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選定の儀1
しおりを挟む今日は新月。月の王の花嫁を決める、選定の儀が行われる日であった。
エレノアは気が重く、はあ、と息を吐く。
血を吸われたと言っても体調に違和感はなく、むしろ不思議なことに体が軽いほどであった。しかしそれとは裏腹に気だけは重い。
元々エレノアは人の集まる場所が好きではない。人が多ければ緊張するし、怖い。話すことも上手くない。むしろ何を話せばいいのかすら分からないのだ。表面だけでも取り繕うことすら出来ないエレノアに両親は呆れ果て、社交についてろくに教わっていない。
友人どころか知り合いすらおらず、社交もろくに出来ない不出来な娘だと詰られるのも仕方がないと分かっていた。
選定の儀は王城の庭園で行われる、夜のガーデンパーティーのようなものらしい。
外なので、灯りにたくさんのランプが灯され、庭園の花々を照らすのがとても美しく幻想的なのだと聞いたが、エレノアにはルカーシュがくれた花を押し花にして作った栞を眺めていた方が余程良かった。
エレノアはデコルデが大きく開かれた白いドレスを着用した。
選定の儀では、まるでウェディングドレスのような白のドレスを纏うのが決まりとなっている。月の王の花嫁を決めるからだそうだ。そしてデコルデが開いているのも、吸血鬼である月の王が血を吸いやすいように、である。
昨晩ルカーシュに血を吸われた首元を無意識に撫でる。そこにはほんの少し虫刺されに見える程度の痕だけが残っている。軽く白粉を叩けばほとんど見えないほどのものだ。だからデコルデの出るドレスでもおかしく思われることはないだろう。
エレノアは花嫁に選ばれないと前世の知識で知っていたが、ルカーシュ以外の吸血鬼に首筋を見せることすら嫌でエレノアの顔色はすぐれない。
せめて、と昨晩ルカーシュがくれた血赤珊瑚のペンダントを手袋の中に隠した。珊瑚もそれほど大きくなく、チェーンも細くて嵩はない。手袋の中で小石が入り込んだのに似たゴロッとした違和感はあるが、問題なく手袋に収まった。外から見ても何かを隠しているようには見えないだろう。
いつまでも体温に馴染まないその冷たさが、今だけはエレノアの味方であるような気がして、少しだけ安心した。
両親は自分達の新しい衣装を作らせるために服飾店の人間を呼んでいるようだった。ドレス姿のエレノアに顔を見せることすらしない。
エレノアは付き添いの兄と共に馬車で屋敷を出発した。
兄は不出来なエレノアとは対照的に勉学も剣の腕前も高く、早くから公爵である父の名代として仕事を任されていた。母のお気に入りであるのも当然であった。多忙な上に、年齢も一回り離れているためかあまり話したことはなく、食事時などにたまに顔を合わせても、冷たく素っ気ない言葉しかかけられたことがない。
エレノアは恐る恐る、向かいに座る兄の姿を上目遣いで見た。
外見だけなら男女の違いはあれども、多少は似たところがある。けれどもエレノアに比べて堂々とした佇まいで足を組んで座り、流れる景色に目を向けている兄は、エレノアとは大違いだった。
まるでエレノアがいないかのように悠然と足を組む兄の邪魔にならないように、エレノアはいっそう小さく縮こまった。
父も母も、エレノアが月の王の花嫁に選ばれると決まりきっているかのような対応であったが、エレノアはそうではないと知っている。
仮に前世の記憶がなかったとしても、エレノアのような性格では後の王妃になるなど不可能だとしか思えない。どう考えても向いていない。両親だっていつもエレノアを不出来だと言うのだ。誰だって不出来な人間が王妃になるのを良しとしないだろう。
今の内にせめてそのことを兄にだけは伝えた方が良いのではないかと思った。兄はエレノアに冷たく、いないように扱うが、彼には怒鳴られたり叩かれたことはない。少しくらいは耳を傾け、確かに王妃になどなれるはずがないと思ってもらう方が良いのではないか。
エレノアは意を決して兄へと話しかけた。
「あ、あの……お兄様……」
思いがけず声は小さく、掠れてはいたが、何とか兄へと声をかけることが出来た。
その兄はエレノアを驚いたように見た。エレノアから話しかけるようなことは今までなかったからだろう。もしかすると聞かれことを答える以外に会話が出来ないと思い込んでいたのかもしれない。
「……エレノア……今、私に声を掛けたのか?」
「は、はい……そうです。……あの、ご思案中ですよね……申し訳ありません」
「いや、驚いただけだ。何かあるのか」
「ええ……その、お父様とお母様は……私が月の王の花嫁に選ばれると思っていらっしゃるようで……」
「ああ、当然だろう。お前はバロウズ公爵家の娘なのだから」
何を今更、というように兄は眉を顰めて肩をすくめた。
「で、ですが……もしも選ばれなかったら、と。……私……どう考えても王妃には向いておりませんから……」
「確かにお前は王妃には向いていない。愚図だし、頭も良くない。だが、体が弱いことにでもして表に出さず、子供を産むのに専念すれば良いだろう。オズワルド様からもそう言われている」
「え……王太子の……?何故そのお名前が?」
兄は合点がいったように、可笑しそうに手で口を押さえた。
「ああ、お前、まさか本当に自分が選ばれなかったらどうしようと思っていたのか。馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは。選定の儀をやるからと言って、後々王妃になる人間を吸血鬼なんかに選ばせるはずはないだろう? こんなのはただのやらせだ。最初から、どこの家の令嬢が選ばれるかは決まっているのだから」
「決まって……最初から……?」
「少し考えれば分かるだろう。そこらの魔力量だけはあるような平民の娘を月の王の花嫁にしてどうする。血を提供するまではいいが、その後太陽の王たるオズワルド様と結婚し王妃になるというのに、平民なぞなんの役にも立たない。我がバロウズ家のような立派な家系でなくては、オズワルド様のお役に立てないだろうが」
エレノアは徐々に血の気が引いていくのを感じていた。手袋の中で珊瑚を握り締める手がどんどん冷えていく。
「オズワルド様に感謝してお仕えしなければな。血筋と顔以外はろくでもないお前のような馬鹿で不出来な娘をわざわざ貰ってくださるのだから。まあ、お前は世継ぎを生むための道具のようなものだ。役割を全うするために、これからも口答えをせず、はいとだけ言っておくがいい。いいな?」
「……はい……お兄様……」
エレノアは千々に乱れた心のまま、兄の望む通りにおとなしく返事をした。
胸の奥がズキズキと痛かった。
呼吸をするたびに、喉の辺りが詰まったように苦しい。知らず息が浅くなるのが分かった。
月の王の花嫁に選ばれたら、ルカーシュ以外の吸血鬼に血を吸わせることになり、その後太陽の王であるオズワルドと結婚することになる。
そのどちらも嫌だった。
逃げたいけれども馬車は動く牢獄のようにエレノアを閉じ込めたまま、スムーズに目的地まで運んでいくのだった。
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