三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<XCI>

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「映画観たいって言ってたけど、何がいい? 前に公開期間終わっちゃってて観れなかった作品、昨日から配信始まってたけど、やっぱりそれとか?」

 すべての食器を片付けて戻ってきた彼は、握り締めていたせいでぐしゃぐしゃになってしまった猫ちゃんをわたしの手からそっと取り上げた。

「そうなの?」
 
「うん。……ってことはあれじゃないのか。タイトル聞けばわかるかな。なんて作品?」

「あ、えっと……。『これが観たい』って作品があるわけじゃないの。前から『彼氏とまったりしながら映画観てみたいなぁ』って憧れてたのと、君とならすごく楽しい時間になりそうだなぁと思って言ってみただけ…………」

 布巾を掛けるために立ち上がった彼の背中に向かって声を投げる。

「…………映画観るのが目的じゃなくて、俺とイチャイチャするのが目的だと思っていいってこと?♡♡」

 これ以上変な気分にさせられることはないだろうと高を括っていたのに、足音が止んだ次の瞬間に抱き起こされ、息を止めてしまった。

「そういうことになっちゃうね?」

 抱き返してみたら、わたしを抱き締める腕に力がこもった。彼も鑑賞は二の次だというふうに考えているのかもしれない。

「映画の時間も丸々イチャイチャタイムになるってことか♡ 最高の休日だね♡ ……希望ないなら、なに観るかは俺が選んでいい?」

「うん、どうぞ」 

「ありがとう♡♡ ちょうどきみと一緒に観たいと思って目付けてたのがあるんだよ♡♡」

 承諾すると、瞳のなかで星が一斉に瞬き出した。望めばいつでもこの星空を独り占めさせてもらえるわたしは果報者だと、心の底から思う。

(わたしと? ……ってことは、恋愛ものとか? SFとかアクションが好きみたいだからちょっと意外だけど、わたしでも楽しめそうなの選んでくれたのかな)

 ――――浮かれ気分のわたしはまだ知らなかった。数分後の自分が彼の脚のあいだで縮こまり、指の隙間から高校生の独り暮らしには贅沢すぎる大迫力の画面を覗き見る羽目になるなんて。
 


「……君が観たい映画って本当にこれで合ってる……?」 

 劇中の効果音の妨げになってはいけないと、ひそひそ声で尋ねる。

 迷いなく選択されたタイトルからジャンルを特定するのは至難の業だったが、数秒間だけ表示されていたあらすじには『怨霊』という穏やかではない単語を発見してしまったし、冒頭の内容をまとめると『思慮が浅めの男女が物見遊山で心霊スポットに赴き、カメラを回している』という感じだったので、この映画は疑う余地もなくホラーだろう。

(ここでえっちなこと始めたら、少なくとも片方は死ぬな……)

「合ってる合ってる♡♡ 初っ端から死亡フラグビンビンだねぇ♡♡」

 わたしのお腹を抱いた彼は、楽しげな声を上げた。
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