声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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四つ葉のクローバー ④

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 「唐突ですが、理解度を確認する為に少し質問をするっす。良いっすか? 未来さん」

 明彦の問いかけに、未来は力強く頷く。コーヒーのプロからの願っても無い申し出に、乗らない手は無いと未来は考えていた。

 「じゃあ質問行くっすよ。1つ目、コーヒを淹れるとき、注ぐお湯の温度は何度くらいっすか?」

 『80度くらい?』

 未来がホワイトボードに答えを書き、明彦に見せる。未来とは、以前明彦がコーヒー豆の納品をした際に面識がある。未来の声が出ない事を知っており、何の違和感もなく回答を読み、解説を述べる。

 「正解は、“80度から90度の間”っす。豆の種類や湿度、気温によって微妙に変化するっす。なので、今の季節だと90度くらいがベストっす」

 「へぇ~、そうだったんだ」

 「僕もそれは知りませんでした」

 梓と勇気が、明彦の解答に対して感心した反応を見せる。

 「いや、勇気さんには知っていて欲しかったっす」

 感心した二人とは打って変わり、明彦はがっかりした目線を勇気に向ける。その視線を受けた勇気は、恥ずかしそうに頭をかいた。

 「じゃあ次の質問行くっすよ?」

 「あー……ちょっと待って」

 梓が明彦の言葉を遮り、両手を上げた。未来は首を傾げて梓を見る。未来の視線に気が付いた梓は、恥ずかしいそうに目線を少し逸らした。照れた様子で頬をかきながら意見を口にする。

 「質疑応答よりもさ、実践形式の方が良いんじゃないかな? ほら、“百聞は一見に如かず”って言うし」

 それを聞いた明彦は、腕を組み、顎に手を当てて思案する。

 「なるほど。そこ方が早そうっすね。じゃあ自分が一度淹れるっす。それから説明するので、一度飲んで欲しいっす」

 ちょっと道具借りるっす。と、勇気に許可を取り、コーヒー豆をミルで砕く。ドリッパーに紙フィルターと砕いたコーヒー豆を入れ、軽くお湯を入れて蒸らす。その後、蒸らした際に抽出されたコーヒーを捨て、ドリッパーにお湯を注ぎ始めた。

 モコモコとコーヒー豆が膨れ上がり、芳醇で芳ばしい香りが店に充満する。3人分の抽出が完了したところで、コーヒーカップに注ぎ、それぞれに手渡した。

 「どうぞ、飲んで欲しいっす」

 未来、勇気、梓の3人は、カップを口に付けてコーヒーを口に含む。焙煎された豆の香りが口いっぱいに広がり、それでいて苦すぎず、程よい酸味が香りを引き立てる。3人が何よりも感動したのは、飲んだ後にも口の中に残る、コーヒーの残り香だった。

 「どうっすか?」

 「うっま……これ、本当にコーヒーなの? 幾重にも味が重なって、口の中にいつまでも広がり続ける。こんなの初めて飲んだ…」

 と、梓が感想を言う。勇気は少し複雑な顔をしながら、何やら考え込んでいた。

 「どうしたっすか?」

 明彦が勇気に尋ねる。

 「僕もコーヒーについては勉強したけれど、まだまだ奥が深いですね。その奥深さと、まだまだ勉強不足だと言う事実を目の当たりにして、正直嬉しいのか、悲しいのかがわかりません」

 「正直な感想ありがとうっす。未来さんは?」

 未来はホワイトボードに文字を書き、明彦達に見える様に掲げた。

 『美味しいです。私もこのような美味しいコーヒーを淹れたいです』

 「了解っす。一緒に勉強しましょう」

 明彦が笑顔で未来に言う。未来も明彦に笑いかけ、明彦が少し顔を赤くした。

 「はいはいはいはい‼︎ 私も一緒に勉強して良いでしょうか⁉︎」

 すかさず手をあげる梓。その表情には焦りの色が見えていた。なぜ焦っているのかと、未来は疑問に思い、不思議そうに首を傾げた。

 「もちろん良いっすよ。じゃあ今日は基本の淹れ方をレクチャーして、明日は俺の店に来て欲しいっす。時間帯はいつでも良いっすよ。柊さんは学校があるでしょうから、夕方からが良いっすかね?」

 明彦は2人に向かって、提案した。未来はコクコクと頷き、ホワイトボードを明彦に見せる。

 『よろしくお願いします』

 明彦は文字を読み、照れた様に“よろしくっす”と呟いた。

 「私も問題ないよ。じゃあ学校が終わったらお店に来るから、未来さんと一緒に行くね」

 「いや…別に未来さんだけ来てくれても良いっすよ?」

 明彦が何気無く言った言葉に、梓は声を低くして答える。

 「抜け駆け、ダメ、絶対」

 「わ、わかったっす」

 (この2人って、仲が良いように見えて、実はライバル関係なんっすかね?)

 明彦はそう思ったのだが、実際は?

 (将来の恋人である未来さんと、ワンチャン狙えるかと思っているに違いない。私がしっかり見張っておかないと)

 と、実に自分勝手な事を考えている梓。しかし、目的は違えど目標は同じ。

 “百合へ仕返しをする事”その点の認識にズレは無く、明彦はコーヒーの淹れ方について、1から10まで未来と梓の2人に説明をした。

 30分も練習しない内に、2人は目に見えて上達した。しかし、先程明彦が淹れたコーヒーには遠く及ばない。

 「うーん…何が違うんだろう…」

 梓は考え込みながら呟いた。その呟きに、未来はコクコクと頷いて自分も同意である事を表現する。

 「正直に言って、これで十分当店のコーヒーとして提供できますね。それでも満足できないのでしょう?」

 「当たり前じゃん‼︎ ねぇ⁉︎ 未来さん?」

 未来はコクコクと頷いた。その目には炎が宿っているかの如く、メラメラと燃え上がっていた。

 「明日から、更に美味しく淹れるコツを伝授して行くっす。覚悟して下さいっす」

 2人は頷き、その場は解散となった。

 勇気はサーバーに入っていた大量のコーヒーを使用し、コーヒーゼリーを作る。そのゼリーを味見した未来は、何かが違うが、一体何が違うのかが理解できない。

 未来は、その事をずっと考えている事と、カフェインを大量に摂取した事により、なかなか寝付く事が出来なかった。

 “ふぅ~”とため息を吐く未来。

 一週間後に来店する、百合への復讐心は、この時点でかなり薄れ、コーヒーへの興味へと心は移っていた。
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