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第一章 ウィルとアルと図書館の守人
はじまりの街
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緑の高く生茂る雑草が右へ、左へ、とカサカサと揺れ動く。
時々ひょこんと姿を見せては鼻をヒクヒク動かすそれは、板を張り合わせた鎧のような背面。
長く伸びる尾。
身長は三十センチほどの小さな生き物――アルマジロ。
アルマジロは歩いては立ち止まるという動作を繰り返しながら、慎重に前へ前へと歩みを進めていた。
まるで何かに怯えるかように……。
しばらくすると目の前が開け視界が広がる。
雑草群を抜けたらしい。
アルマジロは所狭しと並ぶ町並みに口をぽかんと開き、圧倒される。
「……ここがあの子のいる街……」
か細い声が漏れる。
声を発したのは言うまでもない、アルマジロ自身だ。
人間と同じ言語を発する不思議な生き物・アルマジロは、意を決したように口を噤むと雑草群を飛び出し、街へと降りていった。
第一章 ウィルとアルと図書館の守人
ここは世界の何処かに存在する小さな街レイクイナ。
山と山に囲まれた窪みに作られた小さな街だ。
人口は約百人ほど。
しかし学校や飲食店といった住民が暮らすための設備はある程度揃っている。
活気付いて平和な街そのものだ。
家へと続く舗装のされていない道をトボトボとした足取りで歩く、首筋まで伸びた金髪は光に当たるとキラキラと輝き、白い肌をも光輝いて見えて少年の美しさを際立たせている。
鼻筋はスッと通り、人には珍しい紫の瞳が印象的な顔立ちの整った美少年。
しかしまるで顔を隠すように掛けられた黒ぶち眼鏡が少年の真の姿を隠している。
しかも見た目は十分すぎるほど良いのだが、背中を丸めて歩くその姿はどこか貧弱そうに見えてしまうから残念だ。
その残念な少年に後ろから足音が近づいてくる。
声が掛かる。
「待てよ、ウィリアム!」
少年・ウィリアムは足を止め、振り向かず立ち止まった。
またか、と思い内心舌打ちする。
少年は小さく溜息を吐いた。
ウィリアムと同年代の少年二人が、まるでこの先へは行かせないとばかりに道を塞ぎ、立ちはだかる。
「……今日はなんだよ、レズリー」
二人のうちのひとり、中央で腕を組む少年、黒に近い赤茶の髪を後ろで一つに纏めている。何に対してなのか自信に満ちた表情でウィリアムを見つめている。そんなレズリーに向かってウィリアムは再び息をつく。 それを見て、レズリーは少しムッとしながら口を開いた。
「お前、二週間後の【プロム】はどうするんだ? 行く、のか?」
言葉を噤むレズリーの質問にウィリアムは何も答えない。
プロムとはプロムヤードの略称で、ハイスクールの卒業生が参加する恒例のダンスパーティーのことである。
ハイスクールで過ごす最後の一大行事だ。
男性はスーツやタキシードといった正装に身を包み、あらかじめ申し込んだパートナーの女性と共にその最後の夜を過ごす。
しかし、ウィリアムはそんなことを考えている余裕は初めからなかった。十八歳となった彼らは大学へ進学するか、就職するのか、自らで選択しなければならない。それにはもちろん、親の経済状況次第なのだが。
ウィリアムの表情はどこか浮かない。どうしてこの世にそんなものが存在しているのか。
「家にそんな余裕ないよ。知ってるだろ。プロムってお金かかるしさ。だからパートナーも誘ってない」
まあ、特定の相手なんていないけど……とそこはボソボソ声になる。
「親に無理してまで負担掛けたくないし。だから行かないよ」
「そ、そうか……」
落胆したような、安堵したような、レズリーのその言葉を最後に奇妙な沈黙が落ちる。
ウィリアムは話はそれだけだと判断して、足を動かそうとしたとき、レズリーの傍らにいる、同じく幼なじみの【ロガ・キュリア】がオレンジ色と濃い髪色を揺らして唐突に口を開いた。
「でも、ホントの両親じゃないんだろ?」
ロガはそう言って、頭の後ろで腕を組んだ。
その何気ない言葉にウィリアムはビクリと体を強張らせた。
「親に捨てられたんだろ? どうして?」
何を考えているのか、その表情からは伺えない。いや、おそらくこのロガという男は何も考えていないのだろうと、ウィリアムは思った。この幼なじみは昔からレズリーよりも何を考えているのかわからない男なのだ。
胸中でロガの言葉を苦々しく復唱する。胸がツキリ、と痛みが走った。
――親に捨てられた。
その言葉にウィリアムはビクリと体を強張らせた。
「お、おい、ロガ! お前は黙って……」
「……そんなこと……こっちが聞きたいよ」
ウィリアムは震える声で、小さく呟くと、怒りを抑えようと手を強く握りしめ、その場から逃げるように駆け出した。
背後でレズリーに呼び止められるが、振り返らずにそのまま走り去った。
「あれあれ? どうして逃げちゃったんだろう。本当のことだし、ちょっと聞いてみただけなのに、ね。レズリーちゃん」
ロガは腕を組み、何故だろうと首を傾げながらレズリーへ視線を向ける。
その視線はどこか楽しんでいるようにも見えなくもない。
走り去るウィリアムは背後でレズリーに頭を殴られるロガの痛がる姿を知るよしもない。
時々ひょこんと姿を見せては鼻をヒクヒク動かすそれは、板を張り合わせた鎧のような背面。
長く伸びる尾。
身長は三十センチほどの小さな生き物――アルマジロ。
アルマジロは歩いては立ち止まるという動作を繰り返しながら、慎重に前へ前へと歩みを進めていた。
まるで何かに怯えるかように……。
しばらくすると目の前が開け視界が広がる。
雑草群を抜けたらしい。
アルマジロは所狭しと並ぶ町並みに口をぽかんと開き、圧倒される。
「……ここがあの子のいる街……」
か細い声が漏れる。
声を発したのは言うまでもない、アルマジロ自身だ。
人間と同じ言語を発する不思議な生き物・アルマジロは、意を決したように口を噤むと雑草群を飛び出し、街へと降りていった。
第一章 ウィルとアルと図書館の守人
ここは世界の何処かに存在する小さな街レイクイナ。
山と山に囲まれた窪みに作られた小さな街だ。
人口は約百人ほど。
しかし学校や飲食店といった住民が暮らすための設備はある程度揃っている。
活気付いて平和な街そのものだ。
家へと続く舗装のされていない道をトボトボとした足取りで歩く、首筋まで伸びた金髪は光に当たるとキラキラと輝き、白い肌をも光輝いて見えて少年の美しさを際立たせている。
鼻筋はスッと通り、人には珍しい紫の瞳が印象的な顔立ちの整った美少年。
しかしまるで顔を隠すように掛けられた黒ぶち眼鏡が少年の真の姿を隠している。
しかも見た目は十分すぎるほど良いのだが、背中を丸めて歩くその姿はどこか貧弱そうに見えてしまうから残念だ。
その残念な少年に後ろから足音が近づいてくる。
声が掛かる。
「待てよ、ウィリアム!」
少年・ウィリアムは足を止め、振り向かず立ち止まった。
またか、と思い内心舌打ちする。
少年は小さく溜息を吐いた。
ウィリアムと同年代の少年二人が、まるでこの先へは行かせないとばかりに道を塞ぎ、立ちはだかる。
「……今日はなんだよ、レズリー」
二人のうちのひとり、中央で腕を組む少年、黒に近い赤茶の髪を後ろで一つに纏めている。何に対してなのか自信に満ちた表情でウィリアムを見つめている。そんなレズリーに向かってウィリアムは再び息をつく。 それを見て、レズリーは少しムッとしながら口を開いた。
「お前、二週間後の【プロム】はどうするんだ? 行く、のか?」
言葉を噤むレズリーの質問にウィリアムは何も答えない。
プロムとはプロムヤードの略称で、ハイスクールの卒業生が参加する恒例のダンスパーティーのことである。
ハイスクールで過ごす最後の一大行事だ。
男性はスーツやタキシードといった正装に身を包み、あらかじめ申し込んだパートナーの女性と共にその最後の夜を過ごす。
しかし、ウィリアムはそんなことを考えている余裕は初めからなかった。十八歳となった彼らは大学へ進学するか、就職するのか、自らで選択しなければならない。それにはもちろん、親の経済状況次第なのだが。
ウィリアムの表情はどこか浮かない。どうしてこの世にそんなものが存在しているのか。
「家にそんな余裕ないよ。知ってるだろ。プロムってお金かかるしさ。だからパートナーも誘ってない」
まあ、特定の相手なんていないけど……とそこはボソボソ声になる。
「親に無理してまで負担掛けたくないし。だから行かないよ」
「そ、そうか……」
落胆したような、安堵したような、レズリーのその言葉を最後に奇妙な沈黙が落ちる。
ウィリアムは話はそれだけだと判断して、足を動かそうとしたとき、レズリーの傍らにいる、同じく幼なじみの【ロガ・キュリア】がオレンジ色と濃い髪色を揺らして唐突に口を開いた。
「でも、ホントの両親じゃないんだろ?」
ロガはそう言って、頭の後ろで腕を組んだ。
その何気ない言葉にウィリアムはビクリと体を強張らせた。
「親に捨てられたんだろ? どうして?」
何を考えているのか、その表情からは伺えない。いや、おそらくこのロガという男は何も考えていないのだろうと、ウィリアムは思った。この幼なじみは昔からレズリーよりも何を考えているのかわからない男なのだ。
胸中でロガの言葉を苦々しく復唱する。胸がツキリ、と痛みが走った。
――親に捨てられた。
その言葉にウィリアムはビクリと体を強張らせた。
「お、おい、ロガ! お前は黙って……」
「……そんなこと……こっちが聞きたいよ」
ウィリアムは震える声で、小さく呟くと、怒りを抑えようと手を強く握りしめ、その場から逃げるように駆け出した。
背後でレズリーに呼び止められるが、振り返らずにそのまま走り去った。
「あれあれ? どうして逃げちゃったんだろう。本当のことだし、ちょっと聞いてみただけなのに、ね。レズリーちゃん」
ロガは腕を組み、何故だろうと首を傾げながらレズリーへ視線を向ける。
その視線はどこか楽しんでいるようにも見えなくもない。
走り去るウィリアムは背後でレズリーに頭を殴られるロガの痛がる姿を知るよしもない。
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