声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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四つ葉のクローバー ③

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 「え? めっちゃムカつくんですけど……(私の)未来さんに向かって……」

 勇気が今朝の出来事を説明すると、梓は憤慨していた。勇気は、苦虫を噛み潰した様な顔をして梓をなだめる。

 「それで、その後からこの調子だと……?」

 「えぇ、そうなんです。その後渡辺さん夫婦が来られたのですが、未来さんの様子を見てとても心配しておられました」

 「そりゃあ心配するでしょうよ。エンジェルスマイル未来さんが、今や完全にデビルスマイルじゃん⁉︎ それでも可愛いのは認めるけど」

 「もっと早くに止めるべきでしたね……特にあの、百合ゆりさんの方を…」

 その名前を聞いた梓は、勇気を見て目を丸くしたまま固まった。

 「え? 百合さん? 未来さんを怒らせた相手って百合さんだったの? 確か、数ヶ月前に引っ越したんじゃなかった?」

 「えぇ、そうなんですが…どうやら新しいアルバイトが来た事を噂で聞いたみたいで……」

 小森 百合こもり ゆり。本日、営業日前に来店し、未来を怒らせて帰った女性の名前。“水面カフェ”の常連客で、プライドが高いのか、店長である勇気以外の接客は認めなかった。勇気以外の接した場合、盛大な嫌がらせを受ける。

 梓もその痛がらせを受けた一人。梓の場合、食べ物に虫が入っていたと大騒ぎしていた。

 「本当に百合さんには困ったこのですね」

 勇気は眉をひそめ、腕組みをして言った。梓も、余程頭にきたのか、地団駄を踏んでいる。

 「困ったなんてもんじゃ無いよ⁉︎ (私の)未来さんを傷付けるなんて‼︎ 断じて許せん‼︎ 来週に来る事がわかっているのなら、何か仕返しを---」

 「仕返しなら、未来さんも考えています。どうやら未来さんは、コーヒーの味で勝負するつもりなのでしょうね」

 呆れた様に笑いながら、勇気は梓の言葉を遮って言った。

 「それでこんなに……」

 「ええ……どうしたものでしょうか……」

 二人が会話をしているうちに、未来は淹れたコーヒーを別のサーバーに移し、新しいコーヒーを淹れている。エンドレス増えていくコーヒー達。勇気はコーヒーを見つめ、困った様にため息を吐いた。

 「ゼリーにしても何人分出来るでしょうね?」

 「私ひとり分です。何故なら私が残さず全て食べるから」

 「それに、コーヒーは練習だけで美味しくなるものではありませんから。そう伝えたいのですが……」

 梓の言葉はスルーして、未来を見つめる勇気。一心不乱にコーヒーを淹れる姿は、まるで鬼神の様だった。話しかける隙が全く無い。

 「私が……何とかしてみる……」

 生唾を飲み込み、覚悟を決めた顔で一歩前に進む梓。

 「大丈夫ですか? 下手をすれば火に油ですよ」

 勇気が心配そうな顔で梓に言う。梓は“ふっ”と鼻で笑いながら、勇気に言った。

 「大丈夫。私の言葉は(愛があるから)必ず伝わります‼︎」

 梓は、未来にゆっくりと近づき、腕を掴もうとしてゆっくりと手を伸ばす。

 「ねぇ、未来さ---」

 “チリンチリン”

 梓が話しかけようとしたその時、ドアベルが店内に響いた。勇気は玄関を見ると、そこには大きな袋を持った男性が立っていた。

 「あぁ、こんにちは‼︎ ご注文の品っす‼︎」

 そう言って男性は袋を持ち上げた。袋にはコーヒー豆のシールが貼られていた。

 「相田そうださん。ありがとうございます。無理なお願いを言って申し訳ございません」

 相田 明利そうだ あきとし。勇気がいつもコーヒー豆を仕入れる“相田そうだコーヒー店の店長。相田コーヒーのロゴが入ったTシャツに、ジーンズを合わせ、紺色のエプロンを締めている。

 未来が消費した分と、これから消費するであろう分を、事前に購入しておいたのだった。

 「いつもの所に置いておけば良いっすか?」

 「そうですね。お願いできますか?」

 明利は笑顔で勇気に一礼した後、厨房へと焙煎されたコーヒー豆を運ぶ。そして、あの惨状を目の当たりにし、思わず袋を落ちしてしまった。

 「な…何っすか…これ…」

 コーヒーをこよなく愛する明利にとって、信じられない光景だった。

 「あ、相田さん。てへぺろ」

 梓が舌を出して自分の頭を軽く叩く。コーヒーを愛し、コーヒーに生きる明利には、そんな事で許容できる事態では無かった。当然---

 「何なんっすか⁉︎ この状況は⁉︎」

 ---と、激昂した。

 「無駄遣いにも程があるっすよ‼︎ どれだけ無駄にしたんっすかひいらぎさん‼︎」

 「えっ…わ、私?」

 「柊さんじゃなきゃ誰がこんな事をするんっすか⁉︎」

 怒りの矛先を向けられ、あたふたしている梓の後ろで、申し訳なさそうにホワイトボードを掲げている未来の姿が、明彦の視界に入る。

 『ごめんなさい。私です』

 「あんたがこの惨状の犯人っすか⁉︎ 一体コーヒーに何の恨みがあってこんな事を仕出かしたんっすか⁉︎ コーヒーは生き物っすよ⁉︎ こんな事をしたら可哀想じゃ無いっすか⁉︎」

 激昂が治らない明彦の肩を、勇気が優しく叩く。明彦は勇気を睨む。

 「この前納品したばかりなのにおかしいと思ったっす。事情を説明してくれるんっすよね?」

 勇気は少し困った顔をしたが、すぐに笑顔になり一部始終を説明する。

 説明を聞いた明彦は、未来に対しての怒りは治まったが、今度は百合への怒りがふつふつと湧き上がって来た。

 「何なんっすか⁉︎ その女性は‼︎ コーヒーを残すなんて‼︎」

 「あ、そっちに怒るんだ……」

 梓が横槍を入れるも、怒り心頭に発する明彦の耳には届かなかった。

 「自分も先程頂きましたが、そこまでバカにされる様な味じゃ無かったっす‼︎ 本当にただの嫌がらせっす‼︎ 許せないっす‼︎ 未来さんって言いましたっけ⁉︎ 二人でその女性をギャフンと言わせましょう‼︎」

 明彦がそう提案し、未来は大きくうなづいた。そして、明彦が手を差し伸べ、未来が力強く握る。

 こうして、コーヒーの申し子の様な明彦と言う、強力な助っ人を味方につけた。

 「かくも恨みとは恐ろしいですね。本来なら止めるべきでしょうが、未来さんの為に僕も協力しますよ」

 そう言って勇気が二人の手の上に自分の手を乗せる。

 「わ、私も忘れないでよね‼︎」

 明彦と未来が握手する光景に目を背けていた梓だったが、勇気の参入に慌てて参加を表明する。

 後に、このチームはコーヒー業界に衝撃をもたらすのだが、今はまだ遠い先の話だった。
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