EchidnaProjectⅠ-ラミアの眼

ukon osumi

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第十三話「無言の夜」

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  週明けの月曜日。道場には、あかりと涼太が早めに到着していた。
 「おはようございます、美沙先生」
 二人が同時に言った。発音も声の調子も、驚くほど似ていた。
 美沙は、咄嗟に返事が遅れてしまった。挨拶が揃うことなど、これまで何度もあった。けれど今日のそれは、音としての一致ではなく、“重なり方”が異質だった。
 「……おはよう」
 言葉を返しながら、美沙は二人の動きに注視した。あかりが水筒を出す動きと、涼太が道着の帯を締める手のリズム。それぞれ違う行動のはずなのに、微細なタイミングが、ぴたりと重なっていた。
 この二人は普段から仲がいい。それでも、ここまで動きが同調していたことがあっただろうか。
 しかも、蓮が来なくなってからだ。
 
 その日の稽古は、静かだった。いや、不自然なほど、整っていた。
 いつもなら、子供たちは小さな掛け声を交わしながら動く。型の途中で笑いが起きたり、注意されて顔をしかめたり。それが“生きている教室”のはずだった。
 だがこの日、美沙の前に並んだ四人の子供たちは、一拍ごとの動作に、ほとんどズレがなかった。
 左手を伸ばす角度、右足の踏み込みの速さ。個人差が消えていた。まるで見えない指揮者がいて、全員が同じ譜面で動いているかのように。
 「はい、いったん止まって」
 美沙が声をかけると、全員の身体が、同時に止まった。
 音が消えた。空間が沈んだような静けさの中、美沙は自分の鼓動を聞いていた。
 「ちょっと休憩にしましょう。水分とって」
 子供たちが整列を解き、給水ボトルの方へ向かう。その足音までもが、どこか足並みを揃えているように響いた。
 
 稽古後の掃除を見届けてから、美沙はスマートフォンを手に取った。
 燈子から連絡があったのは、ちょうどその日の正午だった。
 《今、少し話せる?》とだけ書かれたメッセージ。
 こちらから折り返すと、燈子の声がすぐに応答した。
 「ありがとう。今ね、ちょっと面白いというか……少し気味の悪い話があって」
 「あのペット、“エキドナ”のこと?」
 「そう。実は、知人の研究者に例の行動データを送ってみたの。蓮くんの動きとエキドナの反応性、録画してたよね」
 美沙は一瞬、録画?と首をかしげかけたが、思い出した。燈子が以前、家に来たとき、何気なく自分のスマホで短い動画を撮っていた。
「それを解析した研究者が言うには、“動物”としての神経伝達じゃない反応があるって。つまりね――」
 言葉を置くようにして、燈子は続けた。
「感情の共鳴信号を、別個体へ中継してる可能性がある。つまり、蓮くんの気分や視線の情報が、他のエキドナ個体へ、伝播してるかもしれないって」
「……そんなの、どうやって?」
「仕組みはまだわからない。でも、信号として捉えるなら、音でも光でもなく、“反応の型”が伝わってるように見える。たとえば……音叉を鳴らしたら、離れた別の音叉が震える、あれに近いって」
「……共鳴」
「そう。まるで“エキドナたちの会議”みたいに、同じ感情を共有してる。それも、誰かを中心にして、波紋のように広がっている可能性がある」
「それとね、もうひとつ気になることを言ってた」
「その個体……つまりエキドナだけど、“他のペットと共存する意志がないように見える」って」
「共存……?」
「うん。普通、愛玩動物って、ある程度の社会性とか、相性ってあるでしょ。犬と猫とか。だけどエキドナは、そもそも相手を認識しようとしないんだって。他の動物に無関心というより、“同じ空間に存在することを許さない”みたいな動きが出る」
「攻撃するってこと?」
「物理的な攻撃じゃなくて、距離を詰めていくの。無言で、執拗に。
 相手の行動範囲を奪うみたいに。結果的に、他のペットが自発的に離れていく。
 でね、それが“縄張り”とは違う。あれはたぶん……干渉の遮断。」
「遮断……?」
「他の感情、他の信号が混ざらないようにしてるんだと思う。
 その子だけの“純粋な共鳴”を保つために。」
 美沙は、その言葉をそのまま頭の中で反芻した。
 ペット同士が、感情を、行動を、視線の動きを、中継し合っている。
 それがもし本当なら――その中心に、蓮がいるのだとしたら。
 スマホを持つ指先が、微かに冷えていく。誰もいない道場の中で、あの子たちの目が並んでこちらを見た光景が、脳裏に焼きついたまま離れない。
 あれは――偶然ではなかった。
 誰かが、“視線”を使って、動かしていた。
「それと……最近の挙動について、あの研究者がもう一つ奇妙なことを指摘してた」
 美沙は思わず、受話器を握る手に力を込めた。
「視線の流れと、反応の出方に、ちょっと変則的なパターンがあるの。エキドナが“見て”反応してるように見える場面のいくつかが、**実は“見てから反応する”んじゃなく、“反応してから視線が動いてる”**ように映ってたらしい」
「それって……順序が逆ってこと?」
「そう。“視る”よりも先に、“何かに応じて動いている”感じ。つまりね……視線が原因じゃなくて、視線が媒体になってる可能性が高いってこと」
 言葉が、美沙の頭にゆっくりと沈み込んでいく。
 媒体――通過するもの。誰かの目ではなく、何かが通っていく“通路”。
「今の都市の構造そのものが、それに使われてるかもしれない」
「都市が……視線の媒体?」
「ええ。ある種のネットワークみたいに、“見る”という行為を介して、反応や記憶が渡されていく。感情や意識が、その流れに組み込まれていく形で」
 都市を歩く人々の目線。その交錯。その重なり。
 信号。駅のホーム。横断歩道。商業ビルのアーケード。
 あらゆる“視線の交差点”が、情報の中継地に変わっている――そんなイメージが浮かび、美沙は身震いした。
「燈子、それって……都市全体が、何かの“媒体”になってるってこと?」
 そう問いかけたとき、電話の向こうでしばし沈黙があった。
「……たぶん、そう。**視線を“発信”してるんじゃない。受け取って、通して、繋げてる。**この都市そのものが、誰かの目のように動いているとしたら……」
「誰か、じゃない」
 美沙は、目を閉じてつぶやいた。
「それは――“何か”よ」
 
 ――硬質な破裂音が、遠くから響いた。
 窓の外、空気の流れが変わったように感じた。風ではない。都市そのものが、一瞬だけ振動したような錯覚。
 続いて、ざわめき。誰かの叫び声。遠くで金属が軋むような音が重なっていく。
 美沙は即座に道着の上からジャンパーを羽織り、玄関を出た。
 感覚が先に動いていた。
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