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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<Ⅸ>
しおりを挟む再会は、早くても数年先か――――。この人生が終わるまでに、一度でも会えたらそれでいい。
そんなふうに考えていた。
……つまるところ、僕は彼女との再会を信じてはいなかったんだ。
恋のなり損ないとして、そうでなければ遅すぎる青春の一頁として、頭の片隅に小さな墓を立てる心積もりでいた。
――――しかし、現実というのは時として、作り話よりも作り話めいた展開が用意されているものだ。
彼女が夢見たとおり、僕たちの運命は再び交差した。
その頃の僕はというと、仕事が立て込んでいて、心身ともに好調とはいえなかった。
そういうときは、まず身体を休めれば解決すると思うか?
しかし、そう単純な話でもなかったんだ。
盲点かもしれないが、眠りに就くにも体力を使う。
極限まで疲労していたために、寝付くのにもひと苦労。運よく寝付けても悪夢に魘され……。数ヶ月にわたり、十分な睡眠時間を確保できない状態が続いていた。
そんな事情もあって、いよいよ幻覚でも見え始めたのかと思ったよ。
――――だって、数ヶ月前に約束もせずに別れた人魚が、はじめて行った国の水路から顔を覗かせていたんだから。
「君は…………そんなところで、なにをしているんだ……!?」
異国というのは、空気の匂いから色調に至るまで、異質なものに満たされた魅惑の領域だ。
そのなかでも、とりわけ異彩を放っていたのが彼女の存在だった。
御年配の方々に道を譲る程度に速度を落としていたはずが、その姿を認めた瞬間、この足は彼女の元へと駆け出していた。
「いや、僕にだけ見える幻覚か? ……再会を願うあまりに生み出してしまった虚像……とか? 家族構成は聞いていないが、兄弟や姉妹という線も…………」
固定観念が覆された気がしたよ。
人工物ではあるが、考えてみれば、水路――運河だったかもしれないが――も立派な水辺だったな。
「やあ。なんか今日、お化粧してる?」
友好的に片手を上げた彼女は、やはり食べ頃の果実のような唇をしていた。
そういえば、海中にも化粧文化はあるのだろうか。
なかったとしても、さすがに挨拶する文化がないということはないと思うが――――。
「していないが、再会のひと言がそれか?」
「『こんにちは! あの日から、五百八十と二日が過ぎたんだっけ?』とかのがよかったかな? あ、数字は適当だけど」
愛嬌たっぷりに話す彼女は、はじめて会ったときと同じく、生命の輝きを存分に放っていた。
「いいや。だが、どちらも『君が僕の会いたい者である証明』として完璧な受け答えだな」
長らく鏡など見ていないが、おそらく目の下の陰影がそう見えたのだろう。
「心配には及ばない。ただの睡眠不足だ。…………お気遣いありがとう」
「あははっ! きみも変わってないね。その勿体ぶった喋り方! 頭いいんだろうな~ってわかるけど、ちょっと鼻につく感じ! あたしは捻りがきいてて好きだけど、偉い人の前ではやめたほうがよさそうかも?」
「そうだな。肝に銘じておこう。……だが、君にも同じことが言えるんじゃないか? 突拍子もないことを言っても、相手を困らせるだけかもしれないぞ?」
「ご心配なく。一発で正解を出してくれるひとにしか、素は出してないから」
目を眇めた彼女は、ややあって、再び口を開いた。
「…………ねえ。今日はあたしの胸に飛び込んでこないの?」
「誤解を招く言い回しはやめてくれないか」
そもそも、この前のあれも不可抗力で――――という反論の代わりに、前回と一言一句違わぬ返しで再会を喜ぶことにした。
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