三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<LXVII>

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「そう、あとはフレンチトーストだけ」

 彼の首筋を汗が伝っていった。

(かっこつけたかったんだとしても、手間暇かけてくれて嬉しいな……。絶対忙しいはずだし、自分ひとりだったらもう少し簡単に済ませてたんじゃないかなって気もするし)
 
 彼は自分のことをかっこ悪いと感じているかもしれないけれど、すべてを隠さずにさらけ出してくれる子のひとのことをわたしは世界でいちばんかっこいいと思う。

「すごい。これが焼き上がったら特製ブランチの完成だね。楽しみ!」

「喜んでもらえてよかった。デザートも付けようか迷ったんだけど、フレンチトーストがもうデザートみたいなものだから今回はなしにして…………。ほんとはオニオングラタンスープも作りたかったんだけど、『限界までお腹減ってても、そんなにたくさん入らないよなぁ……』と思ってやめたんだ。フレンチトーストだけでもこのとおり! 山のようにあるからね。……きみにいいところ見せたくて、張り切りすぎたなぁ」

「オニオングラタンスープ……!?」

 思わず口を覆ってしまったのは、使用食材にはないはずのブイヨンの香りが口じゅうに広がって、よだれが垂れそうになったから。

(大好きなんだけど、自分じゃ作れないから、好きなときに飲めない幻のメニュー……。彼が作ったのだったら、ものすごくおいしいだろうなぁ。あぁ、飲みたかったぁ……)

「…………あ♡ 『飲みたかった』って顔に書いてある♡♡ また今度作ってあげるから、がっかりしないで?♡」

 彼は調理器具を持ったまま、わたしの耳元に唇を寄せた。からかいを含んだ吐息がかかって、鳥肌の立つような快感が全身を駆け抜けた。

「嘘!? 顔に出ちゃってた? 食い意地張ってて恥ずかしいなぁ……。普通、胃袋掴んでおくのは女の子のほうだと思うし、そういう意味でも恥ずかしい…………。わたしは君みたいにご飯上手く作れないから……」

 なんでもないふうを装いたかったけれど、完璧な彼と自分を比べてしまい、ついつい泣き言を言ってしまう。

「いいんだよ、そんなの気にしなくたって♡ いまはジェンダーレスの時代だし、『女の子なんだから料理できて当たり前』なんてことないよ。きみのうちはお母さんがすごすぎるから、きみが頑張る必要がないだけ。俺はたまたま自分で自分の食べるもの作れるほうが好都合な環境に育ったってだけだから」

 あたたかい料理のかぐわしい香りはそれ自体が涙腺を刺激してくるのに、優しく強い言葉まで一緒に届けられて、本当に泣き出してしまいそうだ。

「でも、買ったほうが楽だったり安上がりだったりするのに、ずっと自炊続けてるのもすごいと思うよ。君なんて特に忙しいはずなのに……。わたしね、君のそういう……全部のことに手を抜かないところを本当に尊敬してるの」

「ありがとう。でも、俺の場合は単純に料理が好きっていうのもあるんじゃないかな?」

 厚切りのフレンチトーストが返される。焼き目のない余白部分はわたしの心を映し出すようにハート型になっていた。
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