誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

文字の大きさ
20 / 132
誰かが尾鰭をつけたがった話

誰かが尾鰭をつけたがった話<Ⅸ>

しおりを挟む

 再会は、早くても数年先か――――。この人生が終わるまでに、一度でも会えたらそれでいい。
 
 そんなふうに考えていた。
 
 ……つまるところ、僕は彼女との再会を信じてはいなかったんだ。
 
 恋のなり損ないとして、そうでなければ遅すぎる青春の一頁として、頭の片隅に小さな墓を立てる心積もりでいた。

 ――――しかし、現実というのは時として、作り話よりも作り話めいた嘘みたいな展開が用意されているものだ。
 
 彼女が夢見た信じたとおり、僕たちの運命は再び交差した。



 その頃の僕はというと、仕事が立て込んでいて、心身ともに好調とはいえなかった。

 そういうときは、まず身体を休めれば解決すると思うか?
 
 しかし、そう単純な話でもなかったんだ。

 盲点かもしれないが、眠りに就くにも体力を使う。
 
 極限まで疲労していたために、寝付くのにもひと苦労。運よく寝付けても悪夢に魘され……。数ヶ月にわたり、十分な睡眠時間を確保できない状態が続いていた。

 そんな事情もあって、いよいよ幻覚でも見え始めたのかと思ったよ。

 ――――だって、数ヶ月前に約束もせずに別れた人魚が、から顔を覗かせていたんだから。

「君は…………そんなところで、なにをしているんだ……!?」

 異国というのは、空気の匂いから色調に至るまで、異質なものに満たされた魅惑の領域だ。

 そのなかでも、とりわけ異彩を放っていたのが彼女の存在だった。

 御年配の方々に道を譲る程度に速度を落としていたはずが、その姿を認めた瞬間、この足は彼女の元へと駆け出していた。

「いや、僕にだけ見える幻覚か? ……再会を願うあまりに生み出してしまった虚像……とか? 家族構成は聞いていないが、兄弟や姉妹という線も…………」

 固定観念が覆された気がしたよ。

 人工物ではあるが、考えてみれば、水路――運河だったかもしれないが――も立派な水辺だったな。
 
「やあ。なんか今日、お化粧してる?」

 友好的に片手を上げた彼女は、やはり食べ頃の果実のような唇をしていた。
 
 そういえば、海中にも化粧文化はあるのだろうか。

 なかったとしても、さすがに挨拶する文化がないということはないと思うが――――。

「していないが、再会のひと言がそれか?」

「『こんにちは! あの日から、五百八十と二日が過ぎたんだっけ?』とかのがよかったかな? あ、数字は適当だけど」 

 愛嬌たっぷりに話す彼女は、はじめて会ったときと同じく、生命の輝きを存分に放っていた。

「いいや。だが、どちらも『』として完璧な受け答えだな」

 長らく鏡など見ていないが、おそらく目の下の陰影がそう見えたのだろう。

「心配には及ばない。ただの睡眠不足だ。…………お気遣いありがとう」

「あははっ! きみも変わってないね。その勿体ぶった喋り方! 頭いいんだろうな~ってわかるけど、ちょっと鼻につく感じ! あたしは捻りがきいてて好きだけど、偉い人の前ではやめたほうがよさそうかも?」

「そうだな。肝に銘じておこう。……だが、君にも同じことが言えるんじゃないか? 突拍子もないことを言っても、相手を困らせるだけかもしれないぞ?」

「ご心配なく。一発で正解を出してくれるひとにしか、素は出してないから」

 目を眇めた彼女は、ややあって、再び口を開いた。

「…………ねえ。今日はこないの?」 
 


 そもそも、この前の不可抗力君からで――――という反論の代わりに、前回と一言一句違わぬ返しで再会を喜ぶことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...