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誰かが尾鰭をつけたがった話
誰かが尾鰭をつけたがった話<LVII>
しおりを挟む「…………きみってさ、仲良くしてるひとの最期に立ち会いたいタイプ?」
深呼吸のあとの第一声には、軽やかで歌うような響きはなかった。
「!!」
大袈裟にも程があるかもしれないが、問いかけの意味を正しく認識した直後、心臓が動きを止めてしまったかのようだった。
僕を襲った衝撃は、彼女が突撃してくるときのそれなど比ぶべくもないと感じてしまうほどのものだったから。
「……最後……ではないな。その口ぶりだ。どうせ、死に際のほうの最期だろう」
世界の色調が、がくんと落ちた。見渡す限り、汗ばむ季節にそぐわない寒々しい色だ。
錯覚だということは百も承知だが、生命の絶える対向の季節が訪れたようで恐ろしく、すべての音が遠ざかっていく。
「そうだよ」
そんななか、たったひとつ耳の奥まで届いたのは、無慈悲な通告で――――。
「悪趣味な質問だな」
「大事なことだよ。意思の確認はいつだって」
真面目くさった顔を作っているのは、そうしなければ涙を落としてしまうからだろうか。
「………………」
「お手本で先に答えとこうか? ……あたしはどうかなあ。意気地なしだから、看取るって決めても、ちゃんと送ってあげられる自信ないや……」
沈黙を守る僕を見て、思うところがあったらしい彼女は、落ち着いた声色で語り出した。
「…………見送ることができるのなら。許されるのなら、必ず見届けたい。きっと僕の愛した女性は、直前まで死に抗い、生にしがみつくだろうから。その勇姿を最期まで見ていたいんだ。なにより、一秒でも長くそばにいたい……」
「ありがとう。きみはきみが思ってるよりずっと強いひとだよ」
取り繕わない回答に背中を押され、思いの丈をぶつけると、彼女は綺麗に微笑んだ。
「…………そのための頼み事だったとは、思っていなかったよ……」
「やっぱり、きみにはわかっちゃうよね。こんなことほんとは言いたくないんだけど、無事に戻ってこれるかわかんないから、先にお願いしておいたの。……あたしがここまで言うことの意味、きみだったらわかってくれるでしょ?」
危険で過酷な旅路に漕ぎ出す最愛の人魚に、他にしてやれることがあるとすれば――――。
「そうだな。わかってやりたいところだが、君のたっての希望で筆を執ることになったんだ。唯一の読者がいなくては、本も僕も浮かばれないだろう。死んでも辿り着いてもらわなければ困るよ」
生きて帰らなくてはならない理由を作ること。それだけだ。
「!」
一か八かの賭けだったが、聡明な瞳には決意が漲っていた。
案ずることはない。彼女はきっと、僕の元に帰ってきてくれる。
「あたし……帰ってくるよ……。なにがあっても絶対に、きみのところまで…………」
「…………約束だな。僕と君にとって、初めての…………」
どちらからともなく握手を、続いて抱擁を交わしたのち、彼女は旅立った。
勇敢な背中が振り返ることは、ただの一度もなかった。
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