三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<LXXIII>

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「…………着替えのこと忘れてた!」

 辿り着いた答えを言葉にするために開いた口を手で覆った。

 わたしは濡れた制服を洗うことと冷えた身体をあたためることを優先するあまり、着替えの用意をしなければならないということをすっかり忘れてしまっていた。

「ごめんね、あっちで髪乾かしながら待っててもらえる? タオルは……これ使って。さっきのと同じサイズだから!」

 乾いたタオルを身体に巻き付けたあと、彼にも急いでヘアドライ用のタオルを渡し、その手で洗面所を指した。ドライヤーは見える位置に置いてあるので問題ないだろう。念のため胸元を押さえ、早足でその場をあとにした。

「全然いいよ。ゆっくりで♡ 俺、夏とかパンイチで寝てるし♡」

「パ…………!?」

 しかし、後ろから聞こえてきた声に思わず足を止め、振り返ってしまった。――ザ・優等生な彼にはミスマッチなワードが含まれていたせいだ。

「あぁ♡♡ もしことがあったらちゃんと服着るから♡」

 彼はちょうど腰にタオルを巻き終えたところだった。引き締まった身体を遠目に見て速まった鼓動も、ここまで離れていれば伝わりっこないのがせめてもの救いだ。

「……うん、ありがとう……?」

 首を傾げながら礼を述べたら、彼が肩を揺らして笑い出した。

「どういたしまして――――って、これ以上引き留めたら、きみが風邪引いちゃいそうだ。行って行って♡ 俺はありがたく髪乾かして待たせてもらうから♡♡」

 明るく送り出され、任務遂行のために目的地を目指した。



「おまたせ……!」

 彼の待つ洗面所に戻ることができたのは数分後のことだった。

「お父さん、君より小柄だから丈が合いそうなの見つけてくるのが大変で、思ったより時間掛かっちゃった。たぶんこのあたりだったら短すぎるってこともないんじゃないかと思うけど、君はどれが…………わぁっ!」

 説明もしなければならないけれど、それ以上に早く渡さなければと思うと気が急いて、あと少しのところで転倒してしまった。もちろんそこには障害物などなにもない。
  
「……っと。結構派手に転んだみたいだけど、大丈夫?」

 覚悟していた衝撃はいつまでも訪れず、代わりに持ってきた着替え一式ごと優しい腕に抱き留められた。

「だいじょう…………ぶ……だけど、違う意味で大丈夫じゃない…………かも!」

 ――――はいいけれど、小走りできたせいで、助けを借りても勢いを殺しきれなかったらしい。意図せずして彼を押し倒す形になってしまった。際限なく湧き出す羞恥心のせいで全身がかっかする。
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