リアルの恋は卒業したのですが猫系エリート商社マンの元カレと駄犬系後輩に迫られて困っています

たまりん

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不憫だと思います…

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翌日の昼過ぎ、私は退院した。

どうやら肺炎になりかけていたようだが、ギリギリのところで処置が間に合ったようで大事には至らなかった。本当に泉さまさまで頭が上がらない。

「さぁ、莉子先輩、行きますよ!」

そんな掛け声とともに抱き上げられる。

急遽車好きの友人に譲ってもらう事にしたと言う中古の高級車から、お姫様抱っこされた姿で自宅マンションに下ろされた私は、マンションのエントランスを通って、エレベーターの前に向かった。

「ちょ、泉?あんた何やってんのよ!歩けるから、降ろして、ちょ!?人がいるから恥ずかしいでしょ!」

案の定エレベータの前でビジネスマン風の男性が待っているのに気付いた泉は、私を抱いたまま重たい非常階段のドアを迷わず開けた。

「ちょ、泉?階段??ま、待って?危ないよ、そりゃうち、三階だけど、あ…、私なら、ほんともう全然歩けるし、エレベーターだって…」

そう言うと、泉はチッと舌打ちした。

「大丈夫っすよ、莉子先輩の四人や五人くらい…」

「四人や五人って、無理でしょ?」

「いけます、見くびらないでください!」

その言葉に引き攣る。

「それに、大事な莉子先輩の生足を他の男に至近距離で見せるなんて、耐えられないでしょうが?」

(はい……?)

「いやっ…だっ、誰も見ないと思うよ?」

(絶対……)

女優さんみたいな美脚ならともかく、こんな平凡な三十路女の生足、寧ろお目汚しだと思うのだが、泉はそんな私にもう一度舌打ちしたまま、一段飛ばしで階段を駆け上がった。

凄い健脚だと思う。

「莉子先輩、鍵、どこですか?」

そう問いかけられて、鞄の小さなポケットを指差すと泉は器用にそれを開け、部屋に入って、私をベットに下ろした。

狭いけど少し会社から遠い1LDKの間取り。

慣れた様子の泉。
そう言えばあの日私を助けてくれた泉はここに来るのは二度目なんだと納得する。

「喉、乾いてないっすか?」

と問いかけられて、大丈夫だよと首を横に振る。

「それなら、ゆっくり休んでてください」
そう言って、大きな手で私の頭を軽くポンポンした泉は荷物の整理を始める。

昨日、飛鳥ちゃんから私の発熱を聞いた泉は電話しても、メールしても相変わらず反応の無い私に業を煮やし、私のマンションを訪れた。だけど、何度ドアを叩いて呼びかけても出てこない私に不安を抱き、大きな声を上げていたところに、騒ぎに気付き注意しにきた管理人さんと何だかんだの口論になった末に、漸くここの鍵を開けて貰ったらしい。

(お騒がせしてごめんなさい。ご近所の皆さん…)

「莉子先輩、この荷物の他にも、洗えるもんあったら言って下さい、俺、今のうち、やっちゃいますから!」

そう言われて顔を歪めて焦る。

「えっ…?い、いいよ、洗濯物なんて、後で私がやるから…」

気合の入ってない使い古しの下着なんて泉には見せられない。
私は顔を、真っ赤にして立ち上がり、既に私のカバンの中に手を突っ込んでいる泉を押しのけた。

「ちょ、莉子先輩、病人なんですから、ここは俺に任せて下さいって」

「やだ、絶対やだから…」

「は、なんでっすか?」

「泉の馬鹿、…鈍感、朴念仁!」

私の力では無くその勢いに押された泉は、次の瞬間に、片付けの為ドアが開きっぱなしになっているクローゼットに背中をぶつけた。

次の瞬間に予想外の音に二人で目を見開く。

「うぉ!?」

「キャー、泉、危ない!!」

上から落ちてくる物体を確認した私達はお互いを庇い合うように抱き合った。

ドン、ズシッ…

「っ…」

「てっ…」

多分、泉が8割私が2割くらいの衝撃を受けたのだろう。それでも、痛みに歪む私の顔を見て泉は顔を真っ青にした。

「莉子先輩?大丈夫っすか?もしかして怪我…」

「だっ、大丈夫だよ、少し掠っただけだから…、泉は…?」

「マジっすか、良かった…」

そう言った瞬間泉は明らかにホッとした。
見る限り、泉にも大きな怪我は無さそうで、私も胸を撫で下ろした。

でも、次の瞬間見た泉の顔は明らかに強張っていた。

「泉……?」

そして、その視線の先を見た時、私の顔も同じく強張った。

「……………」

黙り込む泉。

「あのっ、泉?」

落下の衝撃で開いていたのはクローゼットの上段にあったはずの沢山のアルバムだった。

そして…
今泉が凝視しているのは、事もあろうに大学時代、翔と過ごしていた頃のアルバムだった。

当時の写真は膨大で、その写真のほとんどは既に処分していた。それでも全部を処分なんて出来なかった。
やはり、自分の人生の一部を失う事はできないから。

そして、残された写真ほど美しい。
一番忘れたく無い頃の想い出だから。

そこにはまだ二十歳そこそこの満面の笑顔があった。

二人、着慣れない浴衣に身を包み、命一杯のお洒落をして大輪の花火の前で、きっと今ではどう頑張ったって作れない無邪気な笑顔を浮かべて同じポーズを決めている。

その後の自分達の運命なんて知るはずもない、永遠を信じ切った幸せ一杯の笑顔。

(こんな顔、してたんだ…、私…)

「これ、莉子先輩と、…あいつっすね」

ポツリとそれだけ呟いた泉に何故か居た堪れない気持ちになる。

その写真のページにはひまわり畑ではしゃぐ私の姿。
旅館の浴衣を着て川と柳の下で蹲り、線香花火をしながら振り返って笑う私。

それを誰が、どんな状況で撮影したかなんてきっと明白で……。

泉の私への想いがもし本当の本当ならば、きっと酷く気まずい状況なのだ。一瞬目をつぶって、責められる事も覚悟した。

なのに予想に反して泉はそんな事何も言わなかった。

静かに俯いたままの泉を見つめた。
その表情は読み取れない。
ただ一言、自嘲するような静かな声で泉は言った。

「可愛いっすね……」

それだけ言って、泉はそっとそのアルバムを閉じた。
そして、そのアルバム達を元の棚に片付けた。

可愛い…
そう言われて浮かれる程愚かではない。
10年も昔の写真なのだ。

途中、一度だけ、別のアルバムを手にした泉は動きを止めた。そして、一息吐くようにそれに目を細めた泉は、大切そうにそれを一番右に戻して静かにクローゼットの扉を閉めた。


「飯にしましょうか?莉子先輩」

そう言って、普段通りに笑ってくれる顔はどこか痛そうで、私も気持ちを悟られないよう黙って頷いた。

「買い物、行ってきます。何が食べたいですか?」

そう言われて、答える。
多分、この先に続く会話に一人期待して……

私は狡い…

「ぶっかけ、うどん……」

そう答えて、泉の次の答えを待つ。
泉は、ふっと笑って頷いた。

「了解っす!やまいもと、オクラもゲットしてきます。玉ねぎの天ぷらも、もう食べられそうですか?」

そう言われて、泣きそうになった。

「うん……、大丈夫」

喉が詰まりそうになって、辛うじてそれだけを答えた。

「急いで行ってきます。ちゃんと寝て待っててくださいね?」

そう言われて、頷いた。
泉は小さく笑った。
私も必死で小さく笑った。


そうして、泉の背中を見送った。
きっと、犬みたいに必死に走って、真っ直ぐに戻ってきてくれるのだろう。

そして、きっと確認もせず、私の好きな冷たいぶっかけうどんの上に、山芋とろろとオクラを乗せて、玉ねぎの天ぷらを添えて満面の笑顔でそれを差し出してくれる。

そんな、泉の優しさが今に始まったわけではない事。
いつからか、ずっと続いてきたオンリーワンの優しさなのだと気付く。

(趣味、悪すぎるでしょ? 馬鹿泉……。ほんと、残念な奴……。人たらし……。)

心の中でそう悪態をつく。


《莉子先輩と恋愛? ないない》

《それが本当なら、不憫だわ》

そんな会話が蘇り、笑いながら顔を歪めた。

(本当、不憫だね、泉…。モテるのに、…馬鹿みたいに、いい奴なのに…)

なんで、こんな努力すら放棄した三十路の腐女子なのか…。

普通に考えれば、気の迷い……。

なのに、そうは思えなくて、それ以上に、そうは思いたくなくなっている自分がいる。

そして、願っても、悔やんでも仕方がない事なのに、思ってしまう。

——もっと早く出会っていたら、私達の関係は違っただろうか?

答えなんて出せないし、きっと出す意味もない。
実に馬鹿げている。


そんなみっともない感情に支配されていた時、携帯の着信音が鳴り響いた。

(泉……?)

そう思って手に取った携帯の表示に眉を寄せる。

(翔………)

そういえば、あれから泉のメールや電話に紛れるように翔からの連絡にも折り返しの連絡をできていなかった。自分の事で一杯一杯だったとはいえ、非礼が過ぎたと自嘲して、その着信をとった。

言わなくてはならないだろう。
自分の気持ちで、自分の言葉で。
30歳を目前とした片桐莉子として、あの頃は伝えられなかった感謝の気持ちと共に。
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