誰かが尾鰭をつけたがった話

片喰 一歌

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時忘れの海

事件の発端

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『出た! 事件!! ってことは、人魚たちの歌声が存分に発揮できてたって感じじゃなさそうだな。…………というか、そもそも人魚たちの歌声って、元々の素質以上に大きく伸ばすことできないみたいな感じだったけど、歌のうまさで多少は効果を強めたり……くらいのことだったら、できなくもないのかな?』

 うむ。気休め程度ではあるが、元々が精神に作用するものじゃろう。それゆえ、テクニックを駆使して歌唱を洗練させることで、催眠作用に磨きをかけることも可能じゃ。

 持って生まれた素質の影響の大きさに鑑みれば、ほとんど変化なしといってもよいじゃろうが――――。

『それでも、“なるべくなら人間たちに危害を加えたくなかった”ってことかな。これは誰の意向?』

 歌の特訓に参加した人魚たち全体の意向じゃ。

『そっか。ちなみになんだけどさ、ヒーローくんは反発しなかったの? 当時はまだそれほど人間のこと嫌ったり憎んだりしてなかったのかな』

 すでにあまりよい印象を持てなくはなっていたじゃろうが、『人間ヒトに危害を加えては、人魚が危険視されてしまうのではないか』と危ぶんでな。

『やっぱり他の人魚の“人間を傷付けたくない”っていう純粋な想いとはちょっと違う感じなんだ。でも、その場の誰よりも人魚想いの考えだね』

 ……そうじゃな。
 
 そやつはこうも考えた。『危険視されるだけでも、人魚たちは不利な状況に置かれる。あっというまに“住む場所を追われるだけならまだいい”と思わざるを得なくなる』と。

『ヒーローくんの言いたいこと、わかる気がするなぁ。人間ってさ、基本的に過剰防衛なんだよね。脅威の本質に迫る前から勝手に認定して、排除しようとする。自分たちが全生物のなかで唯一の頂点だと思い込んでるだけじゃなくて、トップの座から引き摺り下ろされるのが怖くて仕方ないんだ。どうしようもない奴らだよ、本当に』

 同族の評価とは思えんほどに辛辣じゃが、そのとおりかもしれんな。

『他の人間見てて思うことをそのまま言っただけなんだけどね。自分も人間である以上、客観的な評価なんて絶対できないってことはわかったうえで。……ヒーローくんは、その地域の魚が乱獲されるとか以上に、人魚なかまが捕獲されたり居場所を追われたりすることを危惧したわけだ』
 
 ああ、そんな感じじゃった。『今後、人魚が鰭を伸ばして安らげる海域が縮小することにも繋がりかねない』とあの子は考えたらしい。当時から立派な人魚至上主義だったといえるじゃろうな。

『でも、計画を実行に移す前にトラブルが起きたんだね? それはどういう?』

 事件の詳細について、いまから話そう。

 その日、分け入ってきた船は、冒険者や調査団を乗せたものではなく、海賊船でな。

 冒険者や調査団とて戦闘の訓練は積んでいるはずじゃが、卑怯な飛び道具や戦闘に秀でておるのは、海賊と呼ばれるならず者たちのほうじゃろ?

『海賊? たまたま迷い込んだのか。お宝のにおいを嗅ぎつけたのか。どっちだ?』

 残念ながら、どちらも不正解じゃ。奴らは人魚が出没するという噂を聞きつけて、はるばるやってきたのよ。

 その海賊たちは人間に相手にされず、人魚に狙いを定めたというわけじゃ。自分らの醜さを棚に上げ、凡庸な同族より美しき異種族の女を求めたという、なんとも勝手な話でな。

『なるほど。“人魚は美しいもの”っていうのは、そのときにはもう人間にも知られてたんだ?』

 美醜については各人の好みによる部分が大きいじゃろうが、好意的な評価が多数派だったのではないかと思うぞ。深く関わってはおらんからな、外見くらいしか判断材料がなかったのよ。

 一部の例外を除き、海賊といえば、酒や宝や女を際限なく求めるものじゃろう。人魚の女子など、海賊にとっては宝と女両方に該当する存在じゃ。
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