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第四章「差し出された封筒」
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翌日、製造本部長としての祐奈は、会社の一室で梨紗を迎えていた。会議室のドアが開くと、淡い昼光がテーブルの上の資料を白く照らす。椅子に座る祐奈は、黒いスーツの襟元をきっちりと整え、机の上に一冊のノートとペンを置いていた。目は眠そうではなく、むしろ緊張で引き締まっていた。
梨紗は鞄の中から封筒を取り出し、角を指先で押さえる。封筒の白さが、テーブルの光に溶ける。祐奈は立ち上がり、軽く頭を下げて招いた。梨紗は静かに席に着き、封筒をテーブルの中央にそっと置いた。
祐奈は封筒を一瞥し、声をかけた。「夜に電話くれたのは、あなたね。今朝、会社に来てもらって正解だった」
梨紗は小さくうなずいた。手は震えていないように見えたが、爪の白さがわずかに強調されていた。封筒の端を親指で押し、ゆっくりと開ける。三枚のコピーを取り出して並べると、祐奈は一方の端に手を伸ばしてそこに触れた。指先が紙をなぞり、数字を追う。
祐奈の顔に薄い影が差す。眉の端がわずかに動き、瞳が冷たくなる。「これは……」彼女は言葉を切り、紙面の数列を目で追ったままゆっくりと顔を上げる。「社内の試験報告書に、こういう並びがあるとは聞いていない」
梨紗が答えた。「彼の机の引き出しにあったんです。表の見出しは『DOT5』。でも、数字は全部DOT4と一致していました。コピーを取ってきました」
祐奈は紙をもう一度掴み、親指で端を押さえた。目の奥に一瞬、何かが過ぎる。息を吸い、彼女は言葉を落とした。「私が把握している限りでは、開発陣が試験をやり直すような記録は残っていない。後藤からも、そういう話は聞いていない」
祐奈はテーブルに軽く手を打った。紙が小さな音を立てる。彼女は即座にペンを取り、ノートの端に鉛筆で短く何かを書き込み、ページを折った。「まず、証拠の保全だ。原本と複写は分けて保管する。外部の第三者機関に依頼して鑑定を取得する。これは私の部署で手配する」
梨紗は首を振らずにうなずいた。顔に迷いはない。祐奈の指先に、自分がコピーを取ったコンビニのレシートを差し出す。「店名と日付があります。これも一緒に持ってきました」
祐奈は差し出されたレシートを受け取り、視線を落として日付をなぞった。指先がほんの少し震え、唇の端で小さく「試験の翌朝か……」と漏らす。顔を上げたときの表情は柔らかく、それでいて揺るがないものがあった。「わかった。まずは法務と弁護士に相談して、証拠はきちんと保全する。遺族である梨紗さんには私の方から事情を説明するから、無理をしないで
梨紗は息を吐いた。肩の力が少しだけ抜けるように見える。「ありがとうございます。私、誰にも言わないつもりで来たつもりですけど……でも、祐奈さんが関わるなら、違うと思って」
祐奈は目を細め、短く言った。「あなたがここまで動いた理由はわかっている。悠真は私の知人でもある。本人の死が不自然に思えるなら、放っておけない」彼女の肩の線に、決意が滲む。「だが、方法は慎重に選ぶ。単に告発するだけで済むならいいが、内部は強固に守られている。証拠を突きつけても、即座に否認されるか、事実のすり替えが行われる可能性がある」
梨紗の指が封筒の角を押す。紙の端が小さく折れる音が聞こえる。「どうしたらいいんですか」
祐奈は一呼吸置いてから、目を伏せるようにして言った。「まず、物証を揃える。そのうえで、公の場で同時に提示する。場を作れば、否認できる余地が減る。人の視線は強いから。あと、外部の専門家の鑑定結果を同時に提示する必要がある」
梨紗は短く笑って見せる。「公の場……新製品発表会で? でも、そんなに簡単に壇上に立てるんですか」
祐奈の目がわずかに細まる。「製品発表は既に公になっている。メディアも来る。出す資料の順序とタイミングを変えれば、聞き手は一瞬で状況を把握する。私たちはその“一瞬”を作る。演出で人々の注意をそこに集め、物証を見せる。彼ら自身に事実を認識させるのよ」
梨紗の顔が硬くなる。言葉が出ない代わりに、掌の中の封筒を強く握る。紙の端に生まれる皺が、彼女の爪の痕を反射する。静かな部屋の中で、二人の呼吸だけが時を刻む。
祐奈は続けた。「草薙智久という協力者がいる……」
梨紗は小さく息を吐いて、声を震わせずに言った。「草薙さん……悠真の友人の、ですか?」
祐奈は頷いた。「祐奈の友人の友人、だが信用できる。」
梨紗は顔を上げ、祐奈をじっと見た。目が合うと、祐奈は短く笑ったように見え、すぐに表情を引き締める。「あなたが望むなら、私たちは共に動く。だが約束してほしい。事実以外のことは持ち込まない。私たちは真実を明らかにする。ねじ曲げるつもりはない」
梨紗は頷き、封筒を再び自分の胸に引き寄せる。「約束します。真実だけ。悠真のために」
祐奈はノートを閉じ、ペンを机の上に置いた。「では、手順を整理する。私が法務と弁護士に最終確認を取り、外部鑑定の手配をする。草薙さんには、演出の協力を頼む。あなたは今日のコピーと原本の所在を明確にしておいて」
梨紗は静かに答えた。「はい。今日、証拠の保管場所を変えてきます。誰にも触らせません」
祐奈は立ち上がり、会議室のドアに向かって歩きかけた。振り返り、梨紗に短く告げる。「九時に電話で合図をしたとき、言った通りに来てくれてありがとう。明日は発表会の前に最終確認をする。万一のときは、私が盾になる」
梨紗は封筒を胸に押し当て、小さく笑った。「祐奈さん、ありがとうございます。お願いします」
祐奈は一度深く息を吸い、ドアを開けた。会議室の外は既に通常の会社の喧騒に戻っている。二人の影がドア枠に細く落ち、会議室の中に残った紙の手触りだけが静かに光っていた。
梨紗は鞄の中から封筒を取り出し、角を指先で押さえる。封筒の白さが、テーブルの光に溶ける。祐奈は立ち上がり、軽く頭を下げて招いた。梨紗は静かに席に着き、封筒をテーブルの中央にそっと置いた。
祐奈は封筒を一瞥し、声をかけた。「夜に電話くれたのは、あなたね。今朝、会社に来てもらって正解だった」
梨紗は小さくうなずいた。手は震えていないように見えたが、爪の白さがわずかに強調されていた。封筒の端を親指で押し、ゆっくりと開ける。三枚のコピーを取り出して並べると、祐奈は一方の端に手を伸ばしてそこに触れた。指先が紙をなぞり、数字を追う。
祐奈の顔に薄い影が差す。眉の端がわずかに動き、瞳が冷たくなる。「これは……」彼女は言葉を切り、紙面の数列を目で追ったままゆっくりと顔を上げる。「社内の試験報告書に、こういう並びがあるとは聞いていない」
梨紗が答えた。「彼の机の引き出しにあったんです。表の見出しは『DOT5』。でも、数字は全部DOT4と一致していました。コピーを取ってきました」
祐奈は紙をもう一度掴み、親指で端を押さえた。目の奥に一瞬、何かが過ぎる。息を吸い、彼女は言葉を落とした。「私が把握している限りでは、開発陣が試験をやり直すような記録は残っていない。後藤からも、そういう話は聞いていない」
祐奈はテーブルに軽く手を打った。紙が小さな音を立てる。彼女は即座にペンを取り、ノートの端に鉛筆で短く何かを書き込み、ページを折った。「まず、証拠の保全だ。原本と複写は分けて保管する。外部の第三者機関に依頼して鑑定を取得する。これは私の部署で手配する」
梨紗は首を振らずにうなずいた。顔に迷いはない。祐奈の指先に、自分がコピーを取ったコンビニのレシートを差し出す。「店名と日付があります。これも一緒に持ってきました」
祐奈は差し出されたレシートを受け取り、視線を落として日付をなぞった。指先がほんの少し震え、唇の端で小さく「試験の翌朝か……」と漏らす。顔を上げたときの表情は柔らかく、それでいて揺るがないものがあった。「わかった。まずは法務と弁護士に相談して、証拠はきちんと保全する。遺族である梨紗さんには私の方から事情を説明するから、無理をしないで
梨紗は息を吐いた。肩の力が少しだけ抜けるように見える。「ありがとうございます。私、誰にも言わないつもりで来たつもりですけど……でも、祐奈さんが関わるなら、違うと思って」
祐奈は目を細め、短く言った。「あなたがここまで動いた理由はわかっている。悠真は私の知人でもある。本人の死が不自然に思えるなら、放っておけない」彼女の肩の線に、決意が滲む。「だが、方法は慎重に選ぶ。単に告発するだけで済むならいいが、内部は強固に守られている。証拠を突きつけても、即座に否認されるか、事実のすり替えが行われる可能性がある」
梨紗の指が封筒の角を押す。紙の端が小さく折れる音が聞こえる。「どうしたらいいんですか」
祐奈は一呼吸置いてから、目を伏せるようにして言った。「まず、物証を揃える。そのうえで、公の場で同時に提示する。場を作れば、否認できる余地が減る。人の視線は強いから。あと、外部の専門家の鑑定結果を同時に提示する必要がある」
梨紗は短く笑って見せる。「公の場……新製品発表会で? でも、そんなに簡単に壇上に立てるんですか」
祐奈の目がわずかに細まる。「製品発表は既に公になっている。メディアも来る。出す資料の順序とタイミングを変えれば、聞き手は一瞬で状況を把握する。私たちはその“一瞬”を作る。演出で人々の注意をそこに集め、物証を見せる。彼ら自身に事実を認識させるのよ」
梨紗の顔が硬くなる。言葉が出ない代わりに、掌の中の封筒を強く握る。紙の端に生まれる皺が、彼女の爪の痕を反射する。静かな部屋の中で、二人の呼吸だけが時を刻む。
祐奈は続けた。「草薙智久という協力者がいる……」
梨紗は小さく息を吐いて、声を震わせずに言った。「草薙さん……悠真の友人の、ですか?」
祐奈は頷いた。「祐奈の友人の友人、だが信用できる。」
梨紗は顔を上げ、祐奈をじっと見た。目が合うと、祐奈は短く笑ったように見え、すぐに表情を引き締める。「あなたが望むなら、私たちは共に動く。だが約束してほしい。事実以外のことは持ち込まない。私たちは真実を明らかにする。ねじ曲げるつもりはない」
梨紗は頷き、封筒を再び自分の胸に引き寄せる。「約束します。真実だけ。悠真のために」
祐奈はノートを閉じ、ペンを机の上に置いた。「では、手順を整理する。私が法務と弁護士に最終確認を取り、外部鑑定の手配をする。草薙さんには、演出の協力を頼む。あなたは今日のコピーと原本の所在を明確にしておいて」
梨紗は静かに答えた。「はい。今日、証拠の保管場所を変えてきます。誰にも触らせません」
祐奈は立ち上がり、会議室のドアに向かって歩きかけた。振り返り、梨紗に短く告げる。「九時に電話で合図をしたとき、言った通りに来てくれてありがとう。明日は発表会の前に最終確認をする。万一のときは、私が盾になる」
梨紗は封筒を胸に押し当て、小さく笑った。「祐奈さん、ありがとうございます。お願いします」
祐奈は一度深く息を吸い、ドアを開けた。会議室の外は既に通常の会社の喧騒に戻っている。二人の影がドア枠に細く落ち、会議室の中に残った紙の手触りだけが静かに光っていた。
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