誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

『海の民』

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『“”……。なんかかっこいいね!』

 気に入ったか。簡素じゃが、確かに心擽られる響きかもしれぬ。
 
 人魚たちの持つ魂の気質とはまた別のものにはなるが、人魚寄りの性質を持つ人間のことをそう称しているということさえ掴んでおれば問題はない。

 その『海の民』じゃが、概して『魂の純度が高い』という特徴を備えておってな。

 しかし、魂の純度が高い者を『海の民』と呼称するわけではないというのは、注意が必要なところであろうな。そなたらは、いちいち注意しておかねば勝手に記憶を書き換えてしまうじゃろ?

『あー、うん。人間の悪癖だね。人類代表として謝っとく。ごめん!』

 うむ。……魂の純度が高いとどういった弊害があるかについては、すでに説明が済んでおるじゃろう。人魚の歌声が聴こえやすくなり、耐性自体も下がる――――と。
 
 では、ここで問題じゃ。

 元々、魂の純度が高い者が日常的に魂濃度の高い水を取り込み続けたら、どのようなことが起こりそうか。懸念されるじゃろうか。

『ただでさえ純度の高い人が!? えええ~……。そんなの絶対ヤバいって! 過ぎたるは猶及ばざるが如しの法則で、ろくなことにならな――――。……あ。さっきからしてた話はここに繋がってくるんだね。無笛村の伝承にあった被害者の人たちは、みんなそのせいで?』

 ああ、おそらくは。山あいに位置しておった無笛村は、海との関わりが特に強いというわけでもなさそうじゃが、そこに住まう者はみな『海の民』であったと考えて差し支えはなさそうじゃ。

 そうじゃな……。昔々に『海には散々親しんできたから、今度は山暮らしを体験してみよう!』と考えた『海の民』が出てきて、その子らが命を繋いできた結果、村を形成できるほどに人口が増えたということなのかもしれんな。
 
 西方の宗教の経典に描かれる物語とて、人類の起源はじゃった。方舟に乗せられたのは、じゃった。

 とにもかくにも、魂純度の高い者たちがその純度をより高みへ押し上げる生活を無自覚に行ってきた結果、あの誘拐事件に繋がった――――というのがわらわの推測じゃな。

 犯人たちの動機は、いまはまだ語るべきときではないと判断したゆえ伏せておくが、いずれ見聞きすることになるじゃろう。心して待つがよい。

『ごめん、ちょっといい? 初歩的な質問だと思うんだけど、“海の民”の子も“海の民”として生まれる……ってことでいい? そこは別に受け継がれない感じ? もっと突発的……というか突然変異的に起こってくる現象なのかな? いまの話を素直に受け取ると、村人全員“海の民”っぽいけど、そこんとこいまいちわかってなくて』

 その捉え方で間違いはない。『海の民』の子もまた『海の民』となる。

 そのうえ、両親が『海の民』である必要はない。片方の親が『海の民』であれば、その形質は遺伝するし、発現する可能性もさして低くない。
 
 単純に考えれば、時代が下れば下るほど、『海の民』の人口は増えていくというわけじゃな。
 
 現在は希少価値を保っておるが、そう遠くない未来、『海の民』の人口が純粋な人間の人口を逆転し、いずれ全人類は『海の民』となる――――のかもしれん。
 
 それはある意味で、『』と同義といえよう。

『いつかはが陸に生きるみたいになる世界がくるかもしれない……?』

 …………おっと。口が滑ってしまったかもしれぬ。そなたとの会話が楽しすぎるせいじゃな。
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