カラメリゼの恋慕

片喰 一歌

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絡まって、空元気

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「平気だった日なんざ、一日もねェさ」

 顔の周辺に執拗に落とされる口付けが彼の本気を伝えていた。
 
 二人でいる幸福を知っているからこそ、独りで過ごす時間の長さや空間の広さに耐えきれなくなって膝を抱えてしまう夜が貴方にもあったのだろうか。

 ――否。貴方はそういうときに無理にでも外に出掛けていく人だ。

 一緒にいるのが私でなくては永遠に独りと同じことなのだと知っていても、同じ団の特に親しいわけでもない誰かと飲みに行って打ち解ける機会に変えてしまえるような人だ。

「…………やっぱり私、今すぐ仕事辞めて、貴方についていこうか?」

 キスの雨が止んで、彼が私の言葉に集中しているのがわかった。緊張しているときと泣く前の喉の渇き方及び詰まり方は、双子のようにそっくりだったみたいだ。
 
「貴方も私も本当はそばにいたいと思ってるのにまた離れ離れなんて、そんなのおかしいでしょ……。私が貴方についていけば全部上手くいく。そうじゃないの? ……こんな簡単なこと、何年も決断できなくて……」

 ――これしきのことも出来ずに『愛している』だなんて、欺瞞だ。私はいつだって意固地になって私の魂の形を死守してきたではないか。

 これ以上、この口で貴方を騙し、この脳で自分をも騙し続け、一体何になる? この先に何がある? 

「お前さんはそれでいいのか?」

 訝しむ声が謝罪の前に割り込んだ。当然だろう。本当にあるがままを愛しているのは彼のほうだ。彼は私が私であることを私以上に望んでくれている。

「…………ごめん。よくない。少なくとも今抱えている案件が片付くまでは無理……。私じゃなきゃダメな仕事ってわけじゃないけど、ずっとやってみたかったことに挑戦させてもらえてて、今がいちばん楽しいの……」

 いつもそんな彼に甘えてきた。今も甘えて、本音を晒して、変化のチャンスをふいにしようとしている。

「謝るところじゃねェよ。オレも嬉しいんだ、お前さんの活躍も。楽しそうに仕事してんのも。近くで見てやれねェのと、いの一番に『お疲れさん』って言ってやれねェのは悔しいけどさ」

 彼はそう言って笑った。細い髪が絡まってしまうほど、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれる手の大きさに安心する。
 
 自責の念を隠したつもりかもしれないが、空元気なんて水臭い。頭に葉っぱを乗せて、人間に変化へんげした気になっている狸のよう。

 言葉に偽りはなくとも、隠した思いの大きさもわからないほど愚かではないつもりだが、彼の気持ちがわかってしまうのは、きっと――。

「私も。本当は毎日言いたい。『ただいま』でも『おかえり』でも、どっちでもいいから……」
 
 ――同じだからだ。私も貴方の近くにいて、誰より先に『お疲れ様』と声を掛けたいのに、私が今の生活を捨てなければ、こんな些細な夢さえ一生叶えられずに終わるだろう。
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