三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<XLIX>

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「…………あの」

 深呼吸をして、小さく口を開いた。

 わたしの望んでいることをいまここで叶えてもらおうというのではない。会話の基本に立ち返ったのだ。人と話すときは相手の目を見るべきだ。――それが真に伝えたいことであるのなら、なおのこと。

「ん?♡♡ どしたの♡♡ ……力入れすぎちゃったかな? 苦しかったら緩めるけど……」

 言いながら、彼は腕の力を緩め始めた。行動に移すのは早いのも思いやりに溢れているのも長所だと思うけれど、言葉にする前からわたしの気持ちを勝手に決め付けないでほしい。

「違うよ! だから、そのままでお願い。全然苦しくないし、君にだったら少し苦しいなって思うくらいの力で抱き締めててほしいし……!!」 

 声が勝手に大きくなる。

「このぐらいがちょうどいい?♡♡」

 彼はもう一度しっかりとわたしを抱き締めてくれた。

「……うん♡ もうちょっと強くてもいいけど……♡」

「ほんと?♡♡ きみの『ちょっと』がどのくらいかわからないから、いまはとりあえずこのままにしておくけど、俺もこのくらいぎゅーってできると、きみの匂いとかお肌とか堪能できて好きだなぁ♡」

 彼がこんなふうに変態チックな発言をするのも、わたしのことが好きすぎるからだ。

(いつもだったら『恥ずかしいからそれ以上言わないで?♡』って言っちゃってたと思うけど、いまはもっと言いたいことがあるし、したいこともある……)
 
 一方的に包まれているだけでは物足りない。わたしも彼のカラダを感じたい。彼は下半身だけを隠しているから、わたしたちを隔てるものはタオル一枚だけだ。
  
 この機を逃したら、次に彼の肌をリアルに感じられるのが何日、何ヶ月後になってしまうかわからない。

「あのね、わたし……。いまね、泣くの我慢しててす……っっごい顔してると思うんだけど、そっち向いてもいい……かな…………?」

 こちらからも抱き締めたいという意図を汲み取ってくれただろうと思いきや――――。

「こっち向いてくれるの!?♡♡ 実はさっきから目閉じて、きみのお顔思い浮かべながら声聴いてたんだよ♡ 記憶のきみも最高にかわいかったけど、本物のきみのお顔見て話せたらもっと幸せだなぁって思ってたところ♡♡」 
 
 彼はわたしが少し身体の向きを変える程度のことで声を弾ませた。これまで控えめすぎた己を呪ったけれど、期せずしてサプライズの前振りになったと考えればいい。
 
「じゃあ、お言葉に甘えて……♡」
 
 俯き加減に振り向いて、視線を徐々に上げていく。

「…………『久しぶり』って言うのもちょっと変かな?」

 申告どおり、潤んでいまにも決壊しそうな双眸がわたしを見つめていた。
 
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