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二章 《教育編》~夏の誘い~
前世の追憶〜消えない傷跡〜
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二度目の水没は感じた事のある浮遊感と水の冷たさに意識は直ぐに浮上した。
「ぷはっ‥!?っ…んはぁ…はぁ…」
水面から顔を出し必死に息をしながら体全体で水を掻き分けていると、ぶつかった女子生徒の手が目の前に差し出された。
「大丈夫っ!?早く掴まって…っ!」
「あ、ありがとう」
必死な顔で差し出す女子生徒の手を躊躇いがちに掴む。
「あ…‥」
引き上げられると同時に水面が下がっている事に気づき何故だか急に恥ずかしくなった。
足が着く水にあんなに必死になってばたつかせてたなんて…恥ずかし過ぎる…っ
床にへたり込んだまま羞恥心で赤い頬を両手で覆っていると、引き上げてくれた女子生徒が口を開いた。
「はい、これで早く隠してっ!」
半ば強引に渡された花柄のタオルを手に、自身の体を見下ろすと水に濡れたせいで下着が透けてしまっていた。
あ、危な…っ
渡されたタオルを胸元に巻き付け隠すと、女子生徒は思い出したかのように慌てて口を開いた。
「確か、更衣室に予備のジャージがあった筈だからすぐ持って来るね…っ」
「私も更衣室にタオルがあったと思うから取りに行く!」
傍に居たもう一人の女子生徒も続くようにそう言うと二人揃って更衣室へと走って行った。
何から何まで有難いと言うか…
走って行った先を呆然と見つめていると、それまで黙っていたココナが躊躇いがちに口を開いた。
「あの…お姉様?」
「ココナ」
そう言えば、手を差し出してくれた女子生徒と対照的にココナはカメラを持っていただけで動きもしてなかったような…
ふと思い出したココナの行動にじろりと見つめ疑いの目を向ける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える?」
「うっ…い、いえ…‥申し訳ございませんっ!お姉様!つい、カメラを守らなきゃって思ってしまって…」
「そのカメラで撮るべき人が溺れかけていたというのに?カメラの方が大事と?」
呆れ気味に問いかけると、半泣き状態のままココナがその場にへたり込んだ。
「うぅ…ついだったんですよ!?つい、カメラの方が大事に思えただけで一番大事なのはお姉様です!信じて下さいっ!」
至近距離で必死に熱弁するココナに身を引きつつ迫る顔を手で押さえる。
「分かったから、近い」
「んはっ‥じゃあ、許してくださるのですね!?」
「うん」
こうでも言わないとまたプールに落とされでもしたら最悪だ
すぐ後ろにある既に水が抜けたプールを横目に頬が引き攣る。
「良かったぁ…お姉様に嫌われたら生きていけませんもの」
嫌ってはないけど命の危険は感じたよ
「それにしても、先程の二年の女子生徒方にお姉様が声を掛けられたのは初めてではないですか?」
「そう言えば、そうかも」
ココナの言葉に記憶を思い返すとゲームの主要キャラクターである生徒会メンバーや桜桃 小豆と委員長である小堺 瓜に教員の先生方そして、目の前の白波 ココナ以外で声を掛けられたのは初めてだった。
ヒロインとは一切話した事はないけど。一番話したらいけない人物だし
「私も、存在が気づかれる様になってからは度々同じクラスの女子生徒達から声を掛けられる事がありますわ。良くも悪くもありますが、嬉しい事に変わりはないです」
ココナは胸元に手を当てると嬉しそうに顔をほころばせた。
「お姉様も先程の女子生徒方とお友達になれたら素敵ですわね」
友達…
ココナの言う”友達”という言葉に不思議と忘れかけていた前世の記憶が脳裏に浮かんだ。
それは、前世の鈴木 和歌子の記憶。そして、その記憶に強く刻まれた友達というものは和歌子にとって人生が狂った元凶だった。
高校生になる前、当時の私は引きこもり生活を送っていた。理由を一つ上げるとすれば人間関係の変化であった。小学校とは違う中学校での人間関係はかなり変わり他人行儀な話し方や距離のある対人関係に馴染めず気づけば学校に行けなくなり引きこもり生活を送る様になっていた。
『今日はこれか…』
毎日の様にリビングの机の上に置かれるご飯を慣れた手つきで部屋へと持って行く。それが日課であり日常だった。
両親は毎日の様にご飯を作るのと引き換えに仕事からの帰宅が遅くなり顔を見る事はほとんど無かった。それもこれも、引きこもり生活を送る中で両親と教師達は私に干渉しなくなり完全に見放したからだった。だが、そんな引きこもり生活もある境をきっかけに終わりを告げた。
『はぁー…やっとここまで攻略出来た』
引きこもり生活を始めてからする様になった乙女ゲームを扱う手を止め、締め切っていた窓のカーテンを開けると道路を歩く数人の女子高生の姿が見えた。
『テストも終わったしさ、これから皆でカラオケ行かない?』
『いいねー!あ、でも先に何か食べたいかも』
『じゃあ、買い食いしてからカラオケ行こう!』
『”賛成~!”』
…羨ましい
楽しそうに話し合う女子高生の様子に窓から見ていた和歌子は引きこもり生活を送る自身の状況に変わりたいという気持ちが芽生えた。それは、本当に些細な一歩であり踏み出した瞬間だった。
そして、それからの和歌子の人生は百八十度一変した。独学だか必死に勉学に励み学校に度々だが行く様になり、中学を卒業すると偏差値は低めだがギリギリ合格した高校に入学し引きこもり生活が嘘だったかのように毎日学校に行き勉学を励み沢山の友達にも恵まれた。
『和歌子って凄いよね~、テストで百点なんて取っちゃうんだもん』
『全然凄くないよ。頑張って勉強して、それが実を結んだだけだから』
『でも、それで百点取るなんて頭がいい証拠だよ』
『そう…かな‥?』
『そうそう!今度、私にも勉強教えてね!』
『うん、いいよ』
入学当初から仲良くしているもやは親友と呼べるぐらいのその女友達とそんな些細な会話を笑いながら話す毎日が幸せに感じた。その時までは…‥
ガラッ‥
『おはよう』
『…‥…』
あれ?
次の日、学校に行くとそれは突然起きた。教室に入るなり仲良くしていた友達も他のクラスメイト達も私を避ける様に無言で距離をとった。
何か、皆変な感じ…
何が何だか分からず席に着くと、それを理解させるかの様に避けた友達の話し声が耳に届いた。
『…あれって、絶対教師に媚び売ってるって』
『だよねー、じゃなきゃテストで百点なんて取らないし』
え…?
『しかもさ、あの子の時だけ教師達の態度が全然違うんだよ?媚び売ってる証拠じゃん』
違…っ‥
『ほんとそれ!頭がいいからってうちらの事見下してくる所とかふざけんなってなるし、一緒に居たくもないよね』
っ…‥
その言葉の数々も孤立している事実も全てが嘘だと思いたかった。だが、それが現実なのだと別のクラスにいる友達の一言で分かってしまった。
『ごめんね、話したら駄目って言われてるから話せない…』
ああ…そうか…‥
『そう…分かった』
その女子生徒の背後に居た同じクラスの女子達の不敵な笑みが見えこれは嘘ではなく現実なのだと確信した。
カタッ…
その後の事は不思議とほとんど記憶に無かった。そんな中、家に帰宅するといつも置かれている机の上にあるご飯の冷たさが異様に自身の心と同じに思えた。
『私は…‥認められたかっただけなのに』
頑張れば頑張る程、友達が出来ていく事が嬉しかった。頑張れば頑張る程、教師達や両親が認めてくれると信じた。全て、失う事は無いと信じて疑わなかった。
『なのに…何で…っ…‥』
止むことのない根も葉もない噂話。嫌なものを見るような視線の数々。近づかないように避けて行く人々。まるで、いつ沈んでもおかしくない様な沼の中を歩く感覚に苛まれた。
…チュンチュンチュン
『朝…?』
小鳥のさえずりと共に目が覚め起きるとロボットの様に体だけが動く。夜になれば眠る事が一番幸せ思える。そんな毎日を送る中で、周りの環境はエスカレートしていった。学校の女子や男子の全てが敵になったのだ。
『虐め?何を馬鹿な事を言ってるんだ。あいつらがそんな事をするわけないだろ?きっと、お前の勘違いだ』
意を決して、教師に相談した末の返答がこれだった。
学校の保身の為。自分自身の保身の為。教師全員の言葉は全部同じだ
『分かりました、失礼します…』
あー…なんて…‥くだらないのだろうか
その瞬間、人を信じるというものも人を頼るという行いも全てが馬鹿馬鹿しく思えた。
カタッ…
『あ、何か落ちた…ん?これって…‥』
誰にも会わずに済む休日、部屋の棚の整理をしていた最中に何かが床に落ち拾おうと手を伸ばすとそれは引きこもり生活の頃にやり続けた乙女ゲームだった。
『”~フルーツパラダイス~恋の蜜は七人のプリンス”…って久しぶりに見た』
その乙女ゲームは沢山やり続けた乙女ゲームの中で最もやり続けた一番好きなゲームだった。
『久しぶりにしてみよっかな…?』
何気なく起動させ始めたゲームに気づけば夢中になり挙げ句の果てにはあるイベントの場面で涙が頬を伝っていた。
『っ…何で、急にこんな…‥』
ずっと溜め込んでいた苦しさも悲しさも全てが溢れ出し涙が止まらなくなった。それと同時に、ほんの僅かだが心が軽くなった気がした。
その次の日、学校に行くとずっと真っ暗だった世界に光が差した。
ドンッ…
『痛っ…』
時折、廊下を歩くと行為的にぶつかりに来る周りの生徒達に慣れた様に体を起こすと突然声が掛けられた。
『大丈夫っ!?怪我はない?』
『え…‥』
顔を上げると今まで皆と同じ様に避けていた筈のクラスの男子が心配そうに見つめていた。
この人って…確か、学年一のイケメンって言われてる人だよね?何で、急に?
虐めが起きる前、イケメン好きの面食いだった事もあり目の保養として度々目にしていた学年一のイケメンを前に突然話しかけて来た事に対して首を傾げた。
『ずっと鈴木さんが虐められてるの知ってたのに見て見ぬふりをしてた俺が急に話しかけるなんて変だよね?…ごめん』
『いや、別にそんな…』
同調して虐めに加担する者もいれば自身の保身の為に傍観者として関わらないようにする者もいる。そんな事を分かっていたからこそ彼の発言に対して肯定も否定も出来なかった。
『でも、これからは鈴木さんの事を守りたいと思ってる』
『え?』
『ずっと助けたかった。だけど、自分に自信がなくて踏み出せなかった…でも、もう見過ごせない。これからは俺に鈴木さんを助けさせて欲しい!』
ギュッ‥
『っ…』
両手を優しく包み込む様に握られた暖かな手の温もりと真剣に見つめる眼差しに私の中で光が差した。
信じていいのかな?もう一回だけ、信じてもいいのかな…?
『…うん、ありがとう』
私は彼を信じる事にした。そして、直ぐに彼のおかげで真っ暗だった景色が光で包まれていった。
『鈴木さんの事を虐めるやつは俺が許さない!絶対に許さないからなっ!』
彼の言動にクラスメイト達を含め他の生徒全員が避ける事も噂話も嘘のようになくなった。そして、私はイケメンの容姿も含め助けてくれた彼に惹かれていった。それが最大の過ちになるとも知らずに…
『その、前からずっと気になってて…俺と付き合ってください!』
『はい…っ!』
だが、それは全て嘘だった…
『…お前ほんとにあの地味子と付き合うのかよ!?』
『なわけないだろ、ただの遊びだっつーの!』
え…?
『ただ地味子のまんまと騙されてる面を見たかっただけだっつーの。まぁ、予想通り笑えたけどな!』
『うわっ、ひでぇ…あはははっ!』
ブチッ…
その瞬間、私の中で何かが切れた音がした。
ああ、そうか…私が馬鹿だっただけなんだな…
ガシャンッ!
『…へ?地味子!?』
『…ごめんね』
『は?』
『私が馬鹿だったわ…貴方みたいなクズを好きになるなんて』
そう私が馬鹿だった。友達も教師達もイケメンも全ていらないものだった…
その後、鈴木 和歌子の人生は幕を閉じ何故か”~フルーツパラダイス~恋の蜜は七人のプリンス”という乙女ゲームの世界に転生し星野 桃の人生を生きる事になったのだけど…
結構、タフになったよね…精神的に色々と…
前世の鈴木 和歌子の人生であった人を信じる事や頼る事は無く疑う事や頼る事無く自身で何とかしようとする意識が高くなり精神的に逞しくなった気がした。
「あ、戻って来ましたわ」
ココナの声に出入口の方を見ると更衣室から戻って来た女子生徒二人の姿が見えた。
「はい、これ!サイズ合わないかもだけど…」
「これで頭を乾かして。未使用だから大丈夫だよ!」
「あ、ありがとう」
女子生徒二人からそれぞれジャージと白いタオルを受け取ると戸惑い気味にお礼を口にした。
「っ…言わなきゃいけないのは私の方だよ!さっきはごめんねっ!私がよそ見していたせいでぶつかってこんな目に合わせちゃって…」
「いや、全然大丈夫‥」
「ほんとにそうだよ!あれほど、携帯ばっかり見てたら危ないって言ったのに」
「うー…だって、今日のライチ先輩かっこよかったんだもんっ!」
「ふっ…」
二人の会話に自然と笑みが零れるとその場に居た三人の視線が集中する。
「えっと…」
何…?
「”可愛いっ!!!”」
「へ?」
一斉に言うなり詰め寄る三人にきょとんと目を丸くする。
「今の顔、可愛すぎますっ!うー…カメラ壊れて無ければ撮れたのにー!」
「今の何?可愛すぎでしょ!?あ、私の名前は山田 百合。二年ね!宜しく!」
「私は、同じく二年の原木 愛。宜しく!」
黒髪ショートヘアの山田さんと茶色い髪を一括りにした原木さんの手をそれぞれ握手し自身の名を述べる。
「宜しく…私は、二年の星野 桃です」
「桃ちゃんか~!名前も可愛いとか反則でしょ!」
「ほんとそうだよ!あ、それより早く着替えないと風邪引いちゃうって!?」
「そうだった!?早く更衣室行こう!」
「っ…」
差し出された手に息が詰まりおずおずと手を掴む。
グイッ!
「わっ!?」
引っ張られ立ち上がると暖かな笑顔が向けられた。
「行こう!星野さん」
「うん」
いつかまた人を信じる事が出来たならその時は…‥
握られた暖かな手の温もりに捨てた筈の気持ちを少しだけ思い出した気がした。
*
「そろそろこれを取りに来る頃でしょうか…?」
水泳大会が終わり生徒達が帰宅する中、誰も居ない生徒会室で柿本 蜜柑は一人手に持つそれを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ…‥」
ガチャッ…
「ぷはっ‥!?っ…んはぁ…はぁ…」
水面から顔を出し必死に息をしながら体全体で水を掻き分けていると、ぶつかった女子生徒の手が目の前に差し出された。
「大丈夫っ!?早く掴まって…っ!」
「あ、ありがとう」
必死な顔で差し出す女子生徒の手を躊躇いがちに掴む。
「あ…‥」
引き上げられると同時に水面が下がっている事に気づき何故だか急に恥ずかしくなった。
足が着く水にあんなに必死になってばたつかせてたなんて…恥ずかし過ぎる…っ
床にへたり込んだまま羞恥心で赤い頬を両手で覆っていると、引き上げてくれた女子生徒が口を開いた。
「はい、これで早く隠してっ!」
半ば強引に渡された花柄のタオルを手に、自身の体を見下ろすと水に濡れたせいで下着が透けてしまっていた。
あ、危な…っ
渡されたタオルを胸元に巻き付け隠すと、女子生徒は思い出したかのように慌てて口を開いた。
「確か、更衣室に予備のジャージがあった筈だからすぐ持って来るね…っ」
「私も更衣室にタオルがあったと思うから取りに行く!」
傍に居たもう一人の女子生徒も続くようにそう言うと二人揃って更衣室へと走って行った。
何から何まで有難いと言うか…
走って行った先を呆然と見つめていると、それまで黙っていたココナが躊躇いがちに口を開いた。
「あの…お姉様?」
「ココナ」
そう言えば、手を差し出してくれた女子生徒と対照的にココナはカメラを持っていただけで動きもしてなかったような…
ふと思い出したココナの行動にじろりと見つめ疑いの目を向ける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える?」
「うっ…い、いえ…‥申し訳ございませんっ!お姉様!つい、カメラを守らなきゃって思ってしまって…」
「そのカメラで撮るべき人が溺れかけていたというのに?カメラの方が大事と?」
呆れ気味に問いかけると、半泣き状態のままココナがその場にへたり込んだ。
「うぅ…ついだったんですよ!?つい、カメラの方が大事に思えただけで一番大事なのはお姉様です!信じて下さいっ!」
至近距離で必死に熱弁するココナに身を引きつつ迫る顔を手で押さえる。
「分かったから、近い」
「んはっ‥じゃあ、許してくださるのですね!?」
「うん」
こうでも言わないとまたプールに落とされでもしたら最悪だ
すぐ後ろにある既に水が抜けたプールを横目に頬が引き攣る。
「良かったぁ…お姉様に嫌われたら生きていけませんもの」
嫌ってはないけど命の危険は感じたよ
「それにしても、先程の二年の女子生徒方にお姉様が声を掛けられたのは初めてではないですか?」
「そう言えば、そうかも」
ココナの言葉に記憶を思い返すとゲームの主要キャラクターである生徒会メンバーや桜桃 小豆と委員長である小堺 瓜に教員の先生方そして、目の前の白波 ココナ以外で声を掛けられたのは初めてだった。
ヒロインとは一切話した事はないけど。一番話したらいけない人物だし
「私も、存在が気づかれる様になってからは度々同じクラスの女子生徒達から声を掛けられる事がありますわ。良くも悪くもありますが、嬉しい事に変わりはないです」
ココナは胸元に手を当てると嬉しそうに顔をほころばせた。
「お姉様も先程の女子生徒方とお友達になれたら素敵ですわね」
友達…
ココナの言う”友達”という言葉に不思議と忘れかけていた前世の記憶が脳裏に浮かんだ。
それは、前世の鈴木 和歌子の記憶。そして、その記憶に強く刻まれた友達というものは和歌子にとって人生が狂った元凶だった。
高校生になる前、当時の私は引きこもり生活を送っていた。理由を一つ上げるとすれば人間関係の変化であった。小学校とは違う中学校での人間関係はかなり変わり他人行儀な話し方や距離のある対人関係に馴染めず気づけば学校に行けなくなり引きこもり生活を送る様になっていた。
『今日はこれか…』
毎日の様にリビングの机の上に置かれるご飯を慣れた手つきで部屋へと持って行く。それが日課であり日常だった。
両親は毎日の様にご飯を作るのと引き換えに仕事からの帰宅が遅くなり顔を見る事はほとんど無かった。それもこれも、引きこもり生活を送る中で両親と教師達は私に干渉しなくなり完全に見放したからだった。だが、そんな引きこもり生活もある境をきっかけに終わりを告げた。
『はぁー…やっとここまで攻略出来た』
引きこもり生活を始めてからする様になった乙女ゲームを扱う手を止め、締め切っていた窓のカーテンを開けると道路を歩く数人の女子高生の姿が見えた。
『テストも終わったしさ、これから皆でカラオケ行かない?』
『いいねー!あ、でも先に何か食べたいかも』
『じゃあ、買い食いしてからカラオケ行こう!』
『”賛成~!”』
…羨ましい
楽しそうに話し合う女子高生の様子に窓から見ていた和歌子は引きこもり生活を送る自身の状況に変わりたいという気持ちが芽生えた。それは、本当に些細な一歩であり踏み出した瞬間だった。
そして、それからの和歌子の人生は百八十度一変した。独学だか必死に勉学に励み学校に度々だが行く様になり、中学を卒業すると偏差値は低めだがギリギリ合格した高校に入学し引きこもり生活が嘘だったかのように毎日学校に行き勉学を励み沢山の友達にも恵まれた。
『和歌子って凄いよね~、テストで百点なんて取っちゃうんだもん』
『全然凄くないよ。頑張って勉強して、それが実を結んだだけだから』
『でも、それで百点取るなんて頭がいい証拠だよ』
『そう…かな‥?』
『そうそう!今度、私にも勉強教えてね!』
『うん、いいよ』
入学当初から仲良くしているもやは親友と呼べるぐらいのその女友達とそんな些細な会話を笑いながら話す毎日が幸せに感じた。その時までは…‥
ガラッ‥
『おはよう』
『…‥…』
あれ?
次の日、学校に行くとそれは突然起きた。教室に入るなり仲良くしていた友達も他のクラスメイト達も私を避ける様に無言で距離をとった。
何か、皆変な感じ…
何が何だか分からず席に着くと、それを理解させるかの様に避けた友達の話し声が耳に届いた。
『…あれって、絶対教師に媚び売ってるって』
『だよねー、じゃなきゃテストで百点なんて取らないし』
え…?
『しかもさ、あの子の時だけ教師達の態度が全然違うんだよ?媚び売ってる証拠じゃん』
違…っ‥
『ほんとそれ!頭がいいからってうちらの事見下してくる所とかふざけんなってなるし、一緒に居たくもないよね』
っ…‥
その言葉の数々も孤立している事実も全てが嘘だと思いたかった。だが、それが現実なのだと別のクラスにいる友達の一言で分かってしまった。
『ごめんね、話したら駄目って言われてるから話せない…』
ああ…そうか…‥
『そう…分かった』
その女子生徒の背後に居た同じクラスの女子達の不敵な笑みが見えこれは嘘ではなく現実なのだと確信した。
カタッ…
その後の事は不思議とほとんど記憶に無かった。そんな中、家に帰宅するといつも置かれている机の上にあるご飯の冷たさが異様に自身の心と同じに思えた。
『私は…‥認められたかっただけなのに』
頑張れば頑張る程、友達が出来ていく事が嬉しかった。頑張れば頑張る程、教師達や両親が認めてくれると信じた。全て、失う事は無いと信じて疑わなかった。
『なのに…何で…っ…‥』
止むことのない根も葉もない噂話。嫌なものを見るような視線の数々。近づかないように避けて行く人々。まるで、いつ沈んでもおかしくない様な沼の中を歩く感覚に苛まれた。
…チュンチュンチュン
『朝…?』
小鳥のさえずりと共に目が覚め起きるとロボットの様に体だけが動く。夜になれば眠る事が一番幸せ思える。そんな毎日を送る中で、周りの環境はエスカレートしていった。学校の女子や男子の全てが敵になったのだ。
『虐め?何を馬鹿な事を言ってるんだ。あいつらがそんな事をするわけないだろ?きっと、お前の勘違いだ』
意を決して、教師に相談した末の返答がこれだった。
学校の保身の為。自分自身の保身の為。教師全員の言葉は全部同じだ
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あー…なんて…‥くだらないのだろうか
その瞬間、人を信じるというものも人を頼るという行いも全てが馬鹿馬鹿しく思えた。
カタッ…
『あ、何か落ちた…ん?これって…‥』
誰にも会わずに済む休日、部屋の棚の整理をしていた最中に何かが床に落ち拾おうと手を伸ばすとそれは引きこもり生活の頃にやり続けた乙女ゲームだった。
『”~フルーツパラダイス~恋の蜜は七人のプリンス”…って久しぶりに見た』
その乙女ゲームは沢山やり続けた乙女ゲームの中で最もやり続けた一番好きなゲームだった。
『久しぶりにしてみよっかな…?』
何気なく起動させ始めたゲームに気づけば夢中になり挙げ句の果てにはあるイベントの場面で涙が頬を伝っていた。
『っ…何で、急にこんな…‥』
ずっと溜め込んでいた苦しさも悲しさも全てが溢れ出し涙が止まらなくなった。それと同時に、ほんの僅かだが心が軽くなった気がした。
その次の日、学校に行くとずっと真っ暗だった世界に光が差した。
ドンッ…
『痛っ…』
時折、廊下を歩くと行為的にぶつかりに来る周りの生徒達に慣れた様に体を起こすと突然声が掛けられた。
『大丈夫っ!?怪我はない?』
『え…‥』
顔を上げると今まで皆と同じ様に避けていた筈のクラスの男子が心配そうに見つめていた。
この人って…確か、学年一のイケメンって言われてる人だよね?何で、急に?
虐めが起きる前、イケメン好きの面食いだった事もあり目の保養として度々目にしていた学年一のイケメンを前に突然話しかけて来た事に対して首を傾げた。
『ずっと鈴木さんが虐められてるの知ってたのに見て見ぬふりをしてた俺が急に話しかけるなんて変だよね?…ごめん』
『いや、別にそんな…』
同調して虐めに加担する者もいれば自身の保身の為に傍観者として関わらないようにする者もいる。そんな事を分かっていたからこそ彼の発言に対して肯定も否定も出来なかった。
『でも、これからは鈴木さんの事を守りたいと思ってる』
『え?』
『ずっと助けたかった。だけど、自分に自信がなくて踏み出せなかった…でも、もう見過ごせない。これからは俺に鈴木さんを助けさせて欲しい!』
ギュッ‥
『っ…』
両手を優しく包み込む様に握られた暖かな手の温もりと真剣に見つめる眼差しに私の中で光が差した。
信じていいのかな?もう一回だけ、信じてもいいのかな…?
『…うん、ありがとう』
私は彼を信じる事にした。そして、直ぐに彼のおかげで真っ暗だった景色が光で包まれていった。
『鈴木さんの事を虐めるやつは俺が許さない!絶対に許さないからなっ!』
彼の言動にクラスメイト達を含め他の生徒全員が避ける事も噂話も嘘のようになくなった。そして、私はイケメンの容姿も含め助けてくれた彼に惹かれていった。それが最大の過ちになるとも知らずに…
『その、前からずっと気になってて…俺と付き合ってください!』
『はい…っ!』
だが、それは全て嘘だった…
『…お前ほんとにあの地味子と付き合うのかよ!?』
『なわけないだろ、ただの遊びだっつーの!』
え…?
『ただ地味子のまんまと騙されてる面を見たかっただけだっつーの。まぁ、予想通り笑えたけどな!』
『うわっ、ひでぇ…あはははっ!』
ブチッ…
その瞬間、私の中で何かが切れた音がした。
ああ、そうか…私が馬鹿だっただけなんだな…
ガシャンッ!
『…へ?地味子!?』
『…ごめんね』
『は?』
『私が馬鹿だったわ…貴方みたいなクズを好きになるなんて』
そう私が馬鹿だった。友達も教師達もイケメンも全ていらないものだった…
その後、鈴木 和歌子の人生は幕を閉じ何故か”~フルーツパラダイス~恋の蜜は七人のプリンス”という乙女ゲームの世界に転生し星野 桃の人生を生きる事になったのだけど…
結構、タフになったよね…精神的に色々と…
前世の鈴木 和歌子の人生であった人を信じる事や頼る事は無く疑う事や頼る事無く自身で何とかしようとする意識が高くなり精神的に逞しくなった気がした。
「あ、戻って来ましたわ」
ココナの声に出入口の方を見ると更衣室から戻って来た女子生徒二人の姿が見えた。
「はい、これ!サイズ合わないかもだけど…」
「これで頭を乾かして。未使用だから大丈夫だよ!」
「あ、ありがとう」
女子生徒二人からそれぞれジャージと白いタオルを受け取ると戸惑い気味にお礼を口にした。
「っ…言わなきゃいけないのは私の方だよ!さっきはごめんねっ!私がよそ見していたせいでぶつかってこんな目に合わせちゃって…」
「いや、全然大丈夫‥」
「ほんとにそうだよ!あれほど、携帯ばっかり見てたら危ないって言ったのに」
「うー…だって、今日のライチ先輩かっこよかったんだもんっ!」
「ふっ…」
二人の会話に自然と笑みが零れるとその場に居た三人の視線が集中する。
「えっと…」
何…?
「”可愛いっ!!!”」
「へ?」
一斉に言うなり詰め寄る三人にきょとんと目を丸くする。
「今の顔、可愛すぎますっ!うー…カメラ壊れて無ければ撮れたのにー!」
「今の何?可愛すぎでしょ!?あ、私の名前は山田 百合。二年ね!宜しく!」
「私は、同じく二年の原木 愛。宜しく!」
黒髪ショートヘアの山田さんと茶色い髪を一括りにした原木さんの手をそれぞれ握手し自身の名を述べる。
「宜しく…私は、二年の星野 桃です」
「桃ちゃんか~!名前も可愛いとか反則でしょ!」
「ほんとそうだよ!あ、それより早く着替えないと風邪引いちゃうって!?」
「そうだった!?早く更衣室行こう!」
「っ…」
差し出された手に息が詰まりおずおずと手を掴む。
グイッ!
「わっ!?」
引っ張られ立ち上がると暖かな笑顔が向けられた。
「行こう!星野さん」
「うん」
いつかまた人を信じる事が出来たならその時は…‥
握られた暖かな手の温もりに捨てた筈の気持ちを少しだけ思い出した気がした。
*
「そろそろこれを取りに来る頃でしょうか…?」
水泳大会が終わり生徒達が帰宅する中、誰も居ない生徒会室で柿本 蜜柑は一人手に持つそれを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ…‥」
ガチャッ…
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担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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