カラメリゼの恋慕

片喰 一歌

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ブルドーザー

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 ――が、その直後。彼は突然、動きを止めた。
 
「? ねえ。もう終わり……?」

 もぞもぞ動いて、続きをせがんだら、宥めるようなキスが一回、二回。そんなおざなりな行動に誤魔化されるほど単純ではなかったはずなのに、腹の奥が歓喜にどよめいた。

「そういうわけじゃなくてだな…………。続きするにも、風呂場のが都合がいい。せっかく綺麗にしてんのに、わざわざあちこち汚すこともねェだろうが」

「確かにね。運んでってくれるの?」 
 
「そのつもりだが、お前さん抱えた状態でスッ転ぶわけにゃいかねェし、電気点けてもらっていいか? ちょうどそのへん紐吊り下がってたろ。抱き着いたままでいけるはずだぜ」

 彼が言葉を発するたび、吐息が肌を擽り、逞しい身体が震えるのが伝わる。肌感覚が敏感になっているのも、私が悪戯心で電気を消してしまったせいだ。

「よく覚えてるね」

「そのためにしてねェんだろ。模様替え。オレがどこに何があるか覚えてられるようにってさ。引き出しの中身なんかも。……ありがとよ」

「!」

 一度も言ったことはないのに、彼は私の思いを汲み取ってくれていた。

「…………わかった。先に言っておくけど、何を見ても萎えないでね?」 

「? どういうことだ?」

「いいから、『はい』って言って」

「はいはい」

 なんとも投げやりな返事だ。

「いまいち信用できないんだけど……」

 だが、保証してくれたからには、約束を反故にするわけにはいかない。事実、彼を怪我させてしまったら事だ。ひとつぼやいて、だらだらと紐に手を伸ばし――。

「…………こりゃまた…………」

 シーリングライトの下、大体いつも御機嫌に細められている双眸は、その全貌を露わにしていた。左右はともかくとして、黒目の上下の余白が見えるなんて何年ぶりか。

 ――と考えたところで、彼の顔を見ること自体が二年ぶりだと気付いた。

 意志の強そうな濃い上がり眉も、顔に走る傷も――。恋焦がれた男は、以前より精悍な顔つきになっている気がするが、それを打ち消すほど唖然とした表情を浮かべていた。

「…………笑わないの?」

「笑ってほしかったのか?」

「そういうわけじゃないけど……。前髪、変じゃないかな?」

「変じゃねェさ。ただ…………キスしやすいとこがひとつ増えちまったな?♡」

 頭を掴んでしまえそうなほど大きな手が、ただでさえ短い前髪をヘアバンド――という喩えすら不適だ。ブルドーザーよろしくどかしていき、少しかさついた唇が額の中心に押し付けられた。 
 
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