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鶯音を入る
第五十四夜
しおりを挟む「『完璧に理解』、って…………。それ、どんなに好きでも、どんなに頑張っても……というか、どんなに勘の良い人でも絶対無理じゃないですか? ……どう捉えたら良いんですかね。紅さんが私の事をそれだけ買ってくれてる……って事だと思って、喜んでおくのが正解ですか?」
彼女と出会って私に起きた変化は、大小含めれば、かなりの数にのぼるだろう。
その中の一つが、わからない事は素直にわからないと言い、本人に直接尋ねる事なのではないかと思う。
「ん、アタシも思う。……けど、翠。わからない? アタシ、『ずっと一緒にいて』って言ったつもりなのに」
「ずっと…………一緒に…………?」
何気ない問いが思わぬ形で返された。
「翠は、夏以外にもエアコン使う人?」
――――のみならず、阿呆みたいに鸚鵡返しする私に、彼女は更なる問いを投げかけてきた。
「? いえ。春と秋は言うまでもなくスイッチ入れないですし、冬も……使ってホットカーペット位じゃないですかね。羽織り物にも出来る毛布被ったり、出掛けない日は布団に潜ってたりすれば、案外寒さもやり過ごせちゃいますし。……この家は隙間風凄そうなんで、そういう訳にも行かないかもしれませんけど」
「だよね」
「今のって、どういう意図での質問なんですか?」
「…………翠は、涼しくなったらエアコン使わなくなる。……よね?」
魔女のような爪を乗せた指がピアッサーを指したのを確認した次の瞬間にも、ピアッサーは握り込まれて手の中に隠されてしまった。
白くて、長方形で…………なるほど、かなり解像度を下げればエアコンに見えなくもないピアッサーを、彼女はエアコンに見立てたのだろう。
「はい。そう…………ですね? そういう風に言いましたね、私」
「それも、『あってもなくても、変わらない』じゃない? 届いて……置かれても、使わなかったら、ないのと同じだし」
疑問符を浮かべつつ肯定したら、手の中のエアコン――――ではなくピアッサーが再び姿を現した。
間違ってダブりで買ってしまったという、なんて事ない背景が脳裏を掠めた。
必要になる時を引き出しの中で待機していたピアッサーと、必要な季節が巡るのを部屋の片隅で待機していたエアコンが重なる。
「……そう、ですね……?」
「…………翠。そばにいて、くれる?」
彼女が私に手を差し出した。
握手を求めているのではない。まして手を繋ぐためでもない。
手のひらの上の新品のピアッサーを、私が受け取るかどうかで全てが決する事だけが、それだけが今この場で色好い返事たり得ると瞬時に理解した。
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