うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

自由への道筋

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 彼らが未来を夢見るあいだにも、船は絶望の地へ向かって進んでいきます。
 
 奴隷商人や仲立人からすれば、奴隷は人間ではなく商品、もしくは商売道具であり、の奴隷には保険が掛けられていました。意外にも、船員の死亡率と比較すれば奴隷の死亡率は低いものでしたが、死者が出ないはずはありません。

 提供される食べ物が少量だっただけでなく、毎日出される保証もなかった事。身動きの取れない状態で人が敷き詰められ、排泄物の処理がされなかった事。悪臭が支配する劣悪な状況にも拘らず、商品である彼らの健康を最低限保つために、出された食事は完食する事が義務付けられていました。精神の不調や食欲不振なども認められず、逆らえば体罰をはじめ、厳しい処罰が待っています。

 以上の事が餓死や病死を招きました。遺体はやはり海へと投げ棄てられます。嵐に乗じて海へと投棄される遺体の中には、重病人も混じっていました。それも彼らが『商品』であり、航海中に死亡者が出れば損失が出たということになって『保険』が適用されたためです。数ヶ月が経過し、船が目的地に到着する頃には、乗船者は一割強減っていました。

 途中、感染症が蔓延した事もありましたが、二人の少年はなんとか生き延び、異国の地に降り立ちました。これから彼らは、他に生き残った人々とともに、巨大な農園の中である甘味料の原料となる植物の栽培に従事させられるのです。

 近年、その甘味料の需要は高まっており、安価な労働力は大儲けを目論む者たちにとって喉から手が出るほど欲しいものでした。人間であるはずの彼らは、もはやどこまで行っても『商品』なのです。

 癖毛の少年は農家の出身でしたが、彼や彼の家族にとっても、ここでの農作業は過酷なものに違いありませんでした。それというのも、実家の畑はそこまで広いものではなく、家族全員で作業すれば多少は時間のゆとりがあったのです。ところが、ここではそうはいきません。

 甘味料の原料となるその作物は、収穫後、糖度の落ちるスピードがとても早く、処理を急ぐ必要がありました。海の向こうから連れてこられた奴隷の人数は決して少なくありませんでしたが、彼らの一日のほとんどは重労働に塗り潰され、過ぎ去っていきます。厳しい監視下で作業の手を止めるのは不可能でした。少しでも怠けようものなら、即座に鞭が飛んできます。

 誰もが脱出を諦めかけていた矢先、事件が勃発しました。海から来た大船団が農園に押し入ってきたのです。乗っていたのは、海賊と呼ばれる荒くれ者たち。彼らは以前から沿岸部にあるこの大農場に目を付けていました。

 少年たちは植物の栽培を担っていましたが、収穫後にその作物を精製する作業もその敷地内で行われていたため、ここを乗っ取ってしまえば、高需要の甘味料が生産し放題。中にいる人間もすべて掌握し、莫大な利益を手にしようというのが海賊たちの考えでした。
 
 襲撃を受けた施設の職員たちは迎撃に奴隷の監視にてんてこ舞い。その混乱により、ところどころ監視の目が緩みます。少年たちを見張っていた監視員も、派手な音のするほうへ意識を向ける回数が多くなっていました。いつ自分の持ち場が襲われるかと心配でならないのでしょう。

 右腕に深い傷痕のある少年は抜け目なく、決定的な瞬間を逃しません。彼はいつのまにか癖毛の少年の背後に回っており、素早く枷を外して言いました。

「こんな騒動じゃ、商品が一人二人いなくなったところで、頓馬なあいつらは気付かねえ。……やっと来たな、『自由』になるチャンスが」

「でも、逃げたって遠くへは行けないよ……」

 二人は自分たちより大きい人の影を利用して出口へと急ぎます。少年たちの配属された区画には彼らの親と同世代の人も多く、みんな嫌な顔ひとつせず彼らが脱走するための目隠しとなってくれていました。二人の少年は小声で感謝しながら頼もしい壁の後ろを走り抜けます。
 
「へえ? 久しぶりだな、お前のその言葉遣い」

「あ…………」

 癖毛の少年は、傷痕の少年の指摘にはっとします。このところは彼の口調を完璧に身に着けたと思っていた癖毛の少年でしたが、押し殺していた弱気な部分が顔を出しました。確かに傷痕の少年が言うとおり、こんなチャンスは二度と訪れないでしょう。ここにいても、支配者が変わるだけ。とはいえ、脱走が失敗に終わったら今度こそおしまいです。彼には自分たちが勝つほうに賭ける勇気が出ませんでした。

「お前はあれを見てもそう思うか? 遠くに行けねえって?」

 にやり、不敵に笑んだ傷痕の少年が顎をくいっと向けた先にあったのは、多数のおどろおどろしい旗が踊る海賊船。彼の意図を読み取った癖毛の少年は真っ青になりましたが、これしきの事で怯んでいては、勇敢な彼の相棒など務まりません。負けじと彼の目を見据えて答えました。

「僕……じゃなかった、俺たちのためにありがとうって感じだな!!」

 少年たちは全力疾走で一番近い場所に停泊していた船に乗り込みます。その直前には、『できるだけ小型の船がいいのではないか』と言った癖毛の少年が、傷痕の少年に『選り好みしている暇はない』と一蹴されるという一幕もありました。

 もしも、彼らの壁となってくれた善良な大人たちがその場面を見ていたなら、目を覆っていたことでしょう。のちに発覚しますが、その船は泣く子も黙る残虐非道なキャプテン率いる海賊団の船でした。そうとも知らず、彼らは息を弾ませ、話し合いをしているところです。
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