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第125話 侍女長代理
しおりを挟む「エマ様が……ようやく、あの苦しみから放たれるのですね!」
ナタリナが一番に望んでいたことが、叶えられた。
もう他に望むことはない。
「あの、侍女殿? そこから救出を……」
「必要ありません」
「はっ?」
「エマ様の解放こそが私の望み。私がここで大人しくしていれば、侍女長も満足するでしょう」
「ですが……」
「閣下に伝言をお願い致します。主を救ってくださったこと、心より感謝いたします、と」
「はっ……」
「それから、ここへ残るのは私自身の意思です。どうか、貴方の任務に瑕があったなどと誤解されませぬよう」
ナタリナは穏やかに微笑んだ。
「……心得ました。感謝いたします、侍女殿」
若い男は、安堵の息を洩らす。
そして、足音も立てず去って行った。
+ + +
翌朝。早朝の時間帯にも関わらず、琥珀の館はいつになく張り詰めた空気が漂っていた。
王太子が、直々に足を運んだのだ。
広間に呼び集められたのは、残っている侍女たちと上級メイド、そして懲罰房に入れられてたはずのナタリナだった。
昨夜の夜会に、手伝いと称して参加した侍女長と取り巻き侍女たちは、まだ戻っていない。
王太子は彼女たちの前に立ち、険しい顔で告げた。
「昨夜、レオナールが不祥事を起こした。帝国の客人に対して無礼を働いたこと、到底看過できぬ」
その声音は冷ややかで、誰も口を挟めない。
「よって、当人には謹慎を命じる。……しばらくは表に出ることも許さぬ」
ざわめく空気の中、王太子は淡々と続けた。
「侍女長は、元々レオナールの乳母であるため、謹慎中の世話を任せることにした」
おそらく、取り巻きの侍女達も、侍女長と共にいるのだろう。
琥珀の館で権力を振るっていた者達が不在になると知り、残された侍女たちは不安げに顔を見合わせた。
王太子は彼女達の様子を眺めながら、ナタリナを呼ぶ。
「ナタリナ」
「はい、王太子殿下」
ナタリナは裾を払って一歩進み出ると、膝を折った。
「聖樹の身の回りを世話できるのは、聖花女のみと聞く。エマヌエーレの聖花女は、そなたの他にいるのか」
「いえ。私ひとりでございます」
ナタリナは深く頭を垂れ、恭しく答えた。
ダリウの眉がわずかに寄る。
聖樹の世話をする聖花女が一人のみなどと、通常はあり得ない。
平民だったエマには後ろ盾がないが、仮にも王族の婚約者だ。本来ならレオナールがイーリス大神殿へ願い出て、新しい聖花女をエマにつけるのが当然である。
それを怠っている……否、わざと新しい聖花女をつけなかったのだろう。
聖樹に対し、あまりに不敬であり、レオナールがいかに王子として無能かを晒す形になった。
ダリウは小さく息を吐いた。
「聖花女ナタリナ。そなたは侍女長を除き、この館で最も位の高い侍女である。よって、侍女長が不在の間は、代理として、そなたに侍女長の権限を授ける。聖樹エマヌエーレが健やかに過ごせるよう努めよ」
「はっ……恐れ多きお言葉、謹んでお受けいたします」
ナタリナは深く一礼した。
その後ろで、侍女達が息を呑む。
王太子はそれ以上何も言わず、従者を従えて踵を返した。
扉が閉まると同時に、室内の空気が変わる。誰もが言葉を失ったまま、ナタリナを見つめていた。
ナタリナは彼女たちを一瞥して、はっきりと告げる。
「聞いての通り、たった今より、私が侍女長代理となります。私に従えぬという者は、いますぐ荷物をまとめて出て行きなさい。その旨は、王太子殿下に私から申し上げておきます」
冷淡な口調に、侍女たちは怯えながら互いの顔を探り合う。
残っているのは、もともと侍女長や取り巻きの指示で動いていた者ばかりだ。
侍女長に義理立てして、館を出て行くほどの忠誠心はない。とりあえず残っておけば、いつか侍女長が帰ってきてまた元通りになる。そんな目論みもあるのだろう。
だが、ナタリナは、そんな腹づもりでいる者を野放しにするつもりはない。
「申し添えておきます。私の指示に背く者、あるいは聖樹エマヌエーレ様に不敬を働く者は、例外なく処罰いたします。辞めるのなら、今が最後の機会ですわ」
にっこりと笑顔を浮かべて、その場にいる侍女と上級メイドを見渡した。
もちろん、その瞳はちっとも笑っていない。
結局、数人の侍女は、侍女長とナタリナの板挟みに耐えられないと判断し、自ら館を去ると申し出た。
残った侍女の一人が、おそるおそる尋ねる。
「ナタリナ様。……聖樹様は、こちらのお部屋へお移りになるのでしょうか?」
その問いに、場の空気がぴんと張りつめる。
皆、息を潜めてナタリナの返答を待っていた。
エマはこの館に来た当初から、離れに追いやられていた。そのため、エマの姿をまともに見たことがない侍女も多いのだ。
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