声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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四つ葉のクローバー ⑤

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 翌日、未来は梓の到着を待ってから、2人は明彦の店へと向かった。“相田そうだコーヒー店”は、“水面みなもカフェ”からそう離れておらず、徒歩で10分の距離にある。未来は“相田コーヒー店”には行った事がなかったので、梓が道案内をしていた。

 時々吹く風に乗って、焙煎されているコーヒー豆の芳ばしい香りが未来に届く。未来は深く息を吸い込み、晴れやかな気分になった。

 「なんだか機嫌良いね」

 梓は未来の顔を覗き込み、嬉しそうに話しかける。

 「なんだか安心したよ。もっと落ち込んでいるんだと思ってた」

 未来は首を横に振って返事をする。今日の為に購入しておいたメモ帳と、ボールペンを取り出して文字を書いた。

 『昨日はごめんね』

 「良いよそんなの。気にしてないから」

 梓は満面の笑顔で答えた。梓も、未来と2人きりの状況で上機嫌だった。

 『実は、ちょっと百合さんには感謝してる』

 「えっ⁉︎ 何で⁉︎ めちゃくちゃ貶されたんでしょう⁉︎」

 『そうだけど』

 未来はしばらく立ち止まり、ノートに文字を書いた。

 『今までこんなに本気になれた事が無かったから、だから今楽しくて』

 そのノートを読んだ梓は、どこまでもポジティブな考え方が信じられないと言う様に、目を丸くして未来の顔を見た。

 未来は梓に向かってニッコリと微笑む。その破壊力満点の笑顔が梓の胸に突き刺さった。

 (可愛いよぉ~……抱きしめたいよぉ~…せめて手だけでも繋ぎたい‼︎)

 梓は狙いを定め、未来の左手へ飛びつく。その時、梓の目の前から未来の手が消えた。

 「ぎゃ‼︎‼︎」

 急に転ける梓に、未来は驚いて抱きかかえた。心配そうに梓の顔を覗き込む。

 「イタタタ……」

 だ、い、じ、よ、う、ぶ。未来の口がゆっくりとその言葉を形作る。それを見た梓は、少し泣きそうになりながら立ち上がった。

 「だ、大丈夫大丈夫‼︎ 全然平気‼︎」

 (ち、近かった……)

 顔を赤くしながら、梓は自分の服をはたき、土埃を落とす。未来は安心してホッとため息を吐いた。

 (もうちょっとだったけど…でもまぁいっか。お約束だし)

 土埃を全て落とし、梓は笑顔で未来に向き直った。

 「ありがとう。心配してくれて」

 未来も笑顔で首を横に振る。その後、未来は一軒のお店を指差した。

 “相田コーヒー店”

 梓と未来の目的地であり、これからコーヒーの事を学ぶ場所。梓が別の事に集中しているうちに、店の前に到着していた。

 「……めっちゃお約束じゃん」

 梓の呟きに、未来は首を傾げる。それを見た梓は、慌てて話題を変えた。

 「さ、さぁ~‼︎ 頑張って覚えるぞ~‼︎」

 叫びながら右手を空に突き出す。未来も口をO(オー)の形に開き、右手を空に突き出した。

 “カランカランカラン”

 ドアベルが篭った様な音を立てる。未来と梓は店内に入り、辺りを見渡した。

 密閉ケースに入れられ、所狭しと置かれているコーヒーの豆。どれも焙煎前で、白色だった。店内は全体的に木造で、歩く度に“ギシギシ”と軋む。コーヒーの香りが辺りに漂い、とても落ち着く空間だった。

 「おっ‼︎ 来たっすね‼︎」

 店の奥から明彦が出て来た。昨日と同じ制服に加え、帽子を被っていた。

 「明彦さん‼︎ お世話になります‼︎」

 梓は挨拶をした後、深くお辞儀をする。未来もニッコリと笑い、体の前に両手を添えてお辞儀をした。

 「そんなに畏まらなくても大丈夫っすよ‼︎ 気楽にくつろいで欲しいっす」

 未来の姿に顔を赤くした明彦は、天井を見上げながら恥ずかしそうに言った。

 店内には小さなテーブルがあり、ベンチ椅子が2脚置かれている。明彦は椅子に座る様に促した。

 「今日は何を教えてくれるの?」

 席に座った所で、梓が明彦に尋ねる。明彦は嬉しそうに笑い、小さな瓶に入った、焙煎前のコーヒー豆を数個並べた。

 「これ、何かわかるっすか?」

 瓶を1つ手に取り、2人に見せる。

 「えっと…コーヒー豆だけど…」

 未来も、梓の回答にコクコクと頷いて答えた。

 「そうっす。生のコーヒー豆っす。じゃあこれは?」

 明彦は違う瓶を手に取り、2人に見せた。

 「これも生のコーヒー豆」

 未来もコクコクと頷く。2つの瓶には違いは無く、中に入っている豆にも違いが無い様に見えた。

 「正解っす。じゃあこの子達を焙煎したコーヒーを淹れるっす。飲んでみて下さい」

 そう言って明彦は席を立ち、数分経過した後、小さなコーヒーカップに注がれたコーヒーを4つ持ってきた。カップの色は2種類あり、オレンジ色と、水色をしていた。

 「なにこれ⁉︎ このカップ可愛い‼︎」

 「あ、食いつく所はそこじゃないっす」

 明彦は冷静にツッコミを入れ、2つの瓶にそれぞれ「1」「2」と書いた。

 「んでは、このコーヒーを飲んで欲しいっす」

 明彦は2人の前にオレンジ色のカップを置く。梓と未来は、目の前に置かれたカップを手に取り、口に運んだ。

 「どうっすか?」

 「ん~ちょっと酸っぱいかも……」

 未来も同じ感想だったのか、コクコクと頷く。

 「OKっす。じゃあ次はこっちを飲んで欲しいっす」

 明彦は水色のカップを2人の前に置く。それを手に取り、2人は同時に口に入れた。

 「香りが強い感じがする。さっきのと違って酸っぱくないね」

 未来もコクコクと頷いた。

 「これらは違うコーヒー豆で淹れたコーヒーっす。オレンジが1の瓶、水色が2の瓶っす」

 「ん~、見た目変わんないけど味はこんなに違うのか~」

 梓は感心し、唸る様に言った。未来は目を丸くして驚いている。

 「そうっす。見た目は同じでも味は全然違うのが、コーヒーの面白い所っす。これらをブレンドして、自分好みのコーヒーを淹れる人も多いっすね。ちなみに、昨日納品したのが、“水面カフェ”ブレンドっす」

 「へぇ~…なんだか凄く奥が深いね」

 梓の言葉に、未来は鼻息を荒くして頷いた。

 「豆達の組み合わせは無限っす。100人いたらそれぞれの好みに合わせた100通りのブレンドをする事だって可能っす。でも豆達は自分の事は語れないっすからね。こっちから深く知って、豆達の魅力を引き出してあげるのが俺の仕事っす。なので、“百合”って人が来る6日後に向けて、俺がみっちりと豆の事について教えるっす‼︎」

 明彦が言い終わった後、未来は勢いよく立ち上がり、腰を90度に曲げてお辞儀をした。

 梓は驚いていたが、自分も立ち上がり、腰を90度に曲げ、声が出ない未来の言葉を代弁する様に言う。

 「よろしくお願いします‼︎」

 「“百合”って人を見返してやるっすよ‼︎」

 「「おー‼︎‼︎‼︎」」

 掛け声と共に手を上げる3人。コーヒーのプロである明彦の指導の下、2人のコーヒーレッスンが開始された。
 
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