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第二章 ウィルとアルと山頂に棲む竜
満ち足りぬ空腹の果てに
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僅かな明かりしか灯っていない長い廊下を、傷を負ったメルキドは苦しそうな息遣いでゆっくりと歩いていた。頭や、腹部、口内を切ったのか口からも赤い血を流しながら、苦虫を噛んだように歪んだ表情で廊下の奥にある謁見の間へと向かっていた。
あともう少し、という所で、音もなくそれは近づいてきた。
すぅと、暗い影から輪郭を浮かび上がる。
「よお、メルキド」
「――!? ガリル。アンタ、なんでここに。アタシを、嘲笑いにきたの?」
「ハッ! それもあるが、ちょいと、野暮用でなぁ。なんだよ、メルキド。ずいぶんと派手にヤられてんじゃん」
明らかな挑発の言葉だった。いつものメルキドなら、そんな挑発に乗せられる事はないだろう。けれど、重症を負っている彼女は、動くたびに悲鳴を上げる痛みに反発するかのようにピンクの唇を歪めて怒りを露わにする。
「う、うるさいっ! アタシはアンタが暢気に遊んでいる間、敵情視察に行ってたのよ。ウィリアムがどんな人間か知りたくてね。彼については何もわかなかったけど、代わりに別の収穫があったわ……」
「へえ、なんだよ、それ」
「フンッ、アンタに教えるわけないでしょ? そこを退いて。アタシはアンタと違って忙しいの。このことをお父様にご報告しなくては……」
「ああ~、それは、必要ねえなぁ」
「は? 何言ってんの、アンタ。ねえ、ガリル。アンタ、もう後がないのよ? 次に失敗すれば、劣等のアンタはこの世界から存在自体が消される。お父様がそう言っていたじゃない」
視線を下に向いたガリルは、メルキドからその表情を窺い知ることはできない。代わりに異様なまでの威圧が、ガリルから沸き起こる。
不審に思ったメルキドは、一歩後ろへ後退した。身体の痛みよりも頭がコレは危険だと、警鐘が鳴らしている。
「ああ、そうだ。だから俺は、もう失敗は許されねえ。そこでだ、俺は無い脳ミソで考えたんだよ。どうすれば強くなれるか、ってなぁ」
「無駄ね。すべてにおいて劣るアンタじゃ、到底、無理よ」
俯くガリルに対して、間髪いれずにメルキドはそう言った。しかし、メルキドのその言葉も予想していたのだろう。ガリルは特に気にも留めずに彼女の言葉に続けて、僅かに口角を持ち上げた歪んだ口を開いた。
「いーや、それがあるんだよなぁ、一つだけ。手っ取り早く力を手に入れる方法がよぉ……」
「何よ、それ……、……ガリル?」
血走ったガリルの赤黒い瞳が、メルキドを見据えて離さない。ゾクリ、と背筋に寒気と、嫌悪の汗が流れた。メルキドはもう一歩、二歩と後ろへと後退する。嫌な予感がした。
警鐘の鐘が煩いくらいに鼓膜を通して身体全体に響いてくる。ドクドクと心の臓が早鐘を打った。
ゆらりとガリルの身体が揺れる。獲物を捕らえたかのような鋭い視線で、ゆっくりと口を開いた。
上から下へ、赤い瞳がメルキドを見据える。
「……メルキドよぉ~……、俺に、喰われろ――」
「――え?」
暗転する視界。バクンッと世界が闇に覆われた。ゴキンッという鈍い音と生々しい水音が響く。
そして、メルキドの意識はそこで途絶えた。
途絶える刹那、彼女が目にした光景は、異様に大きな口と、鋭い無数の牙が自分目掛けて降りて来る瞬間だった。
あともう少し、という所で、音もなくそれは近づいてきた。
すぅと、暗い影から輪郭を浮かび上がる。
「よお、メルキド」
「――!? ガリル。アンタ、なんでここに。アタシを、嘲笑いにきたの?」
「ハッ! それもあるが、ちょいと、野暮用でなぁ。なんだよ、メルキド。ずいぶんと派手にヤられてんじゃん」
明らかな挑発の言葉だった。いつものメルキドなら、そんな挑発に乗せられる事はないだろう。けれど、重症を負っている彼女は、動くたびに悲鳴を上げる痛みに反発するかのようにピンクの唇を歪めて怒りを露わにする。
「う、うるさいっ! アタシはアンタが暢気に遊んでいる間、敵情視察に行ってたのよ。ウィリアムがどんな人間か知りたくてね。彼については何もわかなかったけど、代わりに別の収穫があったわ……」
「へえ、なんだよ、それ」
「フンッ、アンタに教えるわけないでしょ? そこを退いて。アタシはアンタと違って忙しいの。このことをお父様にご報告しなくては……」
「ああ~、それは、必要ねえなぁ」
「は? 何言ってんの、アンタ。ねえ、ガリル。アンタ、もう後がないのよ? 次に失敗すれば、劣等のアンタはこの世界から存在自体が消される。お父様がそう言っていたじゃない」
視線を下に向いたガリルは、メルキドからその表情を窺い知ることはできない。代わりに異様なまでの威圧が、ガリルから沸き起こる。
不審に思ったメルキドは、一歩後ろへ後退した。身体の痛みよりも頭がコレは危険だと、警鐘が鳴らしている。
「ああ、そうだ。だから俺は、もう失敗は許されねえ。そこでだ、俺は無い脳ミソで考えたんだよ。どうすれば強くなれるか、ってなぁ」
「無駄ね。すべてにおいて劣るアンタじゃ、到底、無理よ」
俯くガリルに対して、間髪いれずにメルキドはそう言った。しかし、メルキドのその言葉も予想していたのだろう。ガリルは特に気にも留めずに彼女の言葉に続けて、僅かに口角を持ち上げた歪んだ口を開いた。
「いーや、それがあるんだよなぁ、一つだけ。手っ取り早く力を手に入れる方法がよぉ……」
「何よ、それ……、……ガリル?」
血走ったガリルの赤黒い瞳が、メルキドを見据えて離さない。ゾクリ、と背筋に寒気と、嫌悪の汗が流れた。メルキドはもう一歩、二歩と後ろへと後退する。嫌な予感がした。
警鐘の鐘が煩いくらいに鼓膜を通して身体全体に響いてくる。ドクドクと心の臓が早鐘を打った。
ゆらりとガリルの身体が揺れる。獲物を捕らえたかのような鋭い視線で、ゆっくりと口を開いた。
上から下へ、赤い瞳がメルキドを見据える。
「……メルキドよぉ~……、俺に、喰われろ――」
「――え?」
暗転する視界。バクンッと世界が闇に覆われた。ゴキンッという鈍い音と生々しい水音が響く。
そして、メルキドの意識はそこで途絶えた。
途絶える刹那、彼女が目にした光景は、異様に大きな口と、鋭い無数の牙が自分目掛けて降りて来る瞬間だった。
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