三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・レイン・トーク

アフター・レイン・トーク<XIV>

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「あんたって本当に大事に大事にしてもらってるのねぇ……。会長、彼氏にするにも旦那にするにも最高の人だと思うけど、これも外野だからこその評価よね。もし私があんたの立場だったとしても、相当深く悩むと思うわ。具体的にあんたがどんな感じで誘ったのかはわからないけど、そのときのあんたにとっての全力だったはずだもの」
 
 彼女は何度もうんうん頷いてわたしの訴えに共感を示してくれているようだったけれど、申し訳ないことにいまのわたしには話の内容が一割も頭に入ってこなかった。――その原因は、彼女の左斜め後方に見える男女二人組だった。

(近い近い近い…………! そんなに詰めて座らなくたっていいんじゃないかなぁ!? ふたりの周りだけハート飛んじゃってるし、少しでも近くにいたい気持ちはものすごくわかるけど、そういうのはおうちとかふたりっきりになれるとこでしたほうがいいと思うよ……! 隣のお姉さんなんて気まずそうな顔してるし)

 片側がソファ、もう一方が椅子になっている四人用のテーブル席のソファ側に並んで腰掛けたその男女は、頬が触れ合うくらいに顔を近付けてメニューを眺めている。

(全然派手な感じじゃない……というか、どっちかというと目立たない感じの服装だし、年齢も三十代とか四十代くらいに見える。ああいう普通の大人って感じの人たちでも人前でいちゃいちゃするんだなぁ)
 
 ――――気になるところしかないくらいわたしの視線を惹きつけて離さないその人たちだが、そのなかでも特に気になることをひとつ挙げるとすれば、平成初期のテレビ番組の再現VTRに出てくる感じの女の人が絶えず身体をもぞもぞさせていることだろうか。

(わたしから見て女の人が左、男の人が右側にいて、メニューはそれぞれ右手と左手で持って一緒に見てる……。テーブルの下で繋いでるとかだったら『かわいいなぁ』で終わるけど、もしかしたらえっちなことしてるのかも…………)

「だったら、そうね……。いっそあんたが押し倒してみるのはどうかしら?」

 しかし、見知らぬカップルの動向に向いていた意識は、真正面に掛けた美女のひと言で一気にあるべき場所に戻された。

「押し…………っ!?」

 口のなかに物がある状態なら間違いなく吹き出していただろうし、向かいに座っている窓華ちゃんの犠牲は免れなかったと思う。

(窓華ちゃん、話聞いてくれてた!? まぁ、いままで上の空だったわたしが言えることじゃないけど……!)

 濡れた身体を震わせて水気を飛ばす犬と同じくらい首をぶんぶん横に振って、一応口頭でも否定しておくことにした。

「しないよ!!」

「あ、やっぱりそこまではしてないのね」

 したり顔で口元に手を持っていった彼女を見て墓穴を掘ったことに気付いても、直前の発言を取り消すことはできない。全身が熱くなって喉が渇き出したけれど、救世主たりえたミルクティーも飲み終わってしまったところだった。
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