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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<XLVIII>
しおりを挟む「話を聞いた感じだと、手の施しようがないほど凶暴化してしまっている者もいるだろうし、偏見を解くにしても相当時間がかかるとは思うが」
『君には現状に一石を投じるだけの力がある』と伝えたかったのだが、心の奥まで届けるにはわかりにくかったかもしれない。
「うん、そうだね……。一部の過激な人魚のせいで、『果ての海』に幽閉中の人魚は、全員が全世界の警戒対象に指定されてる。でも、みんながみんな危険な存在ってわけじゃないし……。っていうか、道を外れた人魚になら、なにをしてもいいの? どんなに非道なことをしても許される?」
悲痛さを増していく声は、さながら曲の盛り上がりで挿し込まれるバイオリンソロのようで、真っ向から否定してやりたい衝動に駆られた。
しかし、僕に対する問いかけではない。答えるわけにもいかず、無言を貫いた。
「あたしはそうは思わない。もちろん『果ての海』に収容されてる人魚たちのことが怖くないわけじゃないよ。でも、あの子たちを閉じ込めて、痛めつけて、そういう生きものにしたのは誰?」
時を経てなお衰えぬ美貌に青筋を立て、水面を叩いた姿は、伝説に謳われる怪物さながらの凄味を感じさせたが、その心根は誰より美しい。
生まれたときから現在に至るまで踏みにじられ、歪められ続けている彼らが唯一持っている自我を取り上げられるというのは、自由を愛し、個を慈しむ彼女にとって、最も許しがたい所業なのだろう。
「あたしは…………あの子たちよりも、あの子たちがああいうふうになる原因を作った人魚たちのほうがずっと怖い。どうかしてるもん。あの人たちの考えてることも、やってることも間違ってる。絶対に賛美されちゃいけない。でも、現実にあの子たちは『傷付けていいモノ』……ううん、『傷付けて然るべきモノ』として扱われ続けててさ……」
憤怒に突き動かされ、悲嘆に暮れながらも、彼女の主張は終始一貫していた。
「生き方だけじゃなくて、死に方も選ばせてもらえないの? こんなのってないよ…………」
「…………強化細胞とやらは、それだけ効果の見込めるもので、稀少かつ高価なんだろう。そう気軽に使用できるものではないんじゃないか? 『果ての海』に閉じ込められた人魚がどの程度の数いるかはわからないが、本当に全員に……?」
彼女の涙が海の一部に還ったのと時を同じくして投げかけた問いは、しばらく波間を漂っていた。
「……そこまで規模の大きくない戦争だったら、彼らは盾として使われてただろうね。でも、言ってあるとおり、今回の戦争は大規模だし、戦局も読めなくて、お互いに手段を選んでられない感じでさ……。だから、ここらで一気に片を付けるつもりなんだと思う。最強の兵器を使って」
それ以降、一滴たりとも涙を流すことのない双眸は、希望の涸れ果てた泉のようだった。
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