神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる

甘梨鈴

文字の大きさ
126 / 129

第125話 侍女長代理

しおりを挟む








「エマ様が……ようやく、あの苦しみから放たれるのですね!」
 ナタリナが一番に望んでいたことが、叶えられた。
 もう他に望むことはない。
「あの、侍女殿? そこから救出を……」
「必要ありません」
「はっ?」
「エマ様の解放こそが私の望み。私がここで大人しくしていれば、侍女長も満足するでしょう」
「ですが……」
「閣下に伝言をお願い致します。主を救ってくださったこと、心より感謝いたします、と」
「はっ……」
「それから、ここへ残るのは私自身の意思です。どうか、貴方の任務に瑕があったなどと誤解されませぬよう」
 ナタリナは穏やかに微笑んだ。
「……心得ました。感謝いたします、侍女殿」
 若い男は、安堵の息を洩らす。
 そして、足音も立てず去って行った。



 + + +



 翌朝。早朝の時間帯にも関わらず、琥珀の館はいつになく張り詰めた空気が漂っていた。
 王太子が、直々に足を運んだのだ。
 広間に呼び集められたのは、残っている侍女たちと上級メイド、そして懲罰房に入れられてたはずのナタリナだった。
 昨夜の夜会に、手伝いと称して参加した侍女長と取り巻き侍女たちは、まだ戻っていない。
 王太子は彼女たちの前に立ち、険しい顔で告げた。
「昨夜、レオナールが不祥事を起こした。帝国の客人に対して無礼を働いたこと、到底看過できぬ」
 その声音は冷ややかで、誰も口を挟めない。
「よって、当人には謹慎を命じる。……しばらくは表に出ることも許さぬ」
 ざわめく空気の中、王太子は淡々と続けた。
「侍女長は、元々レオナールの乳母であるため、謹慎中の世話を任せることにした」
 おそらく、取り巻きの侍女達も、侍女長と共にいるのだろう。
 琥珀の館で権力を振るっていた者達が不在になると知り、残された侍女たちは不安げに顔を見合わせた。
 王太子は彼女達の様子を眺めながら、ナタリナを呼ぶ。
「ナタリナ」
「はい、王太子殿下」
 ナタリナは裾を払って一歩進み出ると、膝を折った。
「聖樹の身の回りを世話できるのは、聖花女のみと聞く。エマヌエーレの聖花女は、そなたの他にいるのか」
「いえ。私ひとりでございます」
 ナタリナは深く頭を垂れ、恭しく答えた。
 ダリウの眉がわずかに寄る。
 聖樹の世話をする聖花女が一人のみなどと、通常はあり得ない。
 平民だったエマには後ろ盾がないが、仮にも王族の婚約者だ。本来ならレオナールがイーリス大神殿へ願い出て、新しい聖花女をエマにつけるのが当然である。
 それを怠っている……否、わざと新しい聖花女をつけなかったのだろう。
 聖樹に対し、あまりに不敬であり、レオナールがいかに王子として無能かを晒す形になった。
 ダリウは小さく息を吐いた。
「聖花女ナタリナ。そなたは侍女長を除き、この館で最も位の高い侍女である。よって、侍女長が不在の間は、代理として、そなたに侍女長の権限を授ける。聖樹エマヌエーレが健やかに過ごせるよう努めよ」
「はっ……恐れ多きお言葉、謹んでお受けいたします」
 ナタリナは深く一礼した。
 その後ろで、侍女達が息を呑む。
 王太子はそれ以上何も言わず、従者を従えて踵を返した。
 扉が閉まると同時に、室内の空気が変わる。誰もが言葉を失ったまま、ナタリナを見つめていた。
 ナタリナは彼女たちを一瞥して、はっきりと告げる。
「聞いての通り、たった今より、私が侍女長代理となります。私に従えぬという者は、いますぐ荷物をまとめて出て行きなさい。その旨は、王太子殿下に私から申し上げておきます」
 冷淡な口調に、侍女たちは怯えながら互いの顔を探り合う。
 残っているのは、もともと侍女長や取り巻きの指示で動いていた者ばかりだ。
 侍女長に義理立てして、館を出て行くほどの忠誠心はない。とりあえず残っておけば、いつか侍女長が帰ってきてまた元通りになる。そんな目論みもあるのだろう。
 だが、ナタリナは、そんな腹づもりでいる者を野放しにするつもりはない。
「申し添えておきます。私の指示に背く者、あるいは聖樹エマヌエーレ様に不敬を働く者は、例外なく処罰いたします。辞めるのなら、今が最後の機会ですわ」
 にっこりと笑顔を浮かべて、その場にいる侍女と上級メイドを見渡した。
 もちろん、その瞳はちっとも笑っていない。
 結局、数人の侍女は、侍女長とナタリナの板挟みに耐えられないと判断し、自ら館を去ると申し出た。
 残った侍女の一人が、おそるおそる尋ねる。
「ナタリナ様。……聖樹様は、こちらのお部屋へお移りになるのでしょうか?」
 その問いに、場の空気がぴんと張りつめる。
 皆、息を潜めてナタリナの返答を待っていた。
 エマはこの館に来た当初から、離れに追いやられていた。そのため、エマの姿をまともに見たことがない侍女も多いのだ。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

処理中です...