カラメリゼの恋慕

片喰 一歌

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理想の遥か上

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「理想はそうなのかも」

「『』ってェのは、具体的にどういう奴だい?」

 肩甲骨が何度も同じ動きを繰り返す。翼を羽搏かせているかのように。貴方の自由を奪ったのは私?

 もしそうなら――。どうしよう。嬉しくて嬉しくて、踊り出してしまいたい気分。

 もう踊っているって? ――そうだけど。もっと、もっと。
 
「……『会いたい』って思ったらすぐ会いに行けて……。欲しくなっちゃったとき、欲しいとこに、欲しいだけ……、っん♡♡ くれる、人…………」

 羽を毟り取るようにその背を搔き抱いて、切り忘れた爪を引いたら、彫りの深い顔に残るより深い傷を残せるだろうか。――きっとカルシウム不足の軟弱な爪には荷が重い。
 
 奥のほうをしつこく擦って、彼が発ったあとも残る可能性のある何かをねだる。言えずじまいの『ずっとそばにいてよ』の代替案。

「そうかい、そうかい! 見事に当てはまらねェってのも、それはそれで愉快だなァ!」

 大きなジョッキが似合う豪快な笑い方はいつも通りだが、自嘲めいた響きが感じられた。

 今になってようやく想いが釣り合い始めたのなら、浮気を疑われて悲しむよりそちらを喜ぶべきだし、彼の立場に立ってみたら、最低限しか連絡を入れなかったことだって不信感を煽るには十分だったのかもしれない。
 
 そんな風に私が何の気なしに選択した行動の積み重ねが、少しずつ彼を変えていってしまったのかもしれない。
 
 無意識とはいえ愛する人の魂の形を歪めておいて、私が貴方に合わせて形を変えればいいなんて、とんだ欺瞞じゃないか。

「…………そう“”って言ったほうがいいかな」

「へえ。今は違うってェのかい?」

 低い声が上機嫌に揺れる。
 
「まあね。貴方とのことを話して反対してこなかった人、今まで一人もいないけど……。自分の家に帰るより実家に顔見せるより先に私のとこに来てくれて、会えない間にあったこと話したり現地の人直伝のご飯作ってくれたりする貴方が好き」

「出張の多いオトコは珍しくないだろうが。血の繋がった家族と折り合いのよくねェ奴も。雑談や料理だって、オレよりうまい奴はそのへんにもいるしなァ」

 疑うような声を作ってはいるが、瞳を輝かせている彼が目に浮かぶようだ。間違いなく期待している。私が否定するのを。

 引き出そうとしている。私から貴方への惜しみない賛辞を。尽きることのない愛の言葉を。

「確かにね」

 私には貴方の欲しい言葉がわかる。だから、全部あげる。優しいからではなく、ただの先払い。

 愛されることを願うのなら、先んじて愛することが求められるのと同じ。――貴方の欲しいものは全部全部あげるから、私が欲しくてたまらないものをちょうだいよ。
 
「――でも、顔に傷がある人は? 背中に翼がある人は? そんな時代錯誤な口調で喋る人、自分以外に会ったことある?」

 顔の近くで微弱な風が起こった。無言で首を横に振っているのだろう。
 
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