三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅸ>

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「ほっとしてる?」
 
「うん。きみがそんなに強い意志見せてくれたこと、いままでなかったでしょ。自分から『なにかしたい!』って言うことも滅多にないし、目標見つかってよかった。こうなったら、俺にできることなんて応援くらいしかないんだろうな……」

 無理に明るく作った声は、失恋ソングのアウトロよろしく寂しげな余韻を残していった。
 
「君が応援してくれてるって思ったら、すごく頑張れるよ? わたしのほうこそ、そばにいて、忙しい君の代わりにいろいろしたほうがお互いのためになるってわかってるくせに、こんなわがまま言って困らせて…………」

「謝るのはこのくらいにしよ? 考え方が違うだけでどっちが悪いとかじゃないもんね」
 
「……うん。そうだね」

 彼がもう一度手を握ってくれて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

(考えてみたら、素直についてったほうがいろいろと安心なんだよね。浮気なんてする人じゃないし、飲み会とか女の人が参加する集まり全部不参加にしそうなくらいだけど、彼の立場上、出席しないわけにはいかないパーティーだってきっとある……)
 
 わたしと付き合っていることを知っていながら、彼に迫る女子もいるくらいだ。

 比較的草食系な国民性のこの国でさえそのような状態なのだから、外国ではいま以上に――――。
 
(あっちはこっち以上に積極的な女の人も多そうだし…………。やだなぁ……。だけど、彼女にそこまで言う権利ある?)

 先のことを思って憂鬱な気分のまま目の前の山から掴み取ったクッキーは、上のほうが少し欠けてしまったハート型だった。

「…………あのさ」

 六限の前と同じく、歯を立てて割れたりひびが入ったりすることのないように、一枚まるごと口に放り込んだ。いまは彼が向かいにいるから、さりげなく口元を隠しながら。

(なんだろう? 大口開けて、お行儀悪かったかな……? でも、ハートが……!!)

「籍だけ入れとくのはどうかなって思ったんだけど、どうかな?」

 咀嚼を終える直前になって、彼はわたしの思考を読み取ってしまったかのような提案をしてきた。

「え? わたし、声に出しちゃってた!?」

「声? いや、特になんにも言ってなかったけど……。もしかしておんなじこと考えてた?♡♡」
 
 彼の声は御機嫌にぱちぱち弾ける炭酸飲料みたい。罪悪感で胃が捩じ切れてしまいそう。

防止のため…………じゃないか。結婚したあとだとになるのか。まぁ、そんなのは別にいいんだけど、なんていうか……『離れてても繋がってる』っていう確かな実感、欲しくない?」

「持てるものなら欲しいけど。……君は、わたしと入籍したら、『どんなに離れてても、俺たちは繋がってる』って思える? 時差があるから電話だってそこまでできないし、『寂しくなったから』で気軽に会いに行ける距離じゃないんだよ?」

 問うように諭しながら、自然に首が傾いていく。
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