うつろな夜に

片喰 一歌

文字の大きさ
27 / 59
ある船乗りの懺悔

金か、命か

しおりを挟む

「ここまで来たのはいいけど、操縦なんてできるのか?」
 
「それを聞くって事は、お前もできねえって事だよな。……まあ、物は試しだ。やってみようぜ!」 

 と、その直後。ばたばた、どすどすと駆けてくる足音。逃げる間もなく、唯一の出入り口を塞がれました。

「お前たち、そこでなにをしている!」

「…………見ねぇ顔だが」

 細身で長身の男と体格が良く顎髭を伸ばした男が少年たちに近付いてきます。彼らは船内に居残って見張りをしていました。少年たちは逃げるのに必死で、ろくに確認もしないまま船に乗り込んでしまったのです。また、広大な敷地を出て警戒心が緩んでいた二人の声量は必要以上に大きくなっていました。

「ああ。この船の者ではないようだ」

「汚れたガキどもだ……。まさか俺様の船を盗もうってんじゃねぇだろうな? え?」

 いつもは強気の傷痕の少年ですが、顎髭の男の強面と地の底から響くようなドスの効いた声に圧倒され、歯をガチガチ言わせながら首を横に振る事しかできません。ようやく自由になった手足も再び拘束されてしまいました。

「そうか。勘違いして悪かったなぁ……。だがな、この船は俺様の家でもある。お前らは人様の家に無断で侵入したって事だ。それも立派な罪だよなぁ。わかるだろ? でも安心していい、俺様は優しいから選ばせてやる。金か、命か……。さぁ、好きなほうを選べ!」

 言うまでもなく、顎髭の男は少年たちの手持ちがない事をわかったうえで問うていました。二人が観念して命を差し出そうとしたそのとき、黙って聞いていた細身の男が口を開きます。

「なぁ、キャプテン。うちは人手が足りてなかったよな?」

「……あぁ。お宝持ってばっくれやがった奴らのせいでな。ったく、恩を仇で返すたぁ良い度胸だ。今度会ったらただじゃおかねぇぞ……」
 
 キャプテンと呼ばれた顎髭の男は細身の男の唐突な質問に首を傾げていましたが、たくわえた髭を撫でて考えるうちになにか思い当たる事があったようで、彼の手が顎髭を離れる頃には、その怒りは二人の子どもから財宝を持って逃げ出した元団員たちへと向かっていました。そこへ細身の男が畳み掛けます。

「この二人、即戦力になりそうだと思わないか?」

「あぁ? 急になにを言い出しやがる」

 キャプテンは顔の全体を使って会話する癖があり、不快そうに顰めた顔も迫力満点でしたが、そんな事は気にも留めずに細身の男は話を続けます。

「急でもない。さっきから考えてたんだ。……この子たちの足首を見てほしい。手首でもいいが」

 実はこの男、二人を拘束する際、彼らの肉体に刻まれた枷の痕に気付いており、ロープで隠れてしまわぬように少し位置をずらして縛っていたのです。

「手首と足首だぁ?」
 
「ああ。あざがあるだろう。おそらく沿岸の農場から逃げてきたんじゃないかと思ったんだが……違ったか?」

 細身の男は少年たちに問いかけました。二人はこくこくと何度も頷いて答えます。

「やっぱりな。……って事はだ、この子たちは朝から晩まで休みなく働かされてきたわけだ。でも、こうして生き延びてる。体力と根性は折り紙付きだ」

「あぁ、言われてみりゃそうだが……私情か? お前は貴族連中が嫌いだもんなぁ」

 虫唾の走るいやらしい笑みを浮かべているキャプテンとは対照的に、細身の男はわなわな震え、青筋を立てて吐き捨てます。

「私情なのは確かだが、俺が憎んでいるのは貴族というより奴らの主導した奴隷制度だ。あいつらがなにを基準に思い上がってるかはわからないが、どうせ金だろう。稼げる奴が偉いだなんだのたまって民から吸い上げるしか能のない連中め……。そんなのは稼いだとは言えない! 奪ってるだけだ!」

「あぁ、本当にな。お前の話は嫌いじゃねぇぜ。海賊なんざまだましなもんだと思える……。クズにも上がいるってな。でも、そいつら置いてけぼり食らってねぇか?」
 
「……そうだな、熱くなってすまないが、もう少しだけ聞いてほしい。とにかくだ、実際に身を粉にして働いているのは奴隷と呼ばれる人々だ。本当にその利益を手にするべきも彼らだ。それなのに、彼らには最低限の生活費どころか少しの自由も与えられる事はない。こんなおかしな話があるか?」

 少し冷静さを取り戻した細身の男は、少年たちのほうへ向き直ります。彼は二人に誰を投影していたのでしょう、彼らは悲しげであたたかな炎を揺らめかせる瞳を見つめ返しました。

「この子たちもそういった者たちの一部なんだろう。あんな糞野郎どもの支配からやっとのことで逃げられたと思いきや海賊に捕まって殺される……なんて、そんな人生はあんまりじゃないか」
 
「お前の言いてぇ事はよーくわかった。……まぁ、俺も奴らとは気が合わねぇしな。いいぜ、見逃してやっても」

 キャプテンは相変わらずにたにたと笑っています。
 
「さすが俺たちのキャプテン。懐が深いな」

「ただし、客人としてのもてなしが受けられると思うな。この船にゃ、いろんな事情で海賊じゃねぇ奴らも乗せてる。そいつらにも乗せてやる見返りに雑用をさせてる事だしな。当然の対価だろ?」

「文句はねえよ」

「…………それだけじゃないんだな?」

 間髪入れずに答えたのは傷痕の少年。一方、癖毛の少年は探るように訊きました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

偽姫ー身代わりの嫁入りー

水戸けい
恋愛
フェリスは、王女のメイドだった。敗戦国となってしまい、王女を差し出さねばならなくなった国王は、娘可愛さのあまりフェリスを騙して王女の身代わりとし、戦勝国へ差し出すことを思いつき、フェリスは偽の王女として過ごさなければならなくなった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...