三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<LXXXIII>

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「………………はい」

 摘まんだお菓子の行き先は、言うまでもないが彼の口元だ。停留所を出発したバスが次の停留所を目指すみたいに、わたしの手は寄り道せずに最短距離を選んだ。

(『はい』じゃないでしょ、『はい』じゃ…………! 頼まれてもないのに……。彼だってびっくりしちゃってるよ)

 直前まで甘々全開でかわいい彼女感を醸し出せる、短くも小っ恥ずかしいあの台詞を言おうか迷って言えなかった。喉元まで出てきてくれていたのに。不甲斐ない自分に悪態をつきたくなった。

「……うん? ありがとう?」

 彼はご丁寧に疑問符をふたつくっつけながら、しかし躊躇いなく口をかぱっと開けた。脳内にはひと桁では済まない疑問符が生産されていただろうに、きっとわたしが引っ込めたひと言を待っていただろうに、疑問も文句も口にせずに。

「いただきます」
 
 彼はポッキーの先端を唇に挟んで歯を立てる寸前で一時停止したのち、挨拶をしてまた同じようにポッキーを咥えた。軽い牽引力を感じて、今度こそ彼がポッキーを食べ始めたのだとわかった。

(…………彼がわたしが差し出したものを食べてる……。彼もたまに手に持ってるものを食べさせてくれるけど、こんな気持ちなのかな? ……あれ? でも、こんな気持ちってどんな気持ちだろう? ……どきどきして、ふわふわして……そわそわして、うずうずして)

 再度ポッキーを咥えた彼は、ポッキーゲームのときの5倍以上の時間をかけて1本のポッキーを食べ進めていく。『できるだけ長くこの時間が続いてほしい』と願いをかけているみたいに。
 
「ごちそうさま。……きみも食べない?♡」 

 完食を知らせるみたいに指先に唇がぶつかって、どぎまぎしているうちに目の前に同じものが差し出された。

(じろじろ見すぎちゃってた!? あ、でも…………お腹空いてるって話したから、気を遣ってくれてるだけかも。食い意地張ってるのはとっくにばれてるけど、恥ずかしいなぁ……! というか、お腹は本当に空いてたはずなんだけど、それどころじゃなくなっちゃってる……)
 
 にこにこしながら待っている彼の善意を無駄にするのも気が引けて、すぅっと息を吸った。

「いただいちゃおうかな?」 

「はい、あーん♡♡」

 返事をすると、口が開くと同時にポッキーを挿し込まれた。

(見てる……。ものすごく見られてる…………。わたしだって見てたからいいけど! それに、お昼食べるときとか、ここで休憩してるときとかだって…………あれ? 思ってたより見られ慣れてる……? 彼って、好きなもの食べてるときと同じくらい幸せそうにわたしが食べてるところ見てるんだよね。だから、わたしも幸せな気持ちになって……♡)

 だんだん見られていることに対する抵抗感が薄れて、ポッキーゲームのときはまったくわからなかったキャラメルプリンの香りと味がフレンチトースト一色だった世界に新たな彩りを加えた。

「お味はどうだった?♡ さっきは聞きそびれちゃったから♡」

 こくん、と喉を鳴らすと、待機していた彼がずいっと迫ってきた。
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