モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

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鶯音を入る

第四十二夜

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「そもそも、売れてるか売れてないかなんて、資本主義に毒されすぎた人間の指標でしかありません。凄いですよ、紅さんは。異種族の中にいても自分の武器で勝負してるんですから。裸一貫って言うんですかね。私にはとても真似出来ません。……本当は私にもなりたいものとかしたい事とか沢山あった筈なんですけど、全部忘れちゃったな……。まぁ、私なんて目立つほうでもないし、人前で披露出来る特技もないモブ中のモブですし、志した所で大成はしなかったでしょうけど」

 耳たぶに糸を通せるかどうかなんて今の今まで考えた事はなかったが、彼女が新たに開けてくれた穴なら、運命の赤い糸の通り道になってくれるさえ気する。

「…………『何かを始めるのに、遅過ぎるという事はない』んでしょ。また、見つければ良いんじゃない? 」 

 それはきっと、彼女にとっては何気ない一言だった。それでも、私にとっては喉から手が出るほど欲しかった約束だった。

「!」

 生まれたときにはすでに開いていた耳の穴に通り抜けていった声は、運命の女神のものだったのかもしれない。

「……女王様で運命の女神様とか、属性欲張り過ぎですって。名物喫茶のヤケクソパフェじゃないんですから……」

 私の運命の輪が回り始めたのは、きっとあのバーで初めて彼女を見掛けたとき。そして、私の運命が大きく変わり始めたのは、あのバーで彼女に話し掛けられたとき。――――それなら、三回目の変化は私自身のアクションで起こしたい。

「パフェ?」

 私の独り言の変な部分だけ拾った彼女は、聞き返しがてら距離を詰めてきた。――――ああ、なんだ。私に対する遠慮がそうさせたなんていうのは悲観的な思い込みで、彼女はただ単純に目測を誤って想定より私から離れてしまっただけだったらしい。

「…………いいえ、何でもありません。強いて言えば、紅さんはパーフェクトだと思っただけです」
 
 夏っぽい服の素材を腕に感じることさえ幸せだと思わせてくれる人に出会う事が出来て、私はその人を好きになれて、その人も私を好きになってくれた。その事実だけで、引き寄せられない運命も起こせない奇跡もないのではないかと思えた。

「したい事も、なりたいものも、絶対なくちゃいけないって事ないと思うけど。……確かに、あったほうが楽しいと思う。……でも、そういう事考えられるの、余裕ある人だけだから。翠がそういう事考える余裕、アタシに作れる?」

 だが、臆病な私は心配事を見つけるのが得意だ。私が本当にしたい事を見つけて、それをして、なりたいものになる事が出来たら――――いや、ひょっとしてそれを探し当てたら……かもしれない。貴女は私から離れていってしまうのではないだろうか。『自分は役目を果たした』と少し寂しげに、とても誇らしげに。

「……勿論です……! …………新しい目標が見つかっても、紅さんは私といてくれますか?」

 声とともに手が震える。蜃気楼や陽炎の先に広がる景色のように、視界まで不安定にぐらつき出したのは何故だろう。

「当然。叶える手伝い、させてよ」
 
 それをぴたりと止めてみせたのは、穏やかな穏やかな声だった。
 
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