠せるかな…?

赤色のジャージのポケットに入っているマスクを上から手で触れ確かめると、不意に真上を見上げ頭に掛けたタオルに不安が込み上げてきた。

ジャージだからしなくていいって言ったのに…

両耳サイドに三つ編みにされた髪をまとめお団子になっている髪型に、水泳大会の準備が終わる頃にココナと交わした会話が頭を過ぎった。

『お姉様、まさかその髪のまま行くおつもりですか?』

『え、うん。何で?』

梅木 ライチとのプール練習でいつもしていた真上にお団子の髪型に何かおかしいのか?と首を傾げる。

『そんなシンプルな髪型ではいけませんわ!もっとこだわって可愛くしないとですわ』

ポケットからくしと髪ゴムを取り出したココナに思わず一歩後退る。

『水泳大会には出ないし、ただのボランティアだからほぼ見てるだけだよ?それに、ただのジャージ姿にそこまでしなくてもいいって』

『私が良くないんですわ!お姉様の可愛らしい姿を撮る為ですもの、髪型一つこだわらないで最高に可愛らしい姿なんて撮れませんわ!』

『いや、ほんと何の為の水泳大会?』

その後、ココナのしつこいまでの言い分に押し負け私の髪は可愛らしい両耳サイドのお団子の髪型へと変えられたのだった。

これじゃ目立つから白いタオルを頭に被せたけど

不安が拭えないまま視線を盛り上がっている生徒達に移す。

私が異様に目立たない事にこだわるのには理由がある。それは、これが梅木 ライチのイベントだからだ

梅木 ライチが起こす水泳大会のイベントは学年事に色が違うジャージ姿で声援を送る生徒達に屋根のある出入口傍の近くでボランティアの参加者として声援を送る星七 苺と桜桃 小豆、白組のアンカーとして待機している梅木 ライチの全てが揃っていなければ起きないイベントであった。

ボランティアに参加するかどうかは完全にヒロインに委ねてしまったけど、梅木 ライチの泳ぎの練習は協力出来たし結果良ければ全て良しだよね

出入口の屋根から少し離れ目の前で泳ぐ選手達に声援を送る苺と小豆を見ながらそっと胸を撫で下ろす。

今はまだ順調に進んでる。きっと大丈夫…

選手達の間で動く生徒会メンバーや他のボランティア参加者達を見渡しながらぎゅっと拳を握り締める。

生徒会メンバーによる進行を元にボランティアの参加者達はプールサイドで声援を送る生徒達の見張りや泳ぐ選手達に反則がないように見張る役割も兼ねていた。だが、それは聞こえがいいだけで現実としては生徒会メンバーが主に動き面倒臭いプール清掃だけはボランティア参加者がするという意味の方が正しいのだが。

そう、身を潜めている私は決してサボっている訳ではないのだ。見張りを兼ねて人目につかないようにしているだけであってサボっている訳ではない。これもイベントの為(身の安全の為)!

そう自分自身に言い聞かせていると、ついにリレーは終盤へと突入していていた。

白組が少し出遅れてはいるが赤組との差は大差ない。これもゲーム通り

ライチのいる白組の選手の一人が赤組の選手の一人より少し出遅れながらも泳ぎ終えると、代わるように最後のアンカーであるライチが飛び込んだ。

やっぱり中々スピードが上がらないか

少しの差である赤組との距離は中々縮まらず最後のターンへと入っていった。

この瞬間、ヒロインである星七 苺の声援で梅木 ライチのスピードが上がる筈なんだけど…

チラッと星七 苺の方を見ると既に全力で梅木 ライチへの声援を送っていた。

「頑張れーっ!!ライくんー!!」

どうしよう…

苺の声援が送られているのにも関わらずスピードが上がる気配がないライチの様子に握り締めていた拳に力が入る。

っ…皆、応援してるし少しだけなら…

「が…‥頑張れ…っ!」

精一杯絞り出した声は決して大きなわけではなくその場の声援に掻き消されてもおかしくはなかった。だが、届くはずも無い桃の声が発された瞬間にスピードが上がらなかったライチの泳ぎが一気に加速していった。

う、嘘…‥っ!?

その場の空気をまとうように水面を綺麗な手が掻き分け勢いの増した泳ぎは一瞬にして差を無くし赤組よりも先に手が着いた。

「うわぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁっ!!?」

「す…凄いっ!!!」

途端に湧き上がる歓声にプール内はこれでもかと騒ぎ出した。

赤組のアンカーの水泳部の生徒は悔しそうに俯いているのに、勝った梅木 ライチは無表情って…

赤組のアンカーだった水泳部の生徒の悔しそうな表情とは対照的に勝ったライチの表情からは一切の感情は現れなかった。だが、その無表情とプールから上がり淡々とゴーグルやキャップを取る姿は女子生徒達のカメラの的となった。

水に濡れた白銀色の髪に水滴が伝うたくましい体、何より美しいの一言に尽きる整った顔つきは女子生徒達には最高の姿だから撮られても仕方ない。だけど、その後彼が向かう先は…

興奮仕切った苺を見ながら、ポケットに入れていたマスクを取り出し顔を隠す。

ゲーム通りならプールから上がった梅木 ライチが向かう先はヒロインの所だ。近くに居る以上、身バレ防止の為に顔を隠した方が安全だろう

そう確信しつつ視線を苺とライチを交互に見つめていると、苺にライチが近づき直ぐに可愛らしい声が掛かった。

「ライくん、すっ‥」

え…?

苺の声に見向きもせず通り過ぎたライチに呆然と固まる。

え?え?どういう事?何で通り過ぎて…

混乱状態になりながらもライチの姿を目で追いかけていると、その歩みは苺を通り越した先にいる自身に向かっているのだと分かってしまった。

っ…

追いかけていた姿が目の前に止まりアイスブルーの瞳と交差する。

梅木 ライチの体格が大きくて良かった。周りから誰か認識されないで済むから…ってそうじゃなくて‥

目の前の状況にどうしていいか分からずにいると、静止していたライチの手が持っていた折り畳まれた白いタオルを開いた。

タオル?

その行動を呆然と見つめていると、開かれたタオルが真上に上がりほのかに香る梅の匂いと共に頭に被せていたタオルの上に更にタオルが重ねられ反動で顔を伏せる。

手が耳に…っ

タオル越しに両耳付近に当てられている大きな手の感覚を感じ途端に顔が熱くなる。

「…応援してくれてありがとう」

っ…それって私じゃなくてヒロインに向けての台詞じゃ…‥っ!?

伏せていた視線を上げるとライチ越しに見えた苺の笑顔に、一瞬にして全身が凍りついた。

笑顔なのに目が一切笑っていないんだが…怖い、怖すぎる…っ

桃とライチの方を笑顔で見つめる苺の眼差しは笑顔とは対照的に冷たく凍りつくようなものだった。

早くこの場から逃げないと…‥っ!?

苺から視線を外し目の前のライチを見上げると、いつの間にか距離が縮められ美しいライチの顔が迫り思考が止まる。

これって、おでこにコツン…

バサッ‥!

アイスブルーの瞳が閉じられた瞬間、深く頭を下げると自身のタオルを含め頭に被せていたタオルがライチの手から滑り落ちた。

「失礼します…っ!」

ゴンッ!!

「うぐっ…!!?」

バンッ!

叫ぶように言った後、頭を上げ顔を見られないようにきびすを返すと精一杯の速さで出入口へと走り出す。

顔を上げた後、何か変な声聞こえたけど気の所為かな?ううん、今は…全力で逃げるしかないっ!

全速力で走りながらプール内から出るなり少し冷静に考え辿り着いた先は出て来た人から死角になる大きな柱の裏だった。

「はぁ…‥」

一回息を吐き直ぐに口をつぐむと直ぐにやって来た足音に耳を澄ます。

「…‥どこに…っ」

ライチの呟かれた声に体を抱き締め小さくすると足音は温室プール外へと向かって行った。

「はぁ…更衣室に逃げ込んでたら危なかったかも」

誰も居ないと言う理由で女子更衣室に入って来た前科があるライチの行動を思い出し柱の裏に隠れた決断に心底安堵した。



















































    
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