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今の自分じゃダメな訳
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「ごめん、翔…」
「さっきも話したけど、やっぱり、違うと思うんだ」
切れ長の瞳が痛そうに影を落とす。
そんな翔の顔を見て唇を噛み締めた。
二人過ごしたいくつもの思い出がある。
そして、今はそれをきちんと肯定できてる自分がいる。そして未だ複雑な感情が私にだって残っている。
——きっとこれが情
これはどうしたって仕方ない。
だって、私は…
「…大好き、だったよ。」
「……」
「私にとって、翔は、凄く、…特別な人だった」
そう伝えるも、翔の表情には苦悩しか浮かんでいない。
「でもね、だからこそ分かるんだ。翔を好きだった私は、やっぱりもういないから…」
「莉子…、だからそれは、これから二人で…」
その言葉に首を振った。
「ごめん、今はどうしたってもう、現実味を帯びてそんなこと考えられない…」
「莉子…」
「だからね、お互いに固執するのは、やっぱり、もう違うと思うから…」
そう、違うのだ…
「時間は…、とても大切なものだって、今なら、やっぱりそう思うから、だからもう、翔の時間を私のせいで止めて欲しくない…」
気付けば懸命にそう口にしていた。
「後悔して欲しくないから…、私も、後悔したくない…」
拗れた過去の思いに、苦しんできたのは、私だけじゃなかったから。
むしろ、そんな足枷に苦しんでいるのは、今、翔の方かも知れない。
それが、痛いくらいに分かってしまったから…
それに、どうしたって、答えようのない自分の気持ちも…
「莉子……?」
切ない瞳で私を見つめる翔に、今の私が言える事なんてきっと僅かだ。
「ごめん、翔、ごめんなさい…」
罪悪感が胸を渦巻く。
(ごめん、翔、ほんとに、ごめん…ごめん…)
「こいつが、いるから…?」
「………」
そう問われて黙り込む。
(泉が、いる、から……?)
その問いに心がざわりと音を立てる。
バクンバクンと妙に静かな空間で自らの鼓動が響く。
背中に冷たい汗を感じながら、かろうじて首を振る。
(そう、じゃない、それじゃ、駄目なんだ…)
肯定出来ずに痛む胸。
そんな自分に今更ショックを受ける。
バクンバクンバクンバクン
うるさいくらいの鼓動のなか呼吸すら、苦しくなって、身体をモヤモヤとした何かが支配する。
(これは、なに……?)
数々の場面が浮かび、絡みつくように私を追い詰める。
《恋ができる自分は、随分前に置き去りにしたの…》
《あれが恋なら、泉くん不憫過ぎるって…》
《だって、莉子先輩だよ?ないない》
《そうだよね?莉子先輩だもんね》
《私は、…なんの努力もして来なかった》
《私は汚い…、こんな自分じゃ生きていけない》
やめて…
『また、何かに期待して、あんな醜態を晒すの?今度は誰に?泉くんに?』
突然もう一人の自分の声が聞こえた。
いや…
翔を拒んだ理由に今、自分自身が誰よりも縛られる。
(あぁ、きっと、私も……)
どこかで、間違えてしまったのかもしれない。
―――こんな私じゃ
「…………、違っ」
その問いかけを必死の思いで否定しようとしたその瞬間、泉に繋がれていた手が痛いくらいにギュッと握られた。
(泉………?)
その強さが懸命に伝えようとする思い。
それを感じた私は、否定の言葉を発する事が出来ないでいた。
この手を振りほどけない。
「………」
沈黙の中、目を見開いたままでいる私は今、どんな顔をしているのだろう。
そんな私に翔は苦しげに笑みを作った。
「………、いいよ、答えは」
「翔……?」
そう言って私を見つめる翔の面影が昔に重なる。
痛そうな辛そうな笑顔。
私の知ってる笑顔…
「やっぱり、…まだ、可能性だけは、残しておきたいから…」
翔はそう言った。
「……でも、莉子の、今の気持ちは、ちゃんと受け取ったよ」
「翔…」
「残念ながら、それくらいの空気は読めるくらいには、大人になってしまったからね、俺も…」
「っ……」
困ったように微笑む切れ長の目尻に小さく浮かぶ小皺。
「矛盾してるけど、やっぱり、莉子には、幸せであって欲しいとも思う…」
そう言って、唇を吊り上げる切ない笑みを私は知っている。
——7年前と同じ顔。
今なら分かる…
分かってしまうのだ。
私の事を思って、必死に辛さに耐えている顔。
「今日は、帰るよ、莉子…」
そう言って、翔は私の頭に手を置いた。
その瞬間、隣で私の手を握る泉がピクリと身体を硬くするのが伝わってくる。
泉の目が鋭く翔に突き刺さる。その瞳を翔が受け止めて小さな冷笑を作り出す。
「だけど、莉子、こいつが役不足だって分かったなら、俺はいつだって名乗りを上げるから、覚えておいて…」
「あっ?!」
その瞬間、泉の顔が怒りに歪み一歩乗り出す。
翔はそれに動じる事なく私の顔を覗き込んだ。
「翔……?」
「だって、変わった莉子がいるなら、きっと変わらない莉子もいるはず、だろ?」
「………」
「それに、変化を愛せるのも、人間ってやつだと思うから…」
そう言って微笑む翔は、私の知らない大人の笑みを浮かべていた。
「てめっ、ふざけるな!」
割って入ろうとする泉を飄々とかわすように翔は最後に続けた。
「俺は、きっと、また愛せると思うよ?片桐莉子になった今の莉子を……」
そう綺麗に微笑んだ翔は片手を上げて背を向け、パタンと扉を閉じて去っていった。
「クソッ、あの野郎っ……」
顔を歪めながら、ギュッと泉の私の手を握る力が強まった。
「ちょ、…泉?手……」
(いっ痛いよ?)
思いも寄らない力で握りしめられた手に驚き、離して貰おうと泉の顔を伺い目を見開く。
だけど、不穏な鳶色の瞳がそこにはあった。
「離し、ませんよ?」
それに抗議しようと泉を見上げた。
「何言って…、…泉?」
次の瞬間、ギュッと抱きしめられて、泉の大きな胸の中にいた。
「ちょっと、ふざけてないで、離しなさい!」
「……離しません。今日は絶対に…」
「なっ…、なに?なんで?」
泉はこの数日、私の困る事なんてしようとしなかった。
そう問う私に泉は私を抱きしめる腕に力を込めたまま、一度大きく息を吐いた。
「…今日、この後の莉子先輩が、少しでも、ほんの一ミリでも、あいつの事考えるの、俺、すっごい嫌ですから…」
「え…??」
ちょっやそっとじゃ動じない大きな身体。
スーツ越しの温もりに感じる泉の子供のような焦燥感。
(なにそれ…?なんだよ、それ……)
胸がどういった訳だか熱くなる。
何かがこみ上げる。
(あぁ…、私……)
愛おしいんだと、思う。
でも、その感情にはいつももう一つの何かが混在してしまう。
自分は泉に相応しい存在ではないと…。
翔に告げた言葉が、そのまま今、自分を傷付ける。
(あの頃の私はもういない…)
きっと私はどこかに置いてきてしまったのだ。
あの頃の私と一緒に
若さも
直向きさも
無邪気さも
(恋ができる自分はもう、いない…)
「莉子先輩…」
(いないのだ…)
ゆっくりと近づく泉の顔。
「だ、だめっ…」
そう言って、顔を背ける私に哀しそうに顔を歪める泉。
「なんでですか?俺じゃ、ダメ、なんですか…」
「いっ、泉が、ダメな訳じゃなくて…」
手首を掴まれて視線が絡み合う。
「じゃ、どうしてですか?俺、本気ですよ?好きって何度も言いましたよね?」
責めるような請うような瞳。
「そっ、そだけど、私たちやっぱり、今更、恋愛って…、違うかなって?」
必死でそう取り繕う。
「っ…なんでですか?」
憮然とそう問いかける泉に、敢えて飄々と答えようとして、顔が引き攣る。
「だって、私、泉より、うんと年上だし…」
「これくらいの差、なんて事ないでしょ?世間じゃなんぼでもいます!」
そう顔を歪めて抗議する泉。
「そっ、それはそうかもだけど、ほら?私、ちょっと趣味だってさ、腐り気味だし…?」
「ほんと今更な事言いますね?大丈夫です、そんなの元々込みで俺、大好きっすから、あんたはそのまま居てくれたらいんです」
「だって…」
「ってか、むしろ変に変わって欲しくないんですから!俺の前で、今更何を取り繕う必要もないっしょ?」
「………」
少し呆れたように真っ直ぐ見つめられる。
「他には?」
「えっ…?」
「この際だから、全部言って下さい!でないと俺、絶対納得なんてしませんから!」
「……」
そう言われて固まる。
「莉子先輩!」
「いや、だって、私…」
「何すか?」
「かっ、可愛いげ?ないし…」
「いや、あんた可愛すぎるっしょ!」
「へっ…?」
三十路のオタク女に真顔でそう言う泉にドン引きする。
(ま…、まぁ、蓼食う虫も好き好きって言うしね…)
「り、料理や掃除だって、今更億劫だし…」
(名誉の為に言っておくが決して出来ない訳ではない、でも翔と別れてからはそんな努力もしなくなった、今後も報われない努力はしない方針だ!)
「ふっ、そこは、ちゃんとフォローします、俺だってそんなに気にする方じゃないし、嫌いな方じゃないの、知ってますよね?」
あっさりそう流す泉に焦る。
(ダメ、ダメだよ、流されちゃ!!)
「そっ、そもそも、わ、私さ、もう恋愛する気、全く無かったから?遥か昔に、そう、それはもう昔から、女子力無くしてるし、ははっ…今更っていうか?もう無理じゃない?みたいな…」
「大丈夫っす!あんたそこは類稀な人間力でしっかりフォローされてますから!」
「っ………?」
(はい?泉くん、あんたなんか私の背後に私ではない別の人格者の影でも見えてはいないかい?)
「い、いや、…兎に角、私さ、肌も身体も心も、何もお構いなく不摂生してきて、まるで浦島太郎だよ?そんな状態なのに、今更、恋って…」
「浦島太郎って、じいさんでしょ?全く意味分からないっす!大体、肌や身体って、あんた、あんなに滅茶苦茶気持ちいいじゃないっすか!」
「っっっ…!!」
ドカッ…
思わず蹴りを入れた私に泉は顔を歪めた。
「って…」
「言・う・な!!」
これ以上ない顔で睨みつける私に、泉はハッとしたようにバツの悪い顔をした。
「す、すんません…」
泉に抱かれたあの日を思い出し、居た堪れなくなる。
もう誰にも晒すつもりのなかった身体をあんな風に貪らる日が来るなんて、羞恥で泣けてくる。
なんだって、今更こんな事になっているのか、そう考えると羞恥が怒りに変わってくる。
「兎に角!私にとっては何もかもが今更なんだよ!」
私は泉の胸をどんと突き飛ばし、泉は私の迫力に少し後ろにたじろいだ。その勢いに乗じて私は一歩前に出て捲し立てた。
押さえていた思いが溢れ出てくるように、選んだ訳でもない言葉が次から次に溢れでる。
多分、キレてしまったのかもしれない。
「大体、恋なんてもんはね、恐れを知らない若さがあるから、無条件に、無防備にハマってられるもんなんだよ?」
仁王立ちで怒鳴り始めた私に泉は驚いたように目を見開いている。
「自分は大丈夫、自分達は違う、尽くせば報われる。そんななんの根拠もない自信で、今ある幸せが永遠に続くなんて信じて頑張っていられるのだって、それこそ若いからだよ?」
(そして、そうあれるのが若さであり、その無償の愛が何より尊くて、女を可愛くするのだ…)
「…………」
だから、わたしはいつも願ってきた。
若い子達が懸命に尊い恋を頑張っている姿を見て、一つでも多くの恋が、そしてその心が大きな傷を負わずに成就できる事を。
そうでは無かった時の心の辛さを知りすぎているから。
臆病者の恋は辛い…。
そして怖い。
献身を捧げて来た人ほど、自己否定の度合いとリアルへの失望感は増幅する。
(あんなに頑張れた自分でもダメだったのなら、あの頃のようにもう振る舞う事すらできない自分は、きっともう恋をしても報われない)
そう悟って、それでも困らない生き方を其々に模索する。
そうして出来上がった、一つが、きっと、この私なのだ。
「さっきも話したけど、やっぱり、違うと思うんだ」
切れ長の瞳が痛そうに影を落とす。
そんな翔の顔を見て唇を噛み締めた。
二人過ごしたいくつもの思い出がある。
そして、今はそれをきちんと肯定できてる自分がいる。そして未だ複雑な感情が私にだって残っている。
——きっとこれが情
これはどうしたって仕方ない。
だって、私は…
「…大好き、だったよ。」
「……」
「私にとって、翔は、凄く、…特別な人だった」
そう伝えるも、翔の表情には苦悩しか浮かんでいない。
「でもね、だからこそ分かるんだ。翔を好きだった私は、やっぱりもういないから…」
「莉子…、だからそれは、これから二人で…」
その言葉に首を振った。
「ごめん、今はどうしたってもう、現実味を帯びてそんなこと考えられない…」
「莉子…」
「だからね、お互いに固執するのは、やっぱり、もう違うと思うから…」
そう、違うのだ…
「時間は…、とても大切なものだって、今なら、やっぱりそう思うから、だからもう、翔の時間を私のせいで止めて欲しくない…」
気付けば懸命にそう口にしていた。
「後悔して欲しくないから…、私も、後悔したくない…」
拗れた過去の思いに、苦しんできたのは、私だけじゃなかったから。
むしろ、そんな足枷に苦しんでいるのは、今、翔の方かも知れない。
それが、痛いくらいに分かってしまったから…
それに、どうしたって、答えようのない自分の気持ちも…
「莉子……?」
切ない瞳で私を見つめる翔に、今の私が言える事なんてきっと僅かだ。
「ごめん、翔、ごめんなさい…」
罪悪感が胸を渦巻く。
(ごめん、翔、ほんとに、ごめん…ごめん…)
「こいつが、いるから…?」
「………」
そう問われて黙り込む。
(泉が、いる、から……?)
その問いに心がざわりと音を立てる。
バクンバクンと妙に静かな空間で自らの鼓動が響く。
背中に冷たい汗を感じながら、かろうじて首を振る。
(そう、じゃない、それじゃ、駄目なんだ…)
肯定出来ずに痛む胸。
そんな自分に今更ショックを受ける。
バクンバクンバクンバクン
うるさいくらいの鼓動のなか呼吸すら、苦しくなって、身体をモヤモヤとした何かが支配する。
(これは、なに……?)
数々の場面が浮かび、絡みつくように私を追い詰める。
《恋ができる自分は、随分前に置き去りにしたの…》
《あれが恋なら、泉くん不憫過ぎるって…》
《だって、莉子先輩だよ?ないない》
《そうだよね?莉子先輩だもんね》
《私は、…なんの努力もして来なかった》
《私は汚い…、こんな自分じゃ生きていけない》
やめて…
『また、何かに期待して、あんな醜態を晒すの?今度は誰に?泉くんに?』
突然もう一人の自分の声が聞こえた。
いや…
翔を拒んだ理由に今、自分自身が誰よりも縛られる。
(あぁ、きっと、私も……)
どこかで、間違えてしまったのかもしれない。
―――こんな私じゃ
「…………、違っ」
その問いかけを必死の思いで否定しようとしたその瞬間、泉に繋がれていた手が痛いくらいにギュッと握られた。
(泉………?)
その強さが懸命に伝えようとする思い。
それを感じた私は、否定の言葉を発する事が出来ないでいた。
この手を振りほどけない。
「………」
沈黙の中、目を見開いたままでいる私は今、どんな顔をしているのだろう。
そんな私に翔は苦しげに笑みを作った。
「………、いいよ、答えは」
「翔……?」
そう言って私を見つめる翔の面影が昔に重なる。
痛そうな辛そうな笑顔。
私の知ってる笑顔…
「やっぱり、…まだ、可能性だけは、残しておきたいから…」
翔はそう言った。
「……でも、莉子の、今の気持ちは、ちゃんと受け取ったよ」
「翔…」
「残念ながら、それくらいの空気は読めるくらいには、大人になってしまったからね、俺も…」
「っ……」
困ったように微笑む切れ長の目尻に小さく浮かぶ小皺。
「矛盾してるけど、やっぱり、莉子には、幸せであって欲しいとも思う…」
そう言って、唇を吊り上げる切ない笑みを私は知っている。
——7年前と同じ顔。
今なら分かる…
分かってしまうのだ。
私の事を思って、必死に辛さに耐えている顔。
「今日は、帰るよ、莉子…」
そう言って、翔は私の頭に手を置いた。
その瞬間、隣で私の手を握る泉がピクリと身体を硬くするのが伝わってくる。
泉の目が鋭く翔に突き刺さる。その瞳を翔が受け止めて小さな冷笑を作り出す。
「だけど、莉子、こいつが役不足だって分かったなら、俺はいつだって名乗りを上げるから、覚えておいて…」
「あっ?!」
その瞬間、泉の顔が怒りに歪み一歩乗り出す。
翔はそれに動じる事なく私の顔を覗き込んだ。
「翔……?」
「だって、変わった莉子がいるなら、きっと変わらない莉子もいるはず、だろ?」
「………」
「それに、変化を愛せるのも、人間ってやつだと思うから…」
そう言って微笑む翔は、私の知らない大人の笑みを浮かべていた。
「てめっ、ふざけるな!」
割って入ろうとする泉を飄々とかわすように翔は最後に続けた。
「俺は、きっと、また愛せると思うよ?片桐莉子になった今の莉子を……」
そう綺麗に微笑んだ翔は片手を上げて背を向け、パタンと扉を閉じて去っていった。
「クソッ、あの野郎っ……」
顔を歪めながら、ギュッと泉の私の手を握る力が強まった。
「ちょ、…泉?手……」
(いっ痛いよ?)
思いも寄らない力で握りしめられた手に驚き、離して貰おうと泉の顔を伺い目を見開く。
だけど、不穏な鳶色の瞳がそこにはあった。
「離し、ませんよ?」
それに抗議しようと泉を見上げた。
「何言って…、…泉?」
次の瞬間、ギュッと抱きしめられて、泉の大きな胸の中にいた。
「ちょっと、ふざけてないで、離しなさい!」
「……離しません。今日は絶対に…」
「なっ…、なに?なんで?」
泉はこの数日、私の困る事なんてしようとしなかった。
そう問う私に泉は私を抱きしめる腕に力を込めたまま、一度大きく息を吐いた。
「…今日、この後の莉子先輩が、少しでも、ほんの一ミリでも、あいつの事考えるの、俺、すっごい嫌ですから…」
「え…??」
ちょっやそっとじゃ動じない大きな身体。
スーツ越しの温もりに感じる泉の子供のような焦燥感。
(なにそれ…?なんだよ、それ……)
胸がどういった訳だか熱くなる。
何かがこみ上げる。
(あぁ…、私……)
愛おしいんだと、思う。
でも、その感情にはいつももう一つの何かが混在してしまう。
自分は泉に相応しい存在ではないと…。
翔に告げた言葉が、そのまま今、自分を傷付ける。
(あの頃の私はもういない…)
きっと私はどこかに置いてきてしまったのだ。
あの頃の私と一緒に
若さも
直向きさも
無邪気さも
(恋ができる自分はもう、いない…)
「莉子先輩…」
(いないのだ…)
ゆっくりと近づく泉の顔。
「だ、だめっ…」
そう言って、顔を背ける私に哀しそうに顔を歪める泉。
「なんでですか?俺じゃ、ダメ、なんですか…」
「いっ、泉が、ダメな訳じゃなくて…」
手首を掴まれて視線が絡み合う。
「じゃ、どうしてですか?俺、本気ですよ?好きって何度も言いましたよね?」
責めるような請うような瞳。
「そっ、そだけど、私たちやっぱり、今更、恋愛って…、違うかなって?」
必死でそう取り繕う。
「っ…なんでですか?」
憮然とそう問いかける泉に、敢えて飄々と答えようとして、顔が引き攣る。
「だって、私、泉より、うんと年上だし…」
「これくらいの差、なんて事ないでしょ?世間じゃなんぼでもいます!」
そう顔を歪めて抗議する泉。
「そっ、それはそうかもだけど、ほら?私、ちょっと趣味だってさ、腐り気味だし…?」
「ほんと今更な事言いますね?大丈夫です、そんなの元々込みで俺、大好きっすから、あんたはそのまま居てくれたらいんです」
「だって…」
「ってか、むしろ変に変わって欲しくないんですから!俺の前で、今更何を取り繕う必要もないっしょ?」
「………」
少し呆れたように真っ直ぐ見つめられる。
「他には?」
「えっ…?」
「この際だから、全部言って下さい!でないと俺、絶対納得なんてしませんから!」
「……」
そう言われて固まる。
「莉子先輩!」
「いや、だって、私…」
「何すか?」
「かっ、可愛いげ?ないし…」
「いや、あんた可愛すぎるっしょ!」
「へっ…?」
三十路のオタク女に真顔でそう言う泉にドン引きする。
(ま…、まぁ、蓼食う虫も好き好きって言うしね…)
「り、料理や掃除だって、今更億劫だし…」
(名誉の為に言っておくが決して出来ない訳ではない、でも翔と別れてからはそんな努力もしなくなった、今後も報われない努力はしない方針だ!)
「ふっ、そこは、ちゃんとフォローします、俺だってそんなに気にする方じゃないし、嫌いな方じゃないの、知ってますよね?」
あっさりそう流す泉に焦る。
(ダメ、ダメだよ、流されちゃ!!)
「そっ、そもそも、わ、私さ、もう恋愛する気、全く無かったから?遥か昔に、そう、それはもう昔から、女子力無くしてるし、ははっ…今更っていうか?もう無理じゃない?みたいな…」
「大丈夫っす!あんたそこは類稀な人間力でしっかりフォローされてますから!」
「っ………?」
(はい?泉くん、あんたなんか私の背後に私ではない別の人格者の影でも見えてはいないかい?)
「い、いや、…兎に角、私さ、肌も身体も心も、何もお構いなく不摂生してきて、まるで浦島太郎だよ?そんな状態なのに、今更、恋って…」
「浦島太郎って、じいさんでしょ?全く意味分からないっす!大体、肌や身体って、あんた、あんなに滅茶苦茶気持ちいいじゃないっすか!」
「っっっ…!!」
ドカッ…
思わず蹴りを入れた私に泉は顔を歪めた。
「って…」
「言・う・な!!」
これ以上ない顔で睨みつける私に、泉はハッとしたようにバツの悪い顔をした。
「す、すんません…」
泉に抱かれたあの日を思い出し、居た堪れなくなる。
もう誰にも晒すつもりのなかった身体をあんな風に貪らる日が来るなんて、羞恥で泣けてくる。
なんだって、今更こんな事になっているのか、そう考えると羞恥が怒りに変わってくる。
「兎に角!私にとっては何もかもが今更なんだよ!」
私は泉の胸をどんと突き飛ばし、泉は私の迫力に少し後ろにたじろいだ。その勢いに乗じて私は一歩前に出て捲し立てた。
押さえていた思いが溢れ出てくるように、選んだ訳でもない言葉が次から次に溢れでる。
多分、キレてしまったのかもしれない。
「大体、恋なんてもんはね、恐れを知らない若さがあるから、無条件に、無防備にハマってられるもんなんだよ?」
仁王立ちで怒鳴り始めた私に泉は驚いたように目を見開いている。
「自分は大丈夫、自分達は違う、尽くせば報われる。そんななんの根拠もない自信で、今ある幸せが永遠に続くなんて信じて頑張っていられるのだって、それこそ若いからだよ?」
(そして、そうあれるのが若さであり、その無償の愛が何より尊くて、女を可愛くするのだ…)
「…………」
だから、わたしはいつも願ってきた。
若い子達が懸命に尊い恋を頑張っている姿を見て、一つでも多くの恋が、そしてその心が大きな傷を負わずに成就できる事を。
そうでは無かった時の心の辛さを知りすぎているから。
臆病者の恋は辛い…。
そして怖い。
献身を捧げて来た人ほど、自己否定の度合いとリアルへの失望感は増幅する。
(あんなに頑張れた自分でもダメだったのなら、あの頃のようにもう振る舞う事すらできない自分は、きっともう恋をしても報われない)
そう悟って、それでも困らない生き方を其々に模索する。
そうして出来上がった、一つが、きっと、この私なのだ。
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相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
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あけましておめでとうございます。
年末年始更新ありがとうございます。
作者様、私、猫君キライじゃないですよ笑
この人の場合、色んな人と付き合ったから彼女の良さとか有難味に気付いたんだろうし、一生懸命だなと微笑ましく思ってます。
それより、主人公さんにちょっと…モヤモヤしますね…。
すみません😣💦作品の数だけ様々なヒロインがいるわけですから単に個人の好みですが。
お気を悪くされたらごめんなさい。
なんだか自分にも他人にも言い訳ばっかりしてる割りに優柔不断に見えてしまって…。
どうしてその気がないのにホテルに付いて行ったり、抱きつかせたり、家に上げたりするのかわからないなぁ。そりゃ男は期待するわ💧
でも実際、こういうスキのある女性がモテるんですよね笑
もし、主人公さんがホントにリアルの恋を卒業しておひとりさまを選んだら平謝りしないと…ですが。
きっと押しが強い方が勝つんでしょうね。
続き楽しみにしています。
今年も楽しい作品沢山書いてくださいね。
lemonさま
明けましておめでとうございます。
年末年始の忙しい時期にも関わらず、ご感想までいただきありがとうございます😊
主人公の対応については私も迷うところで、仰られていること本当にごもっともです 笑💦
どうも私、この作品に関わらず自作に根っからの悪人が書けないみたいで、その辺りで主人公もしくはヒーローキャラを蹴り落としてしまう癖があるみたいで…
なので今回のご指摘はむしろ有り難いなぁと、全く気を悪くしてなどおりません✨
莉子の考え方の基本は《昔の自分》と《今の自分》を完全に切り離してしまっている有り得ない程イタイ部分であります😓
当然周りはそんなそんな人の頭の内うちの事情など意識しないから、思い出から、今の恋心からとグイグイ来る訳ですが、今の自分は《恋愛仕様》ではないと頑なに思っている為、相手の気持ちを受け入れる器を持ち合わせてない為、非常に悪気なく残酷なのです🙇♂️
人間そんなに簡単ではないことを失恋から💔7年目にして気づいてもらえるよう今年も犬猫揃って頑張りたいと思います🐕🐈
猫君仕事行かなくていいのかな?
まさか番犬君が出ていくまで待ってたとかじゃないですよね?怖すぎる~(´゚ω゚`)
主人公さんはとにかく家に入れなくてよかったです。
なんかこの人年齢の割りに危なっかしいですもんね笑
泉君という存在がなかったらあっさり流されてたのかな?
この猫君はもし復縁したとしても、しばらく安定したらまたヤラカして出ていきそうな感じがしますな。猫だけにw
次回、主人公さんが決着をつけることができるのか楽しみにしています。
いつもご感想ありがとうございます😊
今回のご感想には、lemonさまの🐕への熱い思いが伝わってきて、思わず笑ってしまいました。🐈お嫌なんですね笑
ちょっとだけネタバレかもしれませんが、🐈君もストーカー規制法にはギリギリ該当しないはずではございます。
たぶんですが💦
筆者好きな順番は
男の執着❤️>🐕🐈ですな!
続き読めて本当に嬉しいです。
泉君大好き♥️
ゆっくりでも待ってますんで、作者様のペースで完結まで頑張ってください。
これから冬本番。お風邪など召されないようお気をつけ下さい。
いつも応援メッセージありがとうございます😊とても励みになります!ストック少し貯まったのですが、お待たせをしており申し訳ありません。泉くんには今後ますます頑張って欲しいところで日々妄想中でございます❤️Iemonさまも風邪には気をつけてご自愛ください!