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三章

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「おまっ、なんでここに?ってか一階じゃねぇんだぞここ!子供の遊びじゃすまねぇだろう!」
「そんなに熱烈歓迎してくれるとは意外だな店長、店長はそんなに大声を出すタイプだったのか、そんな大声出されたら、吃驚して手が滑るじゃないか・・・あっ」
「おっ、おい!」
 おどけた笑顔で秋葉は今までしがみついていた窓枠から手を離して、自由落下・・・はしなかった。カンと言う音とともに空中で立つ。
 なんだよ、最近のAIは頭脳だけじゃなくて空中を飛ぶことも出来るのかよ、とかありえない事を考えながら秋葉の足元を見たら、隣のビルの空調室外機に立っていただけだった。
 たぶんこれを使ってここまで昇ってきたのだろう。
「あはは~びびったか店長、店長はびびりやさんか?」
「うるせい、それよりなんでお前はこんな場所からこんにちはなんだ?まともな奴じゃないとは言え、ドアくらい使えよ、だいたい一人で何の用があるってんだよ」
「質問が多いな店長、店長はあれか?クレーマーか何かか?私は先生の忘れ物を仕方なく取りに来ただけだ、決して店長に会いたいからって夜も眠れずに恋焦がれていた訳では決してないんだからな♪」
 あざといスキルにツンデレ要素をぶち込んできやがった。しかもすげぇへたくそに。
「はいはい、えらいえらい、じゃあとっとと入ってきてりゃ良かったじゃないか?」
「それはだめだ、あいつらが居た、あいつらは危険だ、私を分解する為に連れ去ろうとしている、先生はそれを阻止する為に私を研究所から脱出させてくれたんだ」
 話だけ聞くと、ハードボイルドな映画の主人公の様な話だが、あのとぼけた白衣女子にそんな大胆な事が出来るとも思えない。大体逃げている人間が白衣とか目立ちすぎるだろ。
 まああの黒服たちは、追跡者という空気は出していたから、全部が全部でまかせではないだろうが、さすがにこの子が最新型AIで作られているって設定はとんでもだ。
「まあいい、とにかくそんな所に居ると危ないから、中に入れ、それと先生はまたはぐれたのか?保護者失格だなあの人」
「よっと、先生は私を逃がすために盾になった、ここで先生の忘れ物受領後に、港にある船を奪って、単独で海を渡る予定なんだ」
 う~んハードボイルドだ。今時海に逃げてもそう簡単ではないのだろうが、飛行機や電車で逃げるよりは攪乱性が高いと言う所か。
「だけど、それで海の向こうに逃げて、それでお前たちはどうするんだ?安全なんてそう簡単に手に入らないぞ」
 僕は海外に直接行ったことは無いが、ネットで検索していれば大まかな事情は分かる。昨今治安が悪くなってきたこの国だが、周辺国はそれどころの話じゃない。つい数年前に大規模な経済危機が起き、赤い周辺国と呼ばれるアジアの連合帯がのきなみデフォルト状態に。アメリカ一辺倒だった日本だけが、アジアではその直接的な影響から逃れたという事実。そのせいでこの国周辺では日本人は嫌われているとともに金持ちであると認識されている事。そんな所を世間知らずな女子二名が歩いていて無事であるわけがない。さらわれて、自称AIの市場価値とか判明する前に壊されてしまうのがオチだ。
「それは、それは私もそうは思う、けれど、けれどな店長、方法が思いつかないんだ、先生と二人でこの国で静かにしているのが一番いいのは判っているんだが、あいつらはそれを許してくれない、どうしたらいいんだ店長」
 そう言われても困る。僕はあくまで一般人だし、何かの権力と仲良くしているわけでもなければ、裏の業界に顔が利くわけでもない。そんな無力なただの一般人に誰かの人生をどうこう出来るアイデアは出てくるわけがない。
 なんとかしてあげたい気持ちはあるけれど、気持ちだけで世の中は動かない。大人になってくると更にそれが顕著になる。
 想いと行動力で事態を動かせるのは、学校と言うぬるま湯に浸かっている間だけの特権だ。
 でも・・・。ただ反論や恐怖を誘導しているだけの僕には、なりたくない。
「海外は今言ったようにナンセンスだ、はっきり言ってさっきの黒服たちにつかまるより、海外の誘拐専門の組織に捕まる方が酷い事になる、ならどうするか、国内であいつらと交渉するしかない、ネゴシエイトして、その上で自分たちの利益を確保する、最悪でもこの国では殺されることはないだろう」
 自称AIをどこまで法律が守ってくれるかわからないが、とにかくこの国で殺人罪を犯すプロは居ない筈だ。秋葉はあくまで自称AIであって、見た目はただの中学生女子だからな。
「交渉?ネゴシエイト?そんなのが通用するとか、店長は本気なのか?大体そんな事に首を突っ込むとか店長のやる業務にはふくまれていないだろうに」
 確かに含まれていない。だが、やる。何故かと問われれば、理由なんかない。正義だの勇気だの、人助けだの、その辺りのいわゆる高尚な少年漫画みたいな決意はさらさらない。
 はっきりと自覚できているのは、最近の自分の夢に出て来る小学生時代の自分なら出来る事はしただろうと言う事と、夢に出て来る初恋の彼女には何も出来なかった事の代償行為だろう。つまり自分の為だ。
 自嘲しながらも、だが、やる。と心の中に、何か核みたいな物が生まれた気がした。
「子供のくせに大人の僕の言う事が信じられないとは、まだまだ見る目が甘いな、今日明日でどうにか出来るわけじゃないが、明後日には準備できると思う、だからたまには偉い店長を信じてみろ」
 言いながら、僕は自分の言葉に照れていた。頬が熱くなっている。こんな言葉を言う自分が自分じゃないと感じられて仕方ない。普通ならそろそろ帰りたいとか、眠いとか、だら~っとした空気に支配されたがるのだが、何だろうこれは?
「判った、だけど店長、店長に頼り切りは良くない、私は私で出来る事をする、それが仲間の証だ」
「だれが仲間だ、誰が」
「ん?」
 秋葉が僕と自分を交互に指さして、首を少しだけ傾ける。あざとい奴だまったく。
「だって店長、私は聞いたぞ、一つの目的の為に私利を挟まずに邁進する人々を仲間と言うと、それならば私と先生と店長の生存をかけて挑むと言うのは仲間だろう店長?」
「おいちょっと待て、僕は生存をかけて挑んでいるのか?それに相手は生存をかけなきゃいけない程の相手なのか?」
 黒服たちは、まぁ雇われての怖面だから戦ったら、命まで取られかねないが、雇い主と思われる金髪野郎はそれほど戦闘能力は高くないと思える。
 つまりは交渉側の人間って事だ。命の取り合いにはならないとだろう。
正直、死ぬのは嫌だ。
 今までの人生で死にたいと思ったことが無いとは言えないし、死んだら楽だろうなと思った事はあるが、それでも、今、嫌なものは嫌だ。
 追い詰められた時、生きてりゃ良い事もあると言われて失望した事もあったけど、あれは本当だ。だって僕は今、そんなに生きる事を嫌がっていない。
「判らない、結局私があいつらの事を直接知っているわけじゃないんだ、先生から提供されたり、偶然に入手した情報を元に判断しているだけ、でも考えてみてくれ店長、こんなうら若き乙女を追い掛け回す男たちがマトモであるはずがないじゃないか」
「そうかもな、若い子を追い掛け回す中年なんざマトモではないって事か」
 いまいち追い掛け回されている理由がふわっとしていて良くわからないが、古今東西、少女を追い掛け回す中年男は悪と決まっている。
「まぁ分かったよ、それよりもあいつ等の連絡先とか判るか?」
「分かるわけないじゃないか店長、先生なら知っているかもしれないけど・・・、私は残念ながらあいつらの所属も、組織も、名前も、もちろん連絡先も知らない、その辺りは先生に任せていたからな」
  駄目だ。交渉しようにも相手と連絡が取れなければ意味がない。一方的に攫われたら交渉も何も出来ない。
 行き止まり。デッドロック。五里霧中。言葉は何でも良いが、早くも出来る事がなくなった・・・
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