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鶯音を入る
第四十五夜
しおりを挟む(今までこんな事あった? 多分…………いや、絶対なかった。初めての感覚。初めての経験。男なら、ちょっと私とレベル違うかもって人でも、すぐ連絡取って簡単に呼べてたのに。紅さん相手だと、なんか遠慮しちゃって上手く行かない。気後れしてる。紅さんがいつも落ち着いてるせいもあると思うけど、紅さんが芸能人だから一歩引いてるのかな。……そんなつもりはないけど、無意識で。もしそうなら、私ってものすごく嫌な奴……。躊躇う理由はそれだけじゃないけど)
前のめりに訊く彼女はやはり少女のごとく純真無垢で、振り回そうだなんてきっと微塵も思っていない彼女に振り回される私は、初恋を知って慌てふためく少年のようで。
(『私が男だったら、私たちはどうなってた? 私はどうしてた?』。……たらればなんて意味ないって分かってるのに、紅さんの事好きになってから、毎日一回は考えてる。『なんで私がこんな事で悩まなきゃいけないの』って思うけど、多分この気持ちとはこの先も向き合って…………向き合う、で足りるの? 付き合っていかなくちゃならない感じがする。……これって多分、他の国に出て、他の人に干渉されない生活を手に入れて、結婚してからもずっと変わらない気がする。紅さんの事を好きでいる限り、私はこの気持ちから逃げられない。……逃げちゃいけない)
本当にその通りの性別なら――或いは逆でも構わないが――どんなに良かったろうなんて嘆く段階は通り越していた。私達が知覚出来ている以上に『その性別として育てられた事』の影響は計り知れない。
私たちのいずれかか男性として生を受け、育てられてきたとしたら、今の自分からかけ離れた性格になっていてもおかしくない。それはつまり、そもそも出会っていなかった可能性や、出会っていたとしても恋に落ちなかった可能性として――換言すれば、別の障害として私達の前に立ちはだかっていたという事をも意味するだろう。
(紅さんが今の紅さんじゃなかったら、私は紅さんを好きになってなかったかもしれないし、紅さんも私を好きになってくれてなかったかもしれない。……私がしなくちゃいけないのは『かもしれなかった事』を想像する事じゃない。出会えた事と好きになれた事、好きになってもらえた事に感謝する事だ)
言葉にはあえてしない事にしたが、心の底から思った。『私が私であって良かった』と。『紅さんが紅さんとして生まれて、今日まで生きてきてくれていて本当に良かった』と。
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