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第十五話「響く足音」
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商店街から駅前への帰り道、午後四時をまわっても陽の傾きは鈍かった。季節外れの蒸気が地面に滲み、風もない。夕方の光が街路のアスファルトに染み込んだまま、どこにも抜けていかないような重さがある。
神原美沙は、スーパーのレジ袋を片手に持ち、もう片方の手でペットボトルの水を支えながら、駅ビル裏手の細道を通っていた。正面玄関を使わず、少しでも早く自宅方面へ抜けるため、地元の人間なら誰もが使っている近道だった。
だが、今その道を通る者はいなかった。
狭い路地の入口に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。遠くから聞こえていた喧騒が、唐突に“膜”のようなものに遮られたように、ふっと消える。
――静かすぎる。
背筋に走る感覚は、冷気ではなく“圧”。誰かに見られているような、あるいは見られることを期待されているような、ねじれた気配だった。
歩を進める。ビルと駐輪場の間を抜けた先に、異様な光景があった。
前方の八百屋の前、並べられた発泡スチロールの箱が、バラバラに崩れている。中身の果物が路上に散らばり、ガラスの破片が光を反射している。店先の簡易棚は傾き、片側が壁にめり込むように潰れていた。
そしてその棚の傍――一瞬、何かが“動いた”。
反射的に立ち止まった。視界の端、黒い影がひとつ、壁際をすべるように走る。
それは、“背中”のようだった。けれど、はっきりと人の姿ではなかった。
「……誰?」
声を出しても応答はない。だが、確かに見た。人間よりやや小柄で、影のように輪郭が揺れていた。服装も髪も認識できない。ただ、影だけが生き物のように動いていた。
美沙は歩を進めた。拳は自然に力が入っていた。道場で培った“構え”の感覚が、条件反射のように身体に浮かぶ。
棚の裏手、壁と壁のすき間をのぞく。そこにはもう誰もいない。ただ、壁に小さな蹴り痕のようなものが複数、残っていた。
「本当に……人なの?」
口をついて出たその言葉に、自分自身が答えられない。
破壊された棚の横、壁に残された足跡の間隔が妙に均等だった。まるで、何かに“教えられた通りに”動いたような正確さ。
ふと、背後から足音が迫った。
振り返ると、自転車に乗った女性が、何かに気を取られたまま、急にバランスを崩して転倒した。手には工具箱。路面に散らばったドライバーやスパナが金属音を立てて響いた。
「大丈夫ですか!?」
美沙が駆け寄ろうとしたその瞬間、さらに奥の通りから、複数の人影が走り去っていくのが見えた。
逃げるというより、散らばるような動き。
女性は左腕を押さえ、顔をしかめていた。顔が赤く腫れており、ジャケットの袖が破れ、肘のあたりが赤く染まっている。
「すぐに救急車を……」
美沙がスマートフォンを取り出しかけたとき、後方の通りから警察官の制服が走ってくるのが見えた。どうやらすでに通報は入っていたらしい。
現場に近づいてきた警官に、美沙は即座に声をかける。
「こちらに倒れている方が。たぶん、暴行です。……誰かに、殴られたような……」
警官の顔に緊張が走る。すぐに無線で何かを告げ、もう一人の警官が女性のもとへ駆け寄っていく。
周囲の人通りが次第に増え始めていた。だが、その誰もが言葉を発さない。不思議なほどに、声が消えている。
破壊された工具箱。曲がった自転車の前輪。果物の潰れた匂いと、足跡の跡。
美沙の意識は、それらすべてを順に“記録するように”読み取っていた。
――これは、偶然じゃない。
足跡。破壊のパターン。移動の速さと軌跡。どれもが、整っていた。訓練されたような、けれど型にはまらない“奇妙な正確さ”。
それは、何かを“模倣”しているようだった。
誰かの動き。誰かの攻撃。あるいは――誰かの、怒り。
美沙は拳を握り、深く吸い込んだ息を、ゆっくりと吐いた。恐れることを、拒むように。
ニュースサイトの更新通知が止まらない。
久世燈子は、ブックマークしていた地域情報アプリを再読込みしながら、スクリーンに並ぶタイトルの数に眉をひそめた。
《またも駅前通りで器物損壊》
《小学校近隣にて未明の破壊行為》
《市内複数箇所、監視映像に“識別不能な影”》
目を通すだけで呼吸が浅くなるような報せの羅列だった。ひとつひとつは短く、速報にすぎない。だが、そこに共通しているのは「詳細不明」「容疑者未発見」「映像に不具合」といった、曖昧な“終わり方”ばかりだ。
誰が、なぜ。目的も、方法も、どれも曖昧なまま事件は次々に起きている。
何かが、意図的に“見えなく”されている。そんな錯覚では片づけられない規模になりつつある。日常に食い込んできた異常。通報者たちは皆、共通してこう口にしているのだという。
「姿が……見えなかった」
燈子は手元の地図をにらみながら、ゆっくりと立ち上がった。机の上にはすでに複数の書き込み済みのフロアマップ。被害地点、時間帯、目撃者の供述と、それぞれの距離と角度。手でなぞるようにして繋ぎ合わせると、地図の中に、曖昧な“空白の道”が浮かび上がってくる。
それは、物理的な道路や施設の配置とは別の、“何かのために空けられた導線”のようにも見えた。
「繰り返し、同じ場所を通ってる……?」
声に出すと、それが確かな輪郭を持ち始めた。被害の多くは、既存の生活動線上に重なる一方で、奇妙に偏った集中線を描いていた。学校、駅前通り、商業モールの裏手、再開発予定の公会堂跡地周辺。そして――
「住宅地の中を抜けて、次に向かうなら……」
指でなぞっていった先にあるのは、神原家の道場がある一帯だった。
言葉を呑んだ。地図の上では、誰の暮らしも平等に一枚の紙の中に収まる。だが今、そこに“都市の意志”のような歪みが走っていた。
都市の配置そのものが、何かを“呼び込む”形になっている。
いや、違う。呼び込むのではない。流れ込んでくるのを、通すための構造。建築、区画、導線、更新されていく都市設計。それらすべてが、“何かの意思”を運ぶ媒体として、作用してしまっている。
燈子は書棚から古い民俗誌を取り出した。自らが以前まとめた論文用の資料。都市の儀礼構造、記憶の断層が物理空間にどう残るか。そこに、ひとつの図式があった。
――集団母性の物理的布置。
読み返すまでもなく、記憶の奥底に刻まれていた言葉が浮かび上がる。
“群体の祈りは、やがて形を持ち、物理的な構造に染み込む。子供たちが触れる風景に、その名残は発現する”
誰かの祈りが都市を通って染み出し、都市そのものが“祈りの形”に変わる。今、燈子の前に広がる地図の上では、それが現実として進行していた。
そこへ、端末の画面にメッセージが届いた。坂東からだ。
《確認できた。今朝だけで7件、昨日から合わせて12件。同一時間帯に、同じような痕跡。防犯映像はやはり“映らない”か“ノイズ”のみ。犯人像なし。》
さらに数秒後、添付ファイルが届く。坂東が独自にまとめた、被害地のマップと詳細なログだった。
燈子は即座にダウンロードし、PCで開いた。
拡大された市街図の上には、赤いマーキングが並んでいた。その密度に、思わず息を呑む。
「……もう、点じゃない」
それは“面”になりつつあった。孤立した暴徒の発生ではない。一定のリズムと、圧力と、範囲を伴って、“都市そのもの”を巻き込むように広がっている。
まるで何かが地中を這い回りながら、次々に“芽”を出しているかのようだった。
坂東は、現時点での最後の報告書ファイルをプリンタに送信すると、深く背もたれにもたれた。事務所の時計は、午後八時を回っていた。
蛍光灯の明滅が耳に染みる。床にはコピー用紙が何枚も散らばり、机上には付箋だらけの手書き地図と、該当地点をプロットしたマップソフトの画面が重なっていた。
「……止まらないな、ほんとに」
ぼそりとこぼれた独り言に、自分で応える者はいない。
発生地点は、すでに20件を超えていた。それぞれの通報時刻は、数分単位で重なり、地域は中央から放射状に広がる。重なり方が均一ではない。いくつかの“角度”を持つように、一定の範囲を何かが選び取るように動いていた。
「これは……ただの騒動じゃない」
そう認めざるを得ない。最初はガラス破壊や落書き、悪質な愉快犯と見られていたが、すでにけが人も出ていた。しかも、誰ひとりとして“犯人の顔”を見た者はいない。目撃者がいても、「見えなかった」と言い、映像はノイズか白飛びしている。
“影”だけが映る。どこも、例外なく。
プリンタが唸りながら紙を吐き出す。坂東は立ち上がり、それを取って読み込む。暴徒発生地点の地図に、時系列の番号を重ねたものだ。
1、2、3、4……13、14、15。
「おかしいだろ、これ……」
発生した時間帯、地域、道路の配置。どれもがまるで“都市の構造”に沿って発生しているかのようだった。
誰かが地図をなぞりながら、順番に破壊の“点”を打っている。だが、問題はその“誰か”が見えないということだ。
見えない。映らない。言葉が交わせない。
それなのに――確実に存在する。
坂東は報告ファイルを美沙と燈子に送る準備をしながら、画面を凝視した。次に、どこがやられるか。それがわかりそうで、わからない。
なぜなら、そこには“論理”がないのだ。感情や目的によって動いているのではない。どこかから指示が出ているわけでもない。
けれど、すべての動きはどこか似ている。速度、軌跡、破壊の形。
まるで――模倣しているようだった。
その言葉が、頭の中に染みるように広がる。
「誰かの真似をしてる……?」
誰の? 何を?
次の瞬間、画面上の地図でいくつかの地点に“重なり”があることに気づいた。公園、通学路、そして――保育施設の裏口。いずれも、小学生以下の子どもが日常的に利用するルートだった。
さらに、複数の現場で「ペット用の器具が落ちていた」という報告が重なっていた。ケージの留め具、毛布の切れ端、形状の一致しない“おもちゃのようなもの”。
坂東は背筋を伸ばし、すぐにデータベースでそれらの物品の出所を再照合する。
「全部……あの“ラミア”の店で売っていたものだ」
思わずつぶやく。
「メゾン・ラミア。再開発エリアの、あの妙に“地図に残らない”店舗……」
何かがそこを起点に、拡がっている。
都市を通って。通学路を通って。保育所や学童を経由して。
誰かが意図したのではない。だが、“仕組みとしてそうなってしまう”ように――構造自体が作り替えられている。
坂東は椅子に深く座り直すと、改めて資料をまとめて送信する準備を始めた。ファイル名をつける。
「……再現経路:母性模倣網」
名付けた途端、背後の窓ガラスがかすかに軋んだ気がした。
風は吹いていないはずだった。
神原美沙は、スーパーのレジ袋を片手に持ち、もう片方の手でペットボトルの水を支えながら、駅ビル裏手の細道を通っていた。正面玄関を使わず、少しでも早く自宅方面へ抜けるため、地元の人間なら誰もが使っている近道だった。
だが、今その道を通る者はいなかった。
狭い路地の入口に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。遠くから聞こえていた喧騒が、唐突に“膜”のようなものに遮られたように、ふっと消える。
――静かすぎる。
背筋に走る感覚は、冷気ではなく“圧”。誰かに見られているような、あるいは見られることを期待されているような、ねじれた気配だった。
歩を進める。ビルと駐輪場の間を抜けた先に、異様な光景があった。
前方の八百屋の前、並べられた発泡スチロールの箱が、バラバラに崩れている。中身の果物が路上に散らばり、ガラスの破片が光を反射している。店先の簡易棚は傾き、片側が壁にめり込むように潰れていた。
そしてその棚の傍――一瞬、何かが“動いた”。
反射的に立ち止まった。視界の端、黒い影がひとつ、壁際をすべるように走る。
それは、“背中”のようだった。けれど、はっきりと人の姿ではなかった。
「……誰?」
声を出しても応答はない。だが、確かに見た。人間よりやや小柄で、影のように輪郭が揺れていた。服装も髪も認識できない。ただ、影だけが生き物のように動いていた。
美沙は歩を進めた。拳は自然に力が入っていた。道場で培った“構え”の感覚が、条件反射のように身体に浮かぶ。
棚の裏手、壁と壁のすき間をのぞく。そこにはもう誰もいない。ただ、壁に小さな蹴り痕のようなものが複数、残っていた。
「本当に……人なの?」
口をついて出たその言葉に、自分自身が答えられない。
破壊された棚の横、壁に残された足跡の間隔が妙に均等だった。まるで、何かに“教えられた通りに”動いたような正確さ。
ふと、背後から足音が迫った。
振り返ると、自転車に乗った女性が、何かに気を取られたまま、急にバランスを崩して転倒した。手には工具箱。路面に散らばったドライバーやスパナが金属音を立てて響いた。
「大丈夫ですか!?」
美沙が駆け寄ろうとしたその瞬間、さらに奥の通りから、複数の人影が走り去っていくのが見えた。
逃げるというより、散らばるような動き。
女性は左腕を押さえ、顔をしかめていた。顔が赤く腫れており、ジャケットの袖が破れ、肘のあたりが赤く染まっている。
「すぐに救急車を……」
美沙がスマートフォンを取り出しかけたとき、後方の通りから警察官の制服が走ってくるのが見えた。どうやらすでに通報は入っていたらしい。
現場に近づいてきた警官に、美沙は即座に声をかける。
「こちらに倒れている方が。たぶん、暴行です。……誰かに、殴られたような……」
警官の顔に緊張が走る。すぐに無線で何かを告げ、もう一人の警官が女性のもとへ駆け寄っていく。
周囲の人通りが次第に増え始めていた。だが、その誰もが言葉を発さない。不思議なほどに、声が消えている。
破壊された工具箱。曲がった自転車の前輪。果物の潰れた匂いと、足跡の跡。
美沙の意識は、それらすべてを順に“記録するように”読み取っていた。
――これは、偶然じゃない。
足跡。破壊のパターン。移動の速さと軌跡。どれもが、整っていた。訓練されたような、けれど型にはまらない“奇妙な正確さ”。
それは、何かを“模倣”しているようだった。
誰かの動き。誰かの攻撃。あるいは――誰かの、怒り。
美沙は拳を握り、深く吸い込んだ息を、ゆっくりと吐いた。恐れることを、拒むように。
ニュースサイトの更新通知が止まらない。
久世燈子は、ブックマークしていた地域情報アプリを再読込みしながら、スクリーンに並ぶタイトルの数に眉をひそめた。
《またも駅前通りで器物損壊》
《小学校近隣にて未明の破壊行為》
《市内複数箇所、監視映像に“識別不能な影”》
目を通すだけで呼吸が浅くなるような報せの羅列だった。ひとつひとつは短く、速報にすぎない。だが、そこに共通しているのは「詳細不明」「容疑者未発見」「映像に不具合」といった、曖昧な“終わり方”ばかりだ。
誰が、なぜ。目的も、方法も、どれも曖昧なまま事件は次々に起きている。
何かが、意図的に“見えなく”されている。そんな錯覚では片づけられない規模になりつつある。日常に食い込んできた異常。通報者たちは皆、共通してこう口にしているのだという。
「姿が……見えなかった」
燈子は手元の地図をにらみながら、ゆっくりと立ち上がった。机の上にはすでに複数の書き込み済みのフロアマップ。被害地点、時間帯、目撃者の供述と、それぞれの距離と角度。手でなぞるようにして繋ぎ合わせると、地図の中に、曖昧な“空白の道”が浮かび上がってくる。
それは、物理的な道路や施設の配置とは別の、“何かのために空けられた導線”のようにも見えた。
「繰り返し、同じ場所を通ってる……?」
声に出すと、それが確かな輪郭を持ち始めた。被害の多くは、既存の生活動線上に重なる一方で、奇妙に偏った集中線を描いていた。学校、駅前通り、商業モールの裏手、再開発予定の公会堂跡地周辺。そして――
「住宅地の中を抜けて、次に向かうなら……」
指でなぞっていった先にあるのは、神原家の道場がある一帯だった。
言葉を呑んだ。地図の上では、誰の暮らしも平等に一枚の紙の中に収まる。だが今、そこに“都市の意志”のような歪みが走っていた。
都市の配置そのものが、何かを“呼び込む”形になっている。
いや、違う。呼び込むのではない。流れ込んでくるのを、通すための構造。建築、区画、導線、更新されていく都市設計。それらすべてが、“何かの意思”を運ぶ媒体として、作用してしまっている。
燈子は書棚から古い民俗誌を取り出した。自らが以前まとめた論文用の資料。都市の儀礼構造、記憶の断層が物理空間にどう残るか。そこに、ひとつの図式があった。
――集団母性の物理的布置。
読み返すまでもなく、記憶の奥底に刻まれていた言葉が浮かび上がる。
“群体の祈りは、やがて形を持ち、物理的な構造に染み込む。子供たちが触れる風景に、その名残は発現する”
誰かの祈りが都市を通って染み出し、都市そのものが“祈りの形”に変わる。今、燈子の前に広がる地図の上では、それが現実として進行していた。
そこへ、端末の画面にメッセージが届いた。坂東からだ。
《確認できた。今朝だけで7件、昨日から合わせて12件。同一時間帯に、同じような痕跡。防犯映像はやはり“映らない”か“ノイズ”のみ。犯人像なし。》
さらに数秒後、添付ファイルが届く。坂東が独自にまとめた、被害地のマップと詳細なログだった。
燈子は即座にダウンロードし、PCで開いた。
拡大された市街図の上には、赤いマーキングが並んでいた。その密度に、思わず息を呑む。
「……もう、点じゃない」
それは“面”になりつつあった。孤立した暴徒の発生ではない。一定のリズムと、圧力と、範囲を伴って、“都市そのもの”を巻き込むように広がっている。
まるで何かが地中を這い回りながら、次々に“芽”を出しているかのようだった。
坂東は、現時点での最後の報告書ファイルをプリンタに送信すると、深く背もたれにもたれた。事務所の時計は、午後八時を回っていた。
蛍光灯の明滅が耳に染みる。床にはコピー用紙が何枚も散らばり、机上には付箋だらけの手書き地図と、該当地点をプロットしたマップソフトの画面が重なっていた。
「……止まらないな、ほんとに」
ぼそりとこぼれた独り言に、自分で応える者はいない。
発生地点は、すでに20件を超えていた。それぞれの通報時刻は、数分単位で重なり、地域は中央から放射状に広がる。重なり方が均一ではない。いくつかの“角度”を持つように、一定の範囲を何かが選び取るように動いていた。
「これは……ただの騒動じゃない」
そう認めざるを得ない。最初はガラス破壊や落書き、悪質な愉快犯と見られていたが、すでにけが人も出ていた。しかも、誰ひとりとして“犯人の顔”を見た者はいない。目撃者がいても、「見えなかった」と言い、映像はノイズか白飛びしている。
“影”だけが映る。どこも、例外なく。
プリンタが唸りながら紙を吐き出す。坂東は立ち上がり、それを取って読み込む。暴徒発生地点の地図に、時系列の番号を重ねたものだ。
1、2、3、4……13、14、15。
「おかしいだろ、これ……」
発生した時間帯、地域、道路の配置。どれもがまるで“都市の構造”に沿って発生しているかのようだった。
誰かが地図をなぞりながら、順番に破壊の“点”を打っている。だが、問題はその“誰か”が見えないということだ。
見えない。映らない。言葉が交わせない。
それなのに――確実に存在する。
坂東は報告ファイルを美沙と燈子に送る準備をしながら、画面を凝視した。次に、どこがやられるか。それがわかりそうで、わからない。
なぜなら、そこには“論理”がないのだ。感情や目的によって動いているのではない。どこかから指示が出ているわけでもない。
けれど、すべての動きはどこか似ている。速度、軌跡、破壊の形。
まるで――模倣しているようだった。
その言葉が、頭の中に染みるように広がる。
「誰かの真似をしてる……?」
誰の? 何を?
次の瞬間、画面上の地図でいくつかの地点に“重なり”があることに気づいた。公園、通学路、そして――保育施設の裏口。いずれも、小学生以下の子どもが日常的に利用するルートだった。
さらに、複数の現場で「ペット用の器具が落ちていた」という報告が重なっていた。ケージの留め具、毛布の切れ端、形状の一致しない“おもちゃのようなもの”。
坂東は背筋を伸ばし、すぐにデータベースでそれらの物品の出所を再照合する。
「全部……あの“ラミア”の店で売っていたものだ」
思わずつぶやく。
「メゾン・ラミア。再開発エリアの、あの妙に“地図に残らない”店舗……」
何かがそこを起点に、拡がっている。
都市を通って。通学路を通って。保育所や学童を経由して。
誰かが意図したのではない。だが、“仕組みとしてそうなってしまう”ように――構造自体が作り替えられている。
坂東は椅子に深く座り直すと、改めて資料をまとめて送信する準備を始めた。ファイル名をつける。
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