三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<LVI>

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 掴んだと言ったが、摘まんだと言ったほうが彼の力加減を正しく表現できるかもしれない。一定の深さまで沈み込んでは引き上げていく彼の指は、気付かず酷使している腕の疲労を和らげてくれる。

 しかし、腋に近付くたびにその指は癒し以外のなにかを生じさせてきて――――。
 
「ぁ……っ♡」

 ついに普段の会話とは明らかに違うトーン声を上げてしまい、口を覆った。それを聞いた彼は、ふっ、と笑いを漏らした。

「やっぱりきみの身体って、全部ふわふわで気持ちいいね♡ ……こういうのなんていうんだっけ。シースルー? レースがちょっとガシャガシャして痛いから、直接触りたくなっちゃうけど♡♡ ほんとはふわふわなだけじゃなくて、すべすべだもんね♡ ……いまの感想はちょーっと変態くさすぎたかな?♡」

(言ってることはそこまでじゃないと思うけど、触り方はちょっとえっちかも……♡ わたしが意識しすぎなだけかなぁ)
 
 袖を通した直後はすーすーして落ち着かないと思っていた上腕からデコルテにかけてレース一枚のシースルーになっている部分も、いまとなってはただちに脱ぎ去ってしまいたいほどに火照って仕方がなかった。

「…………ううん、ありがとう。褒めてもらえて嬉しい♡ ……でもね、んーっと……。そのすべすべ、半分くらいは君のおかげかも?」

「ん?♡♡ 俺のおかげってどういうこと?♡♡」

「あの日…………じゃなくて、えぇと……この前、かな? 君が『お風呂上がりの保湿は大事だよ』って注意してくれたでしょ? あれから言われたとおりにしてるんだけど、痒くなりにくくなったの。絶対君のおかげだと思って。なのに、お礼言おう言おうと思ってたのに忘れちゃってて……。だから、いま言うね。本当にありがとう」

 しどろもどろになりながらもどうにか言い終えて、軽く頭を下げてようやく息をついた。

 あの日という言い方のほうがより正確だったのに言い直してしまったのは、思い出さなくていいことまで思い出してしまいそうだったからだ。
 
(…………一緒にお風呂入った日。何日も経つのに、新鮮に恥ずかしいなぁ……。今度一緒に入るときは、えっちする前とかあととかだったりする……のかな……? ど、どうしよう!? 考えないようにしようとすればするほど考えちゃう……!)
 
「なるほど、そういうことか♡ ……きみの努力の成果、ますます確かめたくなってきちゃったなぁ……♡♡」

 二の腕を揉むのを中断した彼は、少し屈んでしっかりと目を合わせてきた。

「え……っ?♡」

「あぁ、いますぐ触らせてなんて言わないから大丈夫♡♡ いまはこれで満足できてるから♡ いまは…………だけどね?」

 念押しした彼は生々しい情欲を瞳の奥に飼っていた。檻のなかの猛獣と目が合ってしまった気分だ。
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