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1章 ホラント村の農家の幼女

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つらつら続く長閑な草原の小道を歩いて、とりあえず人とか動物とか動いている物が居ないか、きょろきょろしてみる。
 背後には山が連なり、人が住むには厳しい環境だと思う、だから私は山を背に、何となく緑の草が少ない場所を歩いていく。決して体力に自信が無いから平坦な道を選んだわけじゃないよ?標識も地図もなんにも持ってないんだもん、それに住むなら楽な場所の方がいいに決まっているじゃない?人がいるなら平地のこっちだと思う。
「ほらね♪」
 体感で、歩いて一時間も行かないうちに緑ばかりの景色に、変化が生まれた。
自分の心の声に、自分で答えちゃう辺り、ちょっと心が疲れているのかも・・・。
 でも、誰もいない異世界とオサラバする時がやってきた。
「牧場?なのかな・・・」
 私の背の高さと同じくらいの柵が連なり、その中には薄茶色の毛をした生き物がいた、モコッとした毛が全身を包んでいて、羊の様に見える。色は白くなくて、今私が着ている粗末な服に色が似ているから、多分あの生き物からは布の原料が取れるのだろう。もこもこしていて温かそうだし、あれで毛布とかつくれるのかなぁ。
「あっハル!こっそりサボっていたの?エフェリーネおばさんに叱られるよ?」
 柵の向こうから、気弱そうな顔をした男の子が近づいてくる。背の高さは同じくらいだから年齢も近いと思う。
 けど、ハルって誰の事だろう?
「ねぇハルってば、聞いてる?今日の仕事しないと,またご飯抜きにされるよ」
「ご飯抜き!それは困るよっ」
 考えるよりも早く、言葉が出た。そう私はこの世界に来てからまだ何も口に入れていない。ここではどんなものかわからないけど、ご飯がなくなるのはキツイ。
 今は、食べられる物なら、何でも食べられる気がする。好き嫌いもしないよ!
「ならさ、早く手伝いに戻りなよ、ほらっ、僕も自分の仕事があるから手伝えないけど、大丈夫だよねハル」
 気遣い屋さんだな、この子。
 そして、どうやらこの世界での私の名前はハルというらしい。本当の名前は春風だから近いと言えば近い。でも私をハルっと呼ぶ人はお母さんしかいなかったな。
「アンタに言われなくても大丈夫よ、多分・・・、なんとかなるなる」
 不審な目で見て来る少年。この子はハルの幼馴染って感じなのかな?年齢的にも一桁だろうから彼氏とかではないと思う。
「こらっ~ユルヘン!サボってると飯抜きだぞ、スヒァー逃がしたら一生飯抜き確定だからなっ」
 今まで不審な目で見ていたユルヘン少年だったが、柵のずっと向こうから怒鳴ってくる声にビクッとなって、それでも私が気になるのか、軽く手を振ってから、ダッシュで柵の向こうへ走って行ってしまった。
「あんなに小さいのに、走るの早いな~」
 つい先日行われた、学校のスポーツテストでも、あんなに速い人はいなかったように思う。なんで判るかと言えば、体調不良で時計係をしていたからだ。
「もしかして、この世界の人はみんな、身体能力が高いとかなのかな?」
 試しにその場で思いっきりジャンプしてみる。
 う~ん、普通だ。
 月の上でジャンプした時の様に、高くゆっくり空中に舞い上がったりはしない。
「ふんっ」
 試しに、拳で地面の土を殴ってみたけど、へこむどころか、手の方が痛い。
「なるほど、つまり特殊能力は無しってことね」
 しかし私は、そんな事を冷静に考えている場合じゃなかった。
 少し実験していたせいで忘れていた。
 お腹減っていたんだ。
「なにか、食べなきゃ、ダメだこれ」
 お腹の音が、きゅるるぅみたいな優しく可愛らしい音から、ゴゴゴゴゥと言う地鳴りのような、聞いた事も無いような音に変わってきた。
 食べられるものは無いだろうか?
 もう、何でも良い。
 虫とかだけは最後の最後だけど、その辺に生えている食べられる草とか、キノコとかあればそのまま洗わずに食べられる自信がある。道に落ちた物は食べてはいけません!とか幼稚園時代の注意が蘇るが、そんなのは知りません。
 多分に、それは本当に飢えた事が無い人の話ですよね?しかもここ異世界ですし、なら、うら若き乙女が、何を食べても許されますよね?
 目をギラギラさせて、周囲を見つめながら歩く。もしそれを誰かに見られたら盗賊かと怪しまれるかもしれないが、背に腹は代えられないの。
「食材~食材~、確か地元にも食べられる草ってあったよね」
 なんか近所の頭いい系の年下女子が、これ食べれるんですよ?とか言って見せてくれたことがある。小学生五年生ですごいなと思ったもんだ。その草はノビルという草だった気がする。ニラの様な葉とニンニクの様な根が特徴で、確か生でも食べられると聞いた。
 もう、それに近い物でもあれば何でも食べる!
 ミミズとか蟻とか探して食べるよりは、私的にはなんぼかましだ。
 お笑い系リポーターが、この蟻は全然おいしいですとか言っていたが、暴露動画で番組の裏で吐いていたのを覚えている。半分しか体が無いのに、そのリポーターの口から出てきた蟻は生きていた。
 その画像が心に残り、蟻には近づかないようにしている。
「あった!」
 多分あれだ!
 ニラの様な葉っぱ。どことなくニンニクのような刺激的で、空腹を刺激する香りもしている。
 あれがノビルに違いない。
「ええい、死ぬよりはましだ!」
 細長い葉を掴み、根っこごと引き抜こうと力を入れるが、全然抜けない。
 とっくに認めるしかない事だけど、この体は前の体とは大きく違う。
 まずサイズが一回り小さくなっており、それに合わせて手足も短いし、力も以前より無い。
 どちらか言えば非力だ。
 草を抜くことさえ簡単じゃない。
「んん~、こんにゃろ~」
 両手で葉を持ち、全身の体重もかけて、力を入れると、ぐぐぐっとノビル(仮)が土から抜けて来る。慎重に抜かないと根の一番いい場所が折れるからとかアドバイスを聞いた気がしたけど、そんなのは大人になってから。今は何が何でも口の中に入れる分だけ、必要な分だけ取れればいいのよ。
「んんん~はゃっ」
 全身の力を使っていたのが、いきなり手ごたえがなくなって、背面でんぐり返し状態に。くるっと一回転した時に見えた、粗末な物については後で考えよう。
 いまは、草でも食べる事に集中だ。
「えいっ!」
 生のまま口の中にノビル(仮)を放り込み、全力で噛む。
 噛み千切れないという事じゃなくて、空腹過ぎて口の要求に脳が追い付いていないせいだ。
「にが・・・」
 口の中に広がる草の味。反射的に吐き出しそうになるが、それを必死に抑え込む。大事な食糧なんだ。これを吐き出したら、次に食べられるものに、いつ出会えるかわからないじゃない。この空腹状態を抱えて、そんな贅沢な事は言っていられないのよっ。
「あれっなんか甘くなってきた」
 最初は口いっぱいに草の味だったけど、我慢して噛んでいたら、なんか甘みが出てきた様な気がする。これなら今の空腹状態なら食べられる。
「んぐんぐ・・・」
 似たような草をどんどん口の中に入れる。
 お腹に溜まるとは思えないけど、食べれるなら問題ない。空腹で死んじゃうかもしれないんだから。と自分に言い聞かせて苦味と僅かな甘みを噛み締める。
「これもいけるんじゃないかな?」
 非力な私の力ではほとんどのノビル(仮)の根は出てこなかったけど、僅かに取れた白い根は見た目がラッキョウのようで、食べられそう。たしかノビルは根も生で味噌に漬けて食べることもあるらしいと聞いた。
 葉っぱよりも、白い根の方が食べ応えも食感もよさそうに見える。土を綺麗に落とせばいけるかも?
「井戸とかあればいいんだけど・・・」
 少しお腹も落ち着いてきたので、ゆっくりと周囲を見回す。
 いつの間にかユルヘンの居た牧場から離れて、土手みたいな所の先に石造りの重そうな壁が見える所にいた。
 ノビル(仮)はこの石造りの壁の近くに群生していて、食べられる草を探しながら下ばかり見ていたせいで気づかなかった。
「壁の向こうには、町とかあるのかな?」
 ぽきり。
 考えても仕方ないから、とりあえず服の裾で根について土を落として噛み付いた。
「辛っ、しみる」
 無理に表現すると、生のたまねぎにわさびを塗って食べたような感じ。
「これ、調味料にはありかもしれないけど、直接は無理だわ」
 ローストビーフとかと一緒に食べたら美味しいかも?
 あ~,ちゃんとしたご飯が食べたい。具体的にはやっぱり肉とか魚!
 熱い湯に通したしゃぶしゃぶ肉とか、小学生の頃のキャンプ実習で食べた、釣った魚に塩を塗りこむようにして焼いた岩魚とか。
「魚の塩焼きくらいなら、なんとか、なる、かな・・・」
 あれ?
 なんかふわふわする。
 すごく眠い。
 このまま倒れて地面に頭をぶつけたら、めでたくタンコブだけじゃすまない傷ができる気がする。
 ゆっくりと座って、せめて石とか無い場所を確保しなきゃ。
「あ、だめだ・・・」
 それこそここに来た時と同じような勢いで私は意識を失った。
 前は水で、今は圧倒的な睡魔だったけど・・・。
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