三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・レイン・トーク

アフター・レイン・トーク<XXIX>

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「他人から感情の起伏が見えにくかったり、必要ない場面では積極的に他人に意見を伝えないように徹底したりしてるからって、感情がないわけでも自分の意志が薄いわけでもない。あんたはきっと自分より他の人を優先してきたのね。……きっと簡単に話せないような苦労があったんだと思う。あんたがいまのあんたになったのは、戦い抜いた証拠だと思うの。誇りこそすれ、恥じることはないわ」

 店内に流れていたお洒落なジャズが聞こえなくなって、彼女の深みとあたたかさを兼ね備えた声だけが届く。

「会長はそれも察してるし、承知してもいるんじゃないかしら。だけど、諦めとかじゃなくて――。そこにこだわってないんじゃないかって気がするの。カレ、他人になにかしてもらうより自分がなにかすることに喜び見出してそうだし、ふたりでいるときの様子を聞いてもその印象は変わってないわ。むしろ強まったぐらいよ。もっと言うと、『これだけしてやったんだから、このくらい返ってきて当然だろう』みたいな打算とも無縁の人って印象もあるかしら」

(窓華ちゃんはきっと『無理してまで伝えなくていい』って言おうとしてくれてるんだろうけど、わたしはこのままでいいなんて思えない……。少しくらい無理しなきゃ釣り合わない。変われない。……ふさわしくない。だから、釣り合わせにいかないと) 
 
「でも、あんた自身が自分の愛情表現が足りてないと思うなら足りてないんだと思うし、現時点でカレがどう思ってたとしても、あんたからストレートな好意を伝えられて嬉しくないはずはないはずよ」

 徐々に彼女の声以外の音声が帰ってきて、世界は元の賑わいを取り戻した。店内BGMは前にかかっていた雨の日に聞きたくなるようなしっとりした曲ではなく、思わず踊り出したくなるようなジャズに切り替わっていた。
 
「そうかな? それなら、もう少しだけ頑張ってみよっかな……! わたしがもやもやしてるのは、まだ全力って言えるほど頑張ってないからかもしれないし。……全力出しきってもなんにも変わらなかったら、諦めもきっとつくもんね」

「私にはあんた側の問題じゃなくて、会長側の問題な気がしてしょうがないんだけど…………。まぁ、してもらうばっかりじゃ気が引けるものね」

 ため息をついた彼女は、先日の出来事を思い出しているのだろうか。彼女は男子のあいだで絶大な人気を博しており、恋人の有無にかかわらずよく一方的な贈り物をされている。

(贈り物……というより貢ぎ物かも。窓華ちゃんは『欲しいものは自分のお金で買う!』ってタイプだし、ちゃんと公言してるのに、わかろうとしない人がいろいろ持ってきて困ってるって言ってたなぁ。その場に居合わせたことも何回もあるし。……好意だし厚意だってわかってるから断るのもきついのに、窓華ちゃんは『希望持たせたら気の毒だから』ってきっぱり断ってるんだよね。悩みからして違いすぎるよ、人間としての格が…………)

「…………この際、私にぶつけてみない? カレのことどう思ってるのか。さっきは自然にできてたでしょう? 私が引き出そうとするまでもなかったわ。言葉にすることで気持ちも整理できると思うし。私を会長だと思え……っていうのは無理があるけど。事前にまとめておくだけでも違うかもしれないじゃない」

 窓華ちゃんが軽く首を傾けた拍子に、前髪が垂れてきて右の目が隠れた。しかし、彼女はそれを直そうともせずに、真正面からわたしをじーっと見つめていた。
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