EchidnaProjectⅠ-ラミアの眼

ukon osumi

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第四話「反応」

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 道場の空気が、変わってきた。
 少なくとも、美沙はそう感じていた。
 日曜午前。自主稽古に集まった子供たちは、小学低学年を中心に十人足らず。いつもと変わらぬ顔ぶれ、挨拶、始まり方。
 けれど――動きに、音に、間合いに、何かがある。
 「礼!」
 号令とともに子供たちは一斉に頭を下げた。ぴたりと揃った動作に、美沙の眼が細くなる。
 映像をトレースしたかのような一致。背筋の伸び、首の角度、膝の折れ、手の位置――型の正確さでは説明できない“同調”だった。
 特に、蓮と両隣の涼太、あかり。三面鏡のようだ。
 美沙は正面に立ち、微細な動きを観察した。
 ただの偶然、成長の証、教えが染みついた結果――そう思おうとしても、“何か”が三人の間に流れているのを感じた。
 合図でも言葉でもない、“共有された認識”のようなもの。
 「基本一本! 構えて!」
 号令に子供たちはいっせいに姿勢を取る。左右の足幅、膝の曲げ方、拳の高さまでぴたりと揃う。
 美沙は前に出た。中心の三人――蓮、涼太、あかり――だけが、自然と一歩前へ出ていた。言葉もなく、示し合わせたわけでもないのに。
 「構えたまま、気を緩めないで」
 返事はない。いつもより深く、重い沈黙。まるで三人のあいだで呼吸が共有されている。
 稽古場の空気が個ではなく、“集団の塊”として固まっていく感覚。
 「始め!」
 型が始まる。上段突き、下段払い、前蹴り。動きは正確で乱れがない。全員が中心から合図を受けているかのように。
 特に三人。足の角度、腕の振り、音まで一致している。
 (ここまで揃う?)
 美沙は腕を組み、見つめた。まだ八歳前後。筋力も違うはずなのに一拍も狂わない。呼吸すら同じに見える。
 後列もそれに引きずられ、三人の中心から無意識に指令を受けているかのようだった。
 だが三人の顔には感情がない。喜びも集中もなく、ただ静かに“型”をなぞる。
 「――止め!」
 子供たちは一斉に止まり正面を向く。蓮、涼太、あかりの目線が同じ角度で前を見ていた。焦点まで一致しているように見えた。
 (なに、これ……)
 静けさが不自然だった。音はあるのに、三人だけが異質。
 まるで“動いている”のではなく“動かされている”。
 「休め。水分取って」
 声をかけ、美沙は目を逸らす。壁際へ歩き、子供たちの水を飲む音を聞く。
 それでも蓮の視線だけが残っていた。
 振り返ると、やはりこちらを見ている。何かを言うでもなく、ただ“見ている”。
 そのまなざしが、美沙の中に“反応”を残した。説明できないが、確かに内部に触れてきた。
 更衣室の扉を閉めても、背中のざわつきは消えなかった。
 子供たちは静かで整然としている。稽古の後とは思えぬ落ち着きが、かえって不気味だった。
 「先生、今日もありがとうございました」
 ロビーの母親たちの声。あかりの母、涼太の母。いつも明るい二人が、今日は視線を合わせてこない。
 「最近すごく揃ってきましたよねぇ。涼太なんて前はあんなに足がもたついてたのに」
 「うちの子も。蓮くんと一緒にいると落ち着くみたいで。言葉は少なくなったけど安心してるんです」
 「静かになって助かってます」
 声は明るいが、どこか無理があった。
 「……家でもよく一緒に遊ぶんですか?」
 「ええ。でも最近はペットの話ばかりですね」
 「ペット?」
 「白くて音を立てない子。名前……しろ」
 「蓮くんの“しろ”と同じ種類だって」
 「うちも買わされたんですよ。匂いもしないし静かで、おとなしくて」
 ――まさか。
 あかりも涼太も、エキドナを飼っていた。
 「道場にも連れてきてるの?」
 問いに二人は笑う。
 「まさか。道場は無理でしょ」
 「でも子供たち、こっそり連れてきてたりしてね」
 笑い声の奥に、違う空気があった。
 (本当に、連れてきてない?)
 靴箱脇のバッグ三つが膨らんで見えた。
 美沙は近づく。メッシュの切れ目の奥、冷たい圧のような気配。
 「蓮の“しろ”と同じの?」
 背後から声がした。
 「うん。あかりちゃんの子。こっちは涼太くんの」
 振り向くと蓮が立っていた。汗もなく、穏やかな顔。
 「……みんな、いるんだ」
 柔らかな声。嬉しさではなく、当然という響き。
 (当然……って?)
 三人の動きと目線、空気の重なり。それが偶然でないなら――。
 「蓮。稽古、どうだった?」
 「ふつう、だったよ」
 「なにか考えてること、ある?」
 「ううん」
 嘘ではない。だが真実も含まれていない。“何もない”ことが、すでに“何か”を意味していた。
 背後のバッグが、わずかに揺れた気がした。視線を戻すと、蓮の姿はもうなかった。
 道場を出ると、夕方の光が街路を斜めに照らしていた。
 秋の空気は乾いている。風が稽古後の熱を冷ます。
 だが、美沙の胸は重い。
 蓮、涼太、あかりの三人は並んで歩いていた。親に迎えられるでもなく、自然と列をつくる。
 ――足音が、同じ。
 一つの足音が三重に響く。スニーカーのテンポ、歩幅、膝の高さ。すべて機械的に揃う。
 軽やかなはずなのに平坦で、体重を感じさせない“軽さ”。
 (ずれてない……)
 呼吸を止め、耳を澄ます。音はひとつの型にしか聞こえない。
 美沙は歩調を早め、斜め後ろに追いついた。
 三人は気づかず、真っ直ぐ前を見て歩く。表情はない。
 誰も話していないのに、会話を済ませた空気。
 言葉を介さず、意志が届いている。
 「……今日の稽古、楽しかった?」
 蓮に声をかけると、三人同時に止まった。
 「うん」
 同時に涼太とあかりも頷く。
 (……同時?)
 二人の反応が蓮とまったく一致していた。
 視線を足元へ。三人のリュックから小さなキャリーバッグ。白く丸い毛の球体――エキドナ。
 蓮の“しろ”と同じ。
 美沙が近づくと、中で何かが動く。毛は揺れず、声もない。ただ視線が合った気がした。青白い反射。
 次の瞬間、三人が同時に振り返る。角度も動きも同じ。
 「なに?」
 蓮が言った。それは問いではなく“見られていること”への反応。
 「……ううん。なんでもない」
 (いま、確かに――ペットが、こっちを見た)
 感覚は一瞬で、無音だった。
 三人は何もなかったように歩き出す。背中の高さ、肩の揺れ、靴の音――完全に“同一”。
 その足元で、小さな白いペットたちが、静かに息を揃えていた。
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