312 / 489
アフター・アフター・レイン・トーク
アフター・アフター・レイン・トーク<LXVII>
しおりを挟む「そう、あとはフレンチトーストだけ」
彼の首筋を汗が伝っていった。
(かっこつけたかったんだとしても、手間暇かけてくれて嬉しいな……。絶対忙しいはずだし、自分ひとりだったらもう少し簡単に済ませてたんじゃないかなって気もするし)
彼は自分のことをかっこ悪いと感じているかもしれないけれど、すべてを隠さずにさらけ出してくれる子のひとのことをわたしは世界でいちばんかっこいいと思う。
「すごい。これが焼き上がったら特製ブランチの完成だね。楽しみ!」
「喜んでもらえてよかった。デザートも付けようか迷ったんだけど、フレンチトーストがもうデザートみたいなものだから今回はなしにして…………。ほんとはオニオングラタンスープも作りたかったんだけど、『限界までお腹減ってても、そんなにたくさん入らないよなぁ……』と思ってやめたんだ。フレンチトーストだけでもこのとおり! 山のようにあるからね。……きみにいいところ見せたくて、張り切りすぎたなぁ」
「オニオングラタンスープ……!?」
思わず口を覆ってしまったのは、使用食材にはないはずのブイヨンの香りが口じゅうに広がって、よだれが垂れそうになったから。
(大好きなんだけど、自分じゃ作れないから、好きなときに飲めない幻のメニュー……。彼が作ったのだったら、ものすごくおいしいだろうなぁ。あぁ、飲みたかったぁ……)
「…………あ♡ 『飲みたかった』って顔に書いてある♡♡ また今度作ってあげるから、がっかりしないで?♡」
彼は調理器具を持ったまま、わたしの耳元に唇を寄せた。からかいを含んだ吐息がかかって、鳥肌の立つような快感が全身を駆け抜けた。
「嘘!? 顔に出ちゃってた? 食い意地張ってて恥ずかしいなぁ……。普通、胃袋掴んでおくのは女の子のほうだと思うし、そういう意味でも恥ずかしい…………。わたしは君みたいにご飯上手く作れないから……」
なんでもないふうを装いたかったけれど、完璧な彼と自分を比べてしまい、ついつい泣き言を言ってしまう。
「いいんだよ、そんなの気にしなくたって♡ いまはジェンダーレスの時代だし、『女の子なんだから料理できて当たり前』なんてことないよ。きみのうちはお母さんがすごすぎるから、きみが頑張る必要がないだけ。俺はたまたま自分で自分の食べるもの作れるほうが好都合な環境に育ったってだけだから」
あたたかい料理のかぐわしい香りはそれ自体が涙腺を刺激してくるのに、優しく強い言葉まで一緒に届けられて、本当に泣き出してしまいそうだ。
「でも、買ったほうが楽だったり安上がりだったりするのに、ずっと自炊続けてるのもすごいと思うよ。君なんて特に忙しいはずなのに……。わたしね、君のそういう……全部のことに手を抜かないところを本当に尊敬してるの」
「ありがとう。でも、俺の場合は単純に料理が好きっていうのもあるんじゃないかな?」
厚切りのフレンチトーストが返される。焼き目のない余白部分はわたしの心を映し出すようにハート型になっていた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる